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~会の一~

 出発の前夜、私は久しぶりにお母さんの夢を見た。


 それは私が見ていない筈の風景。


 お母さんが一人で何十人もの野盗と戦っている。魔王や古龍をも討伐したお母さんにとって、野盗が何千人集めまっても敵ではない。その筈だった。


 しかし、戦闘中に巻き込まれた子どもを庇った為に、お母さんは命を失った。


 剣聖と呼ばれたお母さんにとって、あまりにもあっけない最後だった。


 子供が平民、しかも孤児だった為、中にはお母さんの行動を批判する人達もいた。国の重責を担う者が、小を捨てて大に就く事も出来なかったのか、と。


 でも、世界を揺るがす力を持ちながら、見知らぬ子どもの為に命を掛けられるお母さんを、私は誇りに思った。


 一番考えたくない景色の筈なのに、見た事のない景色の筈なのに、お母さんへの想いが強い時ほど、私は同じ夢を見る。


 その時のお母さんこそ、私の思い描く理想なのかもしれない。剣士として、そして人として……。




 王妃より、隣国エルバドスへ赴く代表団の護衛を命ぜられ、早二週間。


 私は、トモエに課せられた特訓メニューをこなす事に精一杯で、気が付けば出発日の朝を迎えていた。


 白銀の胸当てにマント、そしてお母さんの剣を模したバスターソードを身に付け、私は白馬に跨る。


「オリヴィア様、お体の調子はいかがですか?」


 出発前、私の体調を心配してくれたアル。尤も、心配事は疲労だけではないだろう。


 私はこの二週間、トモエの指導通りに練習メニューをこなしていたのだが、傍から見れば気でも狂ったと思われたかもしれない。


 何せ突然、座学も公務も放り出して、一心不乱に剣だけを振っていたのだから。


 そう、ただただ剣を振るうだけだった二週間。


 掌の皮は何度も破れ、全身が骨折したかと思う程の痛みに襲われ、数え切れないくらい胃の中の物を吐き出した。


 アルの回復魔法があるが故に、休むと言う選択肢も与えられなかった。


 唯一の休息である睡眠時間さえ削り、食事と入浴中も空気椅子で過ごした。


 あの夜、トモエに指摘された心配事など思い出す余裕も無かった。


 そんな地獄の様な日々。体の感覚を共有しているはずなのに、なぜトモエは平気なのだろう……。


「大丈夫です、心配をかけてごめんなさい」


 ようやく通常運転に戻ったからか、アルが安堵の表情を浮かべる。 


 一方で諸悪の根源であるトモエは……。


(…………)


 間違いなく寝ている。


「のんきなモノですね……」


「誰が、のんきなのかしら?」


 思わず漏れた心の声を聞かれたようだ。


 既に馬車へ乗り込んでいたアナベル姉様が、トゲのあるセリフと共に顔を出す。


「いえ、何でもございません……」


 そう言って、思わず視線を逸らす。


 情けない。


 トモエと一緒なら、どんな事でも立ち向かえる。


 あの時の想いは嘘じゃない。なのに私は、またこうして姉の視線に怯えている。


 トモエの言う通り、あの時は興奮していただけだったのだろうか……。


(まぁ、アタシの世界じゃ治療が必要な案件だし、焦ってもしゃあないな)


 出発前夜、トモエにそう言われた。


 辛かった。何よりも、トモエに落胆されたかも知れない……そう思うと自分の惨めさが嫌になった。


 今までも、トモエの期待に全て応えられていたとは思わない。


 けれど剣の修行であれば、どんなメニューでも途中で投げ出した事は無いし、未熟なりに全力で打ち込んでこれたと思う。


 それなのに……。


「オリヴィア殿下、準備はまだ終わりませんか? そろそろ出発の時間なのですが」


 そう言って不機嫌そうに顔をしかめたのは、アナベル姉様直属の黄麟騎士団、その副団長、ベルグ。


 アナベル姉様は内政に携わる公務が多く、ヴィクトリア姉様の光鷹騎士団と違い目立った武勇は聞かない。


 しかし集められた者達は、多くの実績を残した熟練の猛者。


 特に副団長のベルグは、過去に勲章を授与された経験もある。既に50歳を超えているはずだが、文武共に国内でもトップクラスの実績を持っている筈だ。


 残念ながら人となりは、正しくアナベル姉様の直属に相応しいと言うべきか……。


「今回のオリヴィア殿下は、あくまでも我々のサポート。隊列を乱されますと困りますなぁ、足手纏いにならぬ様にお気を付けください」


 にやけ顔で口髭を弄るベルグ。


「ベルグ殿! 不敬ではないですか!」


 途端にアルがベルグに詰め寄った。しかし……。


「下がれ! 国賊の血縁者が! 良くもおめおめと我らの前に顔を出せたモノだな!」


「うっ……」


 アルの祖父が率いていた騎士団は、クトゥア地区での一件に絡んでいる。


 特にセンシティブな案件でもあり、その詳細は関係者のみの秘匿とされた。


 しかしアナベル姉様の直属となれば、当然聞かされているだろう。ベルグは年齢も近いし、アルの祖父と交流が有ったかも知れない。


 アルの祖父が犯した罪は、決して許されるものではない。しかし、アル本人には関係ない。


 アルは私の従者だ、私が守らなくては……。


「ベルグ……アルは裁判で正式に無関係と判決がなされました。私に仕える事は、王も承認されています。それ以上は……」


「それ以上は何? また、お母様に告げ口でもするのかしら? 主従揃って姑息なモノね」


 意を決して前に出た私の決意を、アナベル姉様の嫌味が一刀両断にする。


「ベルグ、この二人に構っていても時間の無駄よ。さっさと出発しましょう」


「畏まりました、アナベル殿下」


 アナベル姉様が私達を一瞥した後、一行は私達を無視して出発した。


「オリヴィア様……申し訳ございません。私のせいで、オリヴィア様にまで不快な思いを……」


 アルは拳を握りしめ、声を震わせながら私に謝罪をする。


 その姿に胸が痛む。違う、私がもっと強ければ、アルが責められる事も無かったはずなのだ。


「大丈夫ですよ。さぁ私達も行きましょう、置いて行かれてしまいます」


 私は出来る限りの笑顔で答えると、二人でアナベル姉様達の後を追った。


 連日の晴天に恵まれ、一行はエルバドスへ向けて街道を行く。


 私とアルは2台の馬車の後方に付け、周囲を警戒していた。


 最近、王妃の命で魔物討伐依頼へ向かう事が増えたが、実際、魔物による被害も増えつつあるようだ。


 しかし今馬車の周囲には、プレートアーマーに身を包んだ屈強な騎馬が15騎。私とアルを含めて17騎の護衛が居る。


 通常であれば、私達を襲おうなどと考える魔物は居ないだろう。


 その予測通り、一行は何事もなく街道を進んでいた。


 野営中も特段の問題は無し。安全を期す為にやや遠回りをしたが、出発から数日後には無事に国境付近まで辿り着いた。


 国境から先は、エルバドスからの案内人も加わる。道中の護衛としては、一区切りと言った所だ。


 数日間に渡る移動の疲れ、そしてポカポカした陽気や草原を揺らす心地良い風も手伝い、私は少しだけ気を抜いてしまっていたようだ。


(オリヴィア、ボケッとすんなよ)


 私の内側からトモエの声が聞こえる。


「トモエ、起きていたんですか?」


 静かだったから、また寝ているのかと思っていた。


(起こされたんだよ、この嫌~な匂いにな……)


 私は反射的に周囲を見渡す。


 街道を挟む草原。風に揺れる雑草の中、私は僅かな違和感を見付けた。


「敵影確認!」


 前を行く一団が、私の声で急停止をする。


 私が躊躇なく叫べたのは、トモエの感覚を信じていたからだろう。


 立ち止まった騎馬隊が周囲をキョロキョロと見渡す。しかし、敵の影どころか異常すら見付けられない様だ。


「はっ……オリヴィア殿下。何所に敵影等があるのですか?」


 ベルグが鼻で笑いながら肩をすくめる。


 同時に、アナベル姉様が馬車から顔を出した。


「オリヴィア、役に立たないならまだしも、ベルグ達の邪魔は……」


「お姉様! 顔を出さないで!」


 瞬間、周囲の草むらから大量の矢が上空に向かって放たれた。


「馬車を守って!」


 私は咄嗟に叫ぶ。明らかに集団の中心が狙われていた。


 殺意を持った大量の矢が、上空から降り注ぐ。


「きゃぁあああ!」


 アナベル姉様の悲鳴が響き渡る中、誰よりも早く反応したのはアルだった。


 いや、タイミングを考えたら私が叫ぶよりも先に動いていたかも知れない。


 鞍に下げていた長槍を取り外したアルは、巧みな手綱捌きで槍の射程圏内に私と馬車の背面を入れる。


 そして槍を風車の様に回転させ、迫りくる無数の矢を次々と叩き落として行った。


(ほほぉ、やるもんだな)


 トモエがアルの槍捌きに感心している。


 私もアルが槍を使える事は知っていたが、実際にこの目で見たのは初めて。


 私は凄い人に支えられているんだと、改めて思い知らされた。


「オリヴィア様、お下がりください」


 アルが私を片手で制止しながら前に出る。


 視界には、大量のゴブリンが姿を現していた。


 把握出来るだけでも20体以上。一団を取り囲んでいるとすれば、2~3倍は下らないだろう。


 街道で遭遇するにしては、あまりにも多い数だ。


(ひーふーみー……馬車の護衛を除いて、一人当たり7~8体って所かな)


 トモエがゴブリンを指折り(?)数えて行く。


(オリヴィア、行けるな?)


「……はい」


 私は緊張からゴクリと喉を鳴らす。呼吸を整えてから馬を降りると、腰の剣を抜いた。


「オリヴィア様! 危険です!」


「大丈夫です、アルは馬車を守って下さい……」


 私達の役目は、交渉に臨む姉様と外務卿の護衛。


 二人の乗る馬車を守るにはアルの力が必要だ。ならばゴブリンは私が討つ。


 眼前にはボロボロの装備を身に付けたゴブリン達。


 子供ほどの背丈に、青黒い肌、小さな角、獣の様な爪牙を持つ人型の低級モンスター。


 普段の討伐でも何度となく戦った相手だが、今でも対峙した際は緊張する。正直に言えば怖い。体が僅かに震えているのが分かる。


 でも……。


(奥にはまだ弓兵が潜んでる、警戒を怠るなよ)


「は、はい!」


 不思議だ。こうして剣を構えトモエの声を聴くと、体の震えが収まって行く。


 普段の稽古と同じ気持ちで戦える。


「ギャァガァアアアア!!!」


 一体のゴブリンが雄叫びを上げると、近接武器を持ったゴブリン達が一斉に襲い掛かって来た。


 私は剣を構えなおし、先頭のゴブリンに向かって駆け出した。

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