表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

~判の七~

 十王の裁から数日。


 後処理等に追われた日々も一段落し、アハト一行の帰国が決まった。


 事態は深刻だが、これ以上アナベル達がエルバドスで出来る事も無い。


 本来の目的である両国の関係改善についても、前向きに検討しようと双方納得はしているが、今回の件を鑑みても草案の見直しは不可欠だろう。後日改めて場を設ける事になった。


 アタシ達が来てから起こった様々な事件に関しては、ほぼ全てナミルが主犯であると結論付けられた。ナミルは騎士団長の地位を剥奪、被告人不在のまま死罪が確定した。


 世界中に指名手配する案も出ていたらしいが、間者に気付かなかったと言うエルバドスの国辱を晒す事にもなる為、指名手配と言うよりは、他国へ内々に通達するだけに留まるだろうとの事。


 アナベルは無罪放免。グリシアの指示を無視して単独行動した事も、特にお咎めは無し。アナベルは、副団長ベルグの死に関してショックを受けていたようだが、傍目には毅然と公務をこなしていたと思う。


 因みにベルグに関しては、ナミルの配下……つまりスパイだったんじゃないかとの疑惑が浮上している。


 詳しい話は知らないけれど、ベルグの遺体から例の手紙が発見された事。そしてエルバドス滞在中に、ナミルと接触していた姿が何度も目撃されている事。その二つが主な理由らしい。アナベルに刺された件も、自身を容疑者から外す狙いだったんじゃないかと。


 ナミルの言っていた「野暮用」とは、ベルグを片付ける事だったんじゃないかとも言われている。


 死因も殺害方法も不明だが、だからこそナミルに殺された可能性が高いとの考えだ。


 手紙に関しても、ナミルがわざと持たせた上で殺したんじゃないかとの推察もある。


 エルバドスだけじゃなくアハトにも内通者はいるぞ、っとコチラの動揺を誘う為だ。


 ヴィクトリアの話を聞いていたアタシにとっては、さもありなん……って感じだが、アナベルや団員は可成りのショックを受けているそうだ。


 結局ベルグの件はエルバドス領で調査するにも限界があり、アハト側で追加調査を行い、結果をエルバドスに報告する事になった。


 何だか色々な事が後回しにされている気もするが、それも致し方ない。


 まっ、政治的な話はアタシやオリヴィアには関係無いし、後は三姉妹&エイダ王妃が何とかするだろう。


 特にオリヴィアにとって、先に控える調査よりも、今目の前の問題にケリをつける方が余程重要なのだ。


(オリヴィア、目が泳いでるぞ)


「は、はい……大丈夫です」


 さっきから何を聞いても「大丈夫」としか言わない。大丈夫なヤツのリアクションじゃないな。


 今オリヴィアは、深紅のドレスを纏い、城内の中心部に向かって長い廊下を歩いている。目的地は第一王子グリシアの私室だ。


 事件の直後とあって、当然ながらアチコチに警備が配置されているのだが、特に王子の私室とあれば尚更厳重になる。


 私室の前には重装備した屈強な男達が、廊下の壁に等間隔で並んでいた。


 その威圧感に、オリヴィアは顔を伏せながら早足に通り過ぎようとする。王女様が猫背で歩くんじゃありません! と注意してやろうとかと思っていたら……。


「オリヴィア殿下に敬礼!」


 警備の兵士全員が一斉に敬礼し、オリヴィアを出迎えた。オリヴィアは突然の事に驚き、「すいません……すいません……」と呟きながら兵達の前を通り過ぎる。


 警備の男達は、皆がオリヴィアを羨望の眼差しで見詰めていた。恐らく、オリヴィアの戦いっぷりを見ていた者達なんだろう。


 エルバドスは強者を称える国民性。彼等の眼には、オリヴィアがヒーローの様に見えているのかもしれない。


 しかしそんな肯定的な視線も、残念ながらオリヴィアにとってはプレッシャーにしかならない様だ。尚更歩く速度を速め、王子の私室へと向かう。


 扉の前で待ち構えていた執事と挨拶を交わすと、部屋の中へと案内さる。


 兵達の視線から逃れ、オリヴィアは胸を撫でおろすが、再び緊張で表情が強張った。そりゃそうだ、普通は兵士の前より王子様を前にした方が緊張するに決まってる。


「お待ちしていましたよ、オリヴィア姫」


「お、お忙しい所、お時間を取らせてしまい、誠に申し訳ございません」


「お気になさらず、何時もこの時間は休憩を取っていますので」


 グリシアに促されたオリヴィアがソファに腰を下ろすと、即座に温かなお茶がテーブルに置かれた。


 グリシアもオリヴィアの対面に腰かけ、お茶を一口飲んむ。


 グリシアは、ふぅ~……と深い溜息をついた。本当に忙しいんだろうな。


 何せあの後、王様は病の影響もあって一時的に床に臥せてしまった。ザヴァルも付き添っているとの事で、余計にグリシアに掛かる負担が増えているのだ。


 実際の所、王様は「この程度で寝ていられるか!」と仕事をしようとするのだが、ザヴァルが無理やり抑え込んで休ませている状態らしい。


 因みに王様の病に関しては緘口令が敷かれた、まぁ当然だろう。


「ガルヴァ陛下のお加減は如何ですか?」


「御心配には及びませんよ。若い頃の無茶が祟っているだけで、大人しくしていれば命に関わる程の病ではありませんから」


 グリシアは苦笑いで「まぁ、大人しくさせる事が一番難しい人なんですけどね」と付け加えた。


「そうですか、良かった……」


 オリヴィアが心底安堵した表情を見せると、グリシアは優しく微笑んだ。その瞳はとても温かく、愛おしさを含んでいるような気がした。


 グリシアの視線に気付いたオリヴィアが、不思議そうに首を捻る。


「あの……何か……」


「いえ、何でもございません」


 口元の笑みを誤魔化す為か、グリシアは再びティーカップを口に運ぶ。


「姫は明日の朝に立たれるのでしたね」


「はい、グリシア王子には大変お世話になりました。王子のお力添えが無ければ、どうなっていたか……」


「何をおっしゃいますか、今我々が生きていられるのも全て姫のお陰です」


「そ、そんな……私なんて……」


「いいえ! 姫の驚異的な剣技! 前代未聞の妙技! 姫の力が無ければ脅威を退ける事は出来ませんでした!」


 腰を浮かせるほど前のめりで語るグリシア。やっぱりザヴァルの兄だな、と思う。


 オリヴィアの戸惑いを察したか、グリシアが咳払いをしながらソファに座りなおした。


「そ、それで姫、本日はどのようなご用向きですか?」


「は、はい……あの……」


 オリヴィアは細心の注意を払いながら言葉を選び、胸を内を明かして行った。




 そして翌日。


 アハトの代表団が帰国する日、旅日和と言える程の快晴に恵まれた。


 オリヴィアとアルフィルクは並んで愛馬に荷物を括り付け、出発の準備を進めている。


「アル、帰路は私が前衛につきますから、後ろはお願いします」


「承知致しました……」


 副団長のベルグが居ない為、先程アナベルから部隊の配置変更が伝えられた。オリヴィアとアルフィルクを分けるのは無難な采配だろうな。


 そんな事よりも、今気になる事は……。


(やっぱり何か変だな、アルフィルクのヤツ)


「そうですね……」


 今日のアルフィルクは、朝から様子がおかしい。元気がないと言うか、考え込んでいると言うか……オリヴィアが話しかけても反応が遅れたりしてる。


 何だか、自信を無くした頃のアルフィルクに戻ってしまったようだ。ナミルの件で、何かしら吹っ切れた様に見えたんだがなぁ。


(そう言や、まだアルフィルクから返事は聞いてないんだよな?)


「……はい」


 オリヴィアがアルフィルクにアタシの存在を打ち明けた時、オリヴィアは今後の身の振り方を考えて欲しいと言っていた。


 アタシから剣を学んでいたという事実が、剣聖オルキデアの大ファンであるアルフィルクを裏切ってしまったのではないか? そう考えたからだ。


 アタシとしては考え過ぎじゃないかとも思うけれど、二人の主従関係に口を挟むのも野暮かと静観していた。


 静観してた……んだけど。


(なあ、オリヴィア)


「はい?」


(お前さ、アタシの事はどう思ってる?)


「な、何ですか急に……」


(良いから良いから)


「……信頼してます。トモエになら何でも話せますし、私が死んだ後の体も、トモエが使ってくれるなら良いかなって思ってます」


(じゃあ、除霊とかしない?)


「し、しませんよ! それどころか……トモエさえよければ、ずっと一緒に居て欲しいなって……」


 顔が熱くなっていくのを感じる。つーか、何だかアタシまで恥ずいんですけど……。


(じゃあ、アルフィルクの事は?)


「勿論、信頼してます」


(うんうん、そうだろな)


「……な、何なんですか」


(いや、ただの確認)


「…………」


 口出ししたくは無かったけど、この位なら良いだろ。


 何かを察したのか、暫く考え込むオリヴィア。


「オリヴィア様、そろそろ城門へ向かうお時間ですが……」


 アルフィルクに声を掛けられ、オリヴィアはハッとして顔を上げる。


「あ、あの……アル……」


 オリヴィアが意を決して喋りかけると、アルフィルクがその場で片膝をつく。


「お時間の無い時に申し訳ございません。オリヴィア様に、ご相談させて頂きたい事がございます」


「な、何でしょう……」


 こちらから話をするつもりだったオリヴィアだが、虚を突かれて聞き手に回る。


「このような事を申し上げるのは、非常に身勝手であると自覚しておりますが……」


 アルフィルクが今までにない程の真剣な眼差しで、オリヴィアを見上げる。そして……。


「オリヴィア様の許可を頂けるのであれば、私にもトモエさんの稽古を受けさせて頂けないでしょうか」


「……へ?」


 間抜けな声が漏れる。アタシの方は意外過ぎて声すら出なかった。


「あの……それは、なぜ……」


「私自身、どう在ればオリヴィア様のお役に立てるか考えました。今の私では剣の修行でお力になれません、しかし共に稽古に参加させて頂ければ、トモエさんの指導を別の形でオリヴィア様にお伝えする事も可能かと愚考致しました」


「えっと……それでは、これからも私の傍に居てくれるのですか?」


 オリヴィアの言葉に、アルフィルクは少し驚いた表情を見せた。


「無論です、不肖アルフィルク。あの日の誓いから、オリヴィア様の下を離れようと考えた事等、微塵もございません」


 真顔で答えるアルフィルク。


「そう……なんですか?」


「はっ! オリヴィア様がグリシア王子に嫁ぐと決意された場合に備え、エルバドスの永住許可申請書も用意しておりました」


 そう言って、荷物から書類を取り出して見せてくる。準備万端かよ。


 つまり、オリヴィアから離れる離れないって話じゃなく、どうやって役に立つかで悩んでたって事か。


 ……思わせぶりな態度をとりやがって。


 ま、アルフィルクがオリヴィアの下を離れるとは思って無かったけど。だってアルフィルクは……。


「っと、言う事みたいです……私は構いませんが、トモエはどうですか?」


(……ん?)


「聞いてました?」


(あぁ聞いてた聞いてた、稽古の件ね……アタシも構わないけど、オリヴィアは本当に良いのか?)


「何がですか?」


(多分、あっと言う間に追い抜かれるぞ)


「うぅ……」


 現状の力量を考えると妥当だろう。将来はどうなるか分かんないけど。


(稽古相手が居るのは、オリヴィアの為にも良いと思うけどな)


「わかりました……」


 少しはプライドがあるのか、オリヴィアは多少悩んだようだが、アルフィルク願いを快く承諾した。


 そして両膝を着き、アルフィルクの手を取った。


「ありがとう、アル。これからも宜しくお願いしますね」


「……はっ! オリヴィア様の剣聖への道。この命を賭してお供させて頂きます!」


 やれやれ、取り合えず一件落着かな。つーか二人とも大事な事を忘れてない?


(お~い、そろそろ城門に集合じゃなかったか?)


「あっ!? いけない! アル、早く行きましょう!」


 二人は愛馬に跨り、急いで城門へと向かった。


 城門前では既にアナベル達の出発準備が完了しており、見送りに来たグリシアやザヴァルの姿も見える。


「おうおう! 遅かったなオリヴィア姫!」


「申し訳ございません!」


「大丈夫ですよ、丁度アナベル姫へのご挨拶が終わった所ですので」


 馬から降りて何度も頭を下げる二人を、グリシアが優しく宥める。


「そうそう! オリヴィア姫は兄者の求婚を断ったらしいな!」


 突如、ザヴァルが爆弾を投下。グリシアの笑顔が一瞬で引きつった。


「いやいや残念! これで姫との再戦も当分先だな!」


「ザヴァル! 少し黙っていろ!」


 人前で女にフラれた事を大声でまぁ……ご愁傷様です。


「も、申し訳ございません……」


 なぜかオリヴィアが頭を下げる。


「姫、頭を上げて下さい。自分も少し……いえとても残念ですが、姫の想いをお聞きして納得をしていますから」


 プロポーズの返事をしたのは昨日。結論としては「ごめんなさい」だ。


 オリヴィアはアレやコレやと言い訳をしていたが、以外にもグリシアはアッサリと受け入れた。


 オリヴィアが「今は一人の娘として、そして一人の剣士として母の剣と向き合いたい。現状から逃げだしたら、母の背中が見えなくなる気がする」と言った時に、グリシアも色々と察したようだ。


 元々、恋愛感情からの求婚って感じじゃなかったし、何がオリヴィアの為になるかを推し量ってくれたんだと思う。


 ただ両者共に口にはしなかったが、ナミルの存在が少なからず影響していたのではないかとも感じた。


「これからは一個人として、剣士オリヴィア殿の夢を応援させて頂きます」


 爽やかに微笑むグリシアに、オリヴィアは再び頭を下げる。今度は感謝を表す為に。


「ありがとうございます」


 最後に二人の王子と握手を交わし、再び愛馬に跨った。


「戦友である皆様のご多幸を、お祈りいたします」


「達者でな! また会おう!」


 二人の王子と多くのエルバドス兵に見送られ、オリヴィア達は城門を潜る。


 エルバドスに来るまではアイツらの事を疑っていたのに、それが嘘の様に晴れ晴れとした気持ちで別れる事が出来た。


(面白いヤツラだったな)


「そうですね」


 良い出会いだったな、そう思う。


(ところで、オリヴィアって前衛になったんじゃなかったっけ? ここどう見ても馬車の後ろだけど)


「あっ!」


(おいおい、しっかりしろよ)


 オリヴィアが慌てて馬に合図すると、駆け足で他の馬達を抜き去って行った。


 やがて馬車の横を通過しようかと言う所で、オリヴィアは視線を感じて横を見る。アナベルが窓を開けて、コチラを睨んでいた。


「お、お姉様……どうかされました?」


「…………」


「あの……」


「う、うるさい!」


 アナベルの怒鳴り声に、オリヴィアの心臓が跳ねる。また嫌味が始まるのか……と思っていたら……。


「私は……私はアンタの事を……み、認めたりしないから!」


 そう言うと、アナベルは顔を真っ赤にして窓を閉めた。


 オリヴィアは意味が分からず呆然としている。アタシ自身も理解出来ていないが、あの言い方は所謂……。


(……ツンデレか)


「ツンデレって何ですか?」


(今度、暇な時に教えてやるよ)


 ……後に聞いた話。


 アナベルは内政に関する公務が多いのだが、嘗てはヴィクトリアに憧れ剣の修行に明け暮れた時期もあったそうだ。


 しかし自分には才能が無いと諦め、内政に尽力する様になった。


 それでもヴィクトリアの戦う姿に憧れ続けた。だからこそ、死して尚ヴィクトリアよりも称えられているオルキデアの事も、その娘であるオリヴィアの事も疎ましく思っていた様だ。


 しかし今の態度を見るに、エルバドスでの戦いを経て、アナベルの中で何かが変化したのかも知れない。


 真相はアナベルにしか分からないけど、何となくオリヴィアにとって良い方向に向かっている様に感じた。


 ナミルっつーとんでもないヤツに目を付けられている事は、取り合えず置いといて……。


(一段落……かな)


 穏やかな陽気に晒されている事もあったのだろうか、アタシは何となく眠気に誘われていた。


 今は危険もなさそうだし、一眠りするかな。


(わりぃ……ちょっと寝るわ)


「またこんな時間に……夜に寝られなくなりますよ?」


(大丈夫大丈夫……)


 心地良いまどろみを感じながら、アタシの意識が急速に遠のいて行く。


(そう言えば……)


 眠りにつく直前、ふとコロシアムでの出来事を思い出した。


 あの時、どうしてアタシとオリヴィアの意識は入れ替わったんだろう。


 後で確認したが、あの時点で死者は出ていなかったはずなのに……。


(ま……良いか……)


 そもそもアタシ達自身、入れ替わりのシステムを完全に解明出来ていないんだ。


 また起きてから考えよう、オリヴィアと一緒に。


(おやすみ……オリヴィア……)


 アタシは返事を待たずに眠りにつく。今だけは、信頼する弟子であり、友人である彼女に全てを任せて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ