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~会の二~

「迎え撃て! アナベル殿下の馬車には傷一つ付けるな!」


 ベルグの叫びに、数体の騎馬がゴブリンに向かって突進する。


 私も馬上で戦えれば良かったのだが、以前トモエにハッキリと「まだ無理だ」と言われた。


 長物が使えず手綱捌きもおぼつかない私では、かえって不利になると。馬で相手を轢く位しか出来ないと。


 辛辣にも思えたが、「出来る事に専念しろ」と言いたかったのだろう。


 そして、それは正しかったのだと思う。


「はぁっ!」 


 私は、先頭のゴブリンを袈裟懸けに斬り下ろす。


「ガギュァアアアア!!!」


 緑色の血飛沫を撒き散らしながら、小柄な体躯が地に伏せた。両手に肉を切り裂いた不快な感触が残る。


(次は右)


「はい!」


 迷いそうになる私を、トモエの声が導く。


 トモエの言う通り、右側から迫って来たゴブリンが私に向かって斧を振り下ろしてきた。


 それを剣で弾くと、バランスを崩したゴブリンの首部分を薙ぐ。


 再びの鮮血。二体目のゴブリンは、断末魔を上げる事無く息絶えた。


(今度は左、いったんかわせ。下からも狙って来てる)


「了解!」


 私は左から迫る棍棒を伏せてかわすと、ちょうど目の前に短剣を持ったゴブリンが居た。


 思わず目が合い、僅かに硬直するゴブリン。


 私は屈んだ体勢から、真っすぐに剣を突き出した。


「ギョッ!!!」


 切っ先がゴブリンの眉間に吸い込まれる。


(そろそろ敵さんの援護が来る。今回はアタシが防ぐが、情況だけは把握しておけ)


「わかりました!」


 素早く立ち上がり、迎撃体勢を取る。


 そしてトモエの予見通り、ゴブリン達の隙間を縫う様に高速の矢が私に襲い掛かった。


 しかし、その矢が私に届く事は無い。矢は壁にぶつかったかの様に弾かれ、折れ曲がった状態で地面に落ちた。


 トモエの念動力だ。彼女の念動力は物を動かすだけじゃない。普段の戦闘では、魔法や飛び道具等の防御をしてくれる。


 私の修行にならないからと言う理由で積極的ではないが、その気になれば直接攻撃も防げるらしい。


 気弱な私が戦地に立てる、大きな要因の一つだ。


 突然矢が弾かれ、驚きで目を丸くするゴブリン達。その隙を狙い、私は更に二体のゴブリンを斬り伏せた。


(そろそろノルマが近いけど、行ける所まで行っちまえ。これも良い修行だ)


「はいっ!」


 その後も、私はトモエの指示を受けながらゴブリン達を斬って行く。


 それは何とも不思議な感覚だった。


 ずっと部屋に閉じこもっていた私が、低級とは言え魔物の大群を相手にしている。


 トモエは「オリヴィアが真面目に修行しているからだ」と言ってくれるけれど、それは違う。


 念動力によるサポートもあるが、私はトモエの指示に従っているだけ。それだけ彼女の指示が的確なのだ。


 見える景色は同じ筈なのに、トモエは私には見えていない物が見えている様だ。指示を伝え聞く時間差さえも考慮し、私を導いてくれる。


 トモエが居てくれる。そう思うだけで、私はこの死地に立ち続ける事が出来た。


(お、もう終わりそうだな)


 夢中で剣を振っていると、何時の間にか周囲のゴブリンは全て地に伏していた。


 遠くから、カサカサと草をかき分ける音が聞こえてくる。隠れていた弓兵が撤退を始めた様だ。


「ふぅ~~~~……」


 終わったと思った瞬間、一気に疲労感が込み上げてくる。


 そして横たわるゴブリンを見て、忘れていた恐怖が蘇って来た。


「オリヴィア様!」


 アルが駆け寄り回復魔法を掛けてくれようとするが、私はそれを丁重に断った。


 魔法を使えば魔力を消費する。特に怪我も無い私に使用し、アルの魔力を悪戯に消費する事は無い。


「そ、そうですか……」


 残念そうに項垂れるアル。厚意で癒そうとしてくれた事は分かっているが、今は訓練中とは違う。


 怪我をしていれば別だが、任務中は無駄な消費は抑えた方が良い。体力よりも魔力の方が、回復に時間が掛かるからだ。


 ベルグが被害を確認し、軽傷者が数名だけだと分かると、すぐに隊を出発させた。長居は無用と言う事だろう。


 私も同感だ。私とアルも、再び馬車の後方について行く。


 ただ出発直前、私を見るベルグの眼がやけに険しかった事が、少しだけ気掛かりだった。


(ゴブリンを先に発見されて悔しかったんじゃないか?)


 トモエがそう言っていたので、私もそれ以上は気にしない事にした。


 彼等が私に敵意を持つ事は、珍しくないのだから。


 それよりも、私が気になっている事は……。


「トモエ……今回はどうでした?」


 実戦の後は、何時もトモエによる講評がある。だいたい辛口の採点になるのだけれど、今日は少しだけ自信が有った。しかし……。


(30点だな)


 私の僅かな自信と期待は、脆くも崩れ去った。因みに100点満点の評価である。


「そんなにダメでしたか……」


(褒められるのは怪我をしなかった事くらいだな。他はダメ。特に二体目の斧を正面から受けた時、アレがダメ。全然ダメ)


「うぅぅぅぅ……」


(前にも言っただろ、お前の使ってる剣は切れ味重視。刃を薄く鋭利に研いでる。受け損なうと、簡単に折れるぞ)


 私の使う剣は片手用と両手用の中間にあたる、バスターソードと呼ばれるサイズの物。


 外見や仕様は、お母さんの使っていた剣を模倣して造られている。


 お母さんの剣は凝った装飾等も無く、見た目は一般に流通しているバスターソードと大差はない。しかし、鋭さを優先している為に耐久力は低く、トモエの言う様にまともに打ち合えばコチラが先に破壊される可能性が高い。


「では、避けた方が良かったですか?」


(違う違う、受け方が悪いって話だ。正面から受けるな、刀身……ブレードを使って受け流せ)


「ブレードで流す……」


 トモエの指導は適格だとは思うが、偶にピンとこない。


 それも私の実力が足りないせいだろう。そう確信出来る程の姿を、私は見せつけられていた。


 過去に二度、私は体の主導権をトモエに奪われた事がある。


 決して無理やりと言う訳ではなく、トモエとしても突然の事だった。


 そして私は見た。体感した。私の体を使い、優雅に、かつ苛烈に戦場を舞うトモエを。


 その日から、彼女の姿は私の憧れになった。お母さんを目標にする事は変わらない、ただトモエの様になりたいとも思った。


 だから私はトモエの言葉を信じる。少なくとも、剣に関して彼女はウソをつかないから。


 それ以外は、まぁ……。


(……つまり相手の太刀筋をだな……って、聞いてんのか?)


「えっ!? は、はい勿論……」


 考え事をしている間、トモエは説明を続けてくれていたらしい。


 後ろめたくて、思わず誤魔化してしまった。


(……聞いてなかったな)


「はい……ごめんなさい……」


(そうかそうか、オリヴィアは理論より実践派だったな。帰ったら、アルフィルクを相手に受けの稽古でもするか)


 トモエは、声のトーンを急激に下げる。


(思う存分……な)


「ひぃぃぃ……」


 思う存分とは、あくまでトモエの尺度なのだろう。あの地獄の様な二週間が思い出される……。


「あの……オリヴィア様、大丈夫ですか?」


 絶望に満ちた私の表情を察してか、アルが心配そうに声を掛けてくれた。


「は、はい、大丈夫です」


「そうですか、素晴らしいご活躍でしたので、やはりお疲れなのかと……」


「えっと……素晴らしかった、ですか?」


「はい! それはもう!」


 あ、まずい……。

 

「たった一人で、12体ものゴブリンを擦り傷一つ負わず討ち取る完勝劇! 敵の刃を刹那で見切る、まるで未来が見えているかのような身のこなし! そして敵を一撃で葬り去る、必殺の剣! 特に素晴らしかったのは無駄の無い剣筋! 二週間前とは見違えるようです! あの特訓はこの為のモノだったのですね!」


 軽い気持ちでアルの評価を聞いただけなのだが、彼のスイッチを入れてしまったようだ。


 でも、あの素振り地獄は効果が有ったんだ。トモエの訓練メニューには、ちゃんと意味があるんだ。


 良かった……修行途中、何度心が折れそうになったか分からないけれど、最後まで頑張って良かった。


「今思えば、オリヴィア様に剣を指導しようなど、大変おこがましい事を具申してしまいました……」


「えっ? どういう事ですか?」


 気が付けば、先程まで意気揚々と話していたアルが項垂れていた。


「オリヴィア様がオルキデア様の様な剣士となられる為、新たな剣聖となられる為のお力添えが出来ればと愚考致しましたが、オリヴィア様はこうしてお一人でも強くなられている……」


 アルの表情が見る間に沈んでいく。背景までも、黒く染まって行くように見えた。


「オリヴィア様をお手伝いをする所か、逆に邪魔をしていたのではないかと思うと……自分が情けなくて……」


「そ、そんな事ありませんよ!」


 私が一人で稽古をしている間、アルが寂しそうにしているとトモエには聞いていた。


 私は自分の事に必死で気が付いていなかったけれど、そこまで気にしていたとは……。


「アルが鍛えてくれたおかげで、今の稽古が出来ているんです。今だってアルのサポートが有ればこそなんです。アルのお陰なんですよ」


「そうでしょうか……」


「も、勿論ですよ!」


 私は何度もアルのお陰と強調するが、あまり納得がいっていないらしい。


 相変わらず、アルの背景は黒く塗りつぶされてるように見える。


(部下のフォローぐらいしておけよ、それも上司の仕事だぞ)


「うぅ……」 


 半分はトモエのせいじゃないかと言いたかったが、彼女に修行を見て欲しいと言ったのは私だ。


 私に全ての責任がある。


 自分の修行に夢中で、何時も支えてくれる人を悲しませるなんて……。


 私がアルに何と言葉を掛けようか迷っていると、突然前を行く馬車の後部窓が開いた。


「ご歓談中に悪いんだけれど、そろそろ国境に到着しそうなの。私語は謹んで仕事をして貰えるかしら?」


 窓から顔を出したアナベル姉様が、殊更厳しい目つきでそう言った。


「申し訳ございません……」


 私は、今日何度目か分からない謝罪を口にした。


 しかし、アナベル姉様の辛辣なもの言いは何時も通りだが、なぜか違和感が有った。


 何処か余裕がないような、蔑んでいると言うよりは、苛立っているような……。


(お、アレがお迎えか?)


 トモエの声で、私の疑念は掻き消される。


 視線の先には、武装した一団が我々を待ち構えていた。

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