~展の三~
(で、さっきのピリピリした空気は何なんだよ)
オリヴィアが自室に戻った直後、アタシは早々に問いただした。
アタシもオリヴィアに憑いて半年以上経つ。この国の事は何となくわかって来たけど、流石に外国の事は良く分からん。
特にあの緊張感は、ただ事ではなさそうだった。
「……少し待って下さい」
アルフィルクが淹れてくれたお茶を一口だけ飲み、オリヴィアは大きく息をつく。
緊張感から解放されたからか、オリヴィアの動悸も徐々に収まりつつあった。
アルフィルクが部屋を出てから、オリヴィアは言葉を選びつつ語りだした。
「エルバドスは西の国境を挟んだ隣国、アハトとは長い間緊張状態が続いています」
(ああ、隣の国と関係は良くないって話は聞いたな。戦争でもしたのか?)
「端的に言えば、そうなります……」
(そんじゃ、詳しい説明宜しく)
「わかりました……」
アタシが言い出したら聞かない事は、オリヴィアも今までの付き合いで良く分かっている。渋々ではあるが、両国の歴史を語りだした。
「発端は約17年前。魔王軍討伐の為に世界各国で兵を募り、特別部隊を編成しようと……」
(魔王!)
一つの単語に、アタシの好奇心が最大級の反応を示した。
(おいおい、魔王とか居んのか!? マジで!? 何所に!? 今度の休みに会いに行こうぜ!)
「ピクニック感覚で言わないでください……それに、今は居ません」
(なんだ……つまらん)
「……話を続けます」
オリヴィアは、激しく落胆したアタシを華麗にスルーした。
「特別部隊には、世界各国の精鋭が集まりました。アハトからも当時の騎士団長と直属の師団が参加、最終的には一国の総力を遥かに凌ぐ戦力が集結しました」
(ほんほん、それで魔王を討伐したと)
「いえ、残念ながら。魔王軍に大打撃を与えはしましたが、特別部隊は壊滅したそうです」
流石魔王、そう簡単には倒せないんだな。あ~会ってみたかった……。
「ですが問題はその後、エルバドスは特別部隊壊滅の報を受けるや否や、ジャグワという隣国に侵略戦争を仕掛けました」
(それって、相手の戦力が削れたタイミングを狙ったって事か?)
「そう捉える見方が大半だったようです。エルバドスが特別部隊に参加させた兵も、他国に比べると僅かだったそうですから」
(計画的っぽいな……)
「歴史的に見ても、他国への侵攻を何度か行ってきた国です。警戒はしていましたが、まさか人類が一丸となった直後に仕掛けてくるとは……」
(そりゃ人道的には無しだよなぁ……)
「周辺国も同様の考えでした。そこで急遽連合部隊を編成、エルバドス軍に対抗しました。そして数か月に渡る戦いの末、講和条約締結までこぎつけたんです」
(でも、そこで万事解決とはならなかったって事か)
「多くの国は、当時の侵攻を是としていません。故にエルバドスが再び暴挙に出ぬよう、必要以上の力をつけぬよう、関税の見直しや輸出入品の規制等を行ってきたのです」
(なるほどね、それで未だ国同士でピリピリしてる訳か)
こういう所は、アタシの居た世界と大した違いは無いな。
(で、その関係改善の交渉を何でこの国とするんだ? この国が攻められた訳じゃないんだろ?)
「それは……この国の一人の剣士が、戦争を終結に導いたからかと」
(一人の剣士?)
「はい……後に剣聖と呼ばれる剣士です」
(お袋さんの事か?)
オリヴィアがコクリと頷いた。
「母がまだ一兵卒だった頃、戦争に参加し多大な功績を残したそうです。その後、魔王討伐も含めた数々の武勇を打ち立て、剣聖と呼ばれるようになりました」
魔王を倒したのは、オリヴィアのお袋さんだったのか。
そりゃ、アルフィルクの様な熱烈なファンが居てもおかしくないな。
「母だけではありません。アハトは世界的に見れば小さな国ですが、昔から兵の質は高く、御伽噺になるような英雄を何人も輩出しています」
(なるほど、軍事国家エルバドスとしては目の上のたん瘤って訳か)
「いの一番に、懐柔したいと考えているかもしれません」
国同士の戦争で、たった一人の戦力が戦況を覆すってのは、流石にアタシの居た世界じゃ有り得ない話だが……。
(しかし……それなら、お袋さんが亡くなった直後に動きそうなモンだけどな)
「エルバドスの事情は分かりませんが、母が亡くなった当時は世界中が喪に服している様な状態でしたから……その時点で動けば、再び批判を集めると考えたかもしれません」
(……そっか)
でも、それが侵略戦争なら分からなくは無いが、和平の為の交渉なら批判される可能性は少ない気もするけど……。
(ややこしい話だなぁ……それで皆ピリついてた訳だ)
「そうですね、それと……あっ」
オリヴィアが口ごもると同時に、扉をノックする音が聞こえた。
オリヴィアが「はい」と答え、扉が開かれる。現れたアルフィルク、その後ろに立っていたのは……。
「ヴィクトリア……お姉様……」
長女のヴィクトリアだった。
オリヴィアが反射的に立ち上がる。心臓の鼓動が、再び加速し始めた。
アタシが知る限り、ヴィクトリアがオリヴィアの部屋を訪ねてきた事は無い。
ヴィクトリアを背に、アルフィルクも険しい顔をしている。
オリヴィアの成人を祝う、聖清の儀で剣を交えたヴィクトリア。その時の殺気は鬼気迫るものがあり、今でも良く覚えている。
あの時のオリヴィアは、それはそれは勇敢に戦っていたんだけど……。
「あ……ど……ヴィ……ヴィクトリアお、お姉さま……」
完全に元に戻ってんな。
(オリヴィア、今更ヴィクトリア相手にビビんな。アタシと二人なら大丈夫だって言ってただろうが)
「そう思っていたんですけど……改めて面と向かうと……」
結局アノ時の強気発言は、アドレナリンのせいだったのかも知れないな……。
「……入っても良いのかしら?」
アワアワと取り乱すオリヴィアに、待ちぼうけを食わされたヴィクトリアが鋭い視線を向ける。
「も、申し訳ございません! ど、どうぞ!」
アルフィルクが素早く椅子を引き、オリヴィアが椅子に座ると、アルフィルクはそのまま部屋の隅に控えた。
ヴィクトリアはアルフィルクを一瞥し、席を離れるように促す。
「心配は無用よ、こんな場所で騒ぎを起こすつもりはないわ」
アルフィルクの微妙な表情を見抜いたようだ。
ヴィクトリアに諭され、アルフィルクは不安を残しながら部屋を後にする。
そうして、オリヴィアとヴィクトリアが二人きりになった。
オリヴィアにとっては、居たたまれないほどの空気だろう。
さっきから、ヴィクトリアと視線を合わせる事も出来ていない。
その時、ヴィクトリアが分かりやすく溜息をついた。
「どうして私は、アナタなどに負けてしまったのかしらね」
アタシはちょっと驚いた。
一見すると嫌味のようだが、ハッキリと「自分はオリヴィアに負けた」と口にしたのだ。
こういう一面もあるんだな。意外だ。
「あ、アレは……偶々と言うか……奇跡と言うか……偶然というか……」
(……おい)
怯えながら呟いたオリヴィアのセリフに対し、アタシは念動力で浮かせたスプーンを頭の上に落としてやった。
「いっ痛い!」
(負けを認めた相手の前で、偶然だの何だの言うんじゃねぇ。オリヴィアの事だから他意はないんだろうが、慰めにもならねぇどころか逆効果だ)
「うぅ……」
呻くオリヴィア。本当に他意はないだろう、ビビりからくる突発性の自己防衛とでも言った所か。
「何……今のは?」
気付けば、ヴィクトリアが文字通り「ぽかん」と呆けていた。
しまった、イラついて一瞬ヴィクトリアの存在を忘れてた。
「い、今のは! その! 先ほど魔法の練習をしていまして! その名残と言いますか……ちょっとした魔力の暴走と言いますか……」
オリヴィアが慌てて弁明する。
言い訳にしては苦しいが、アタシが部屋で念動力……意識だけで物体を動かす練習をしてるのは事実だ。
正確に言えば魔法じゃないが。霊的な存在のアタシにすれば、魔力ではなく霊力を使った魔法って感じかな。
今では、人一人を浮かせるくらいのパワーが出せるようになった。
流石アタシ、己の鍛錬にも隙はない。
「そう、それで私の魔法を弾いていたのね。合点がいったわ」
良く分からんが納得してくれたようだ。
危ない危ない。アタシの存在が他人に知れたら、それこそ除霊でもされかねん。
まぁ、よっぽどの事がなければバレないだろうけど。
オリヴィアの中にもう一人、別人が居るだなんて……。
「本当に不思議な妹ね、この短期間に一体何があったというのかしら」
「それは……その……」
不思議なヤツと言うのはアタシも同感、ヴィクトリアとは違う意味だろうけど。
「まぁ良いわ、長居するつもりはないし本題に入りましょう」
「本題……ですか?」
「ええ、アナタのエルバドス行きについてね」
ヴィクトリアが声のトーンを落とすと、場の空気が更に引き締まる。オリヴィアは緊張からゴクリと喉を鳴した。
「アナタも知っているでしょう、嘗てエルバドスの第2王子が私の許嫁だった事を」
「は、はい」
アタシは初耳。ひょっとして……エルバドスの話が出た時、皆がやけに緊張してたのは、この件も関係あるのか?
「でも、17年前の戦乱により破談。まぁ、幼い頃の縁談だから気にもしていないけどね」
(何だ、つまらん……)
「しっ!」
オリヴィアに小声で叱られてしまった。どうせ他のヤツには聞かれないんだから別に良いだろう。
さっきスプーンを頭に落とした事、根に持ってる?
「当時の事は分かりませんが……エルバドスとの歴史を学ぶ際に、第2王子の事もお伺いしています」
「そう、ならこの話も知ってる? 今その彼が、剣聖を名乗っている事を」