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~判の一~

 窓から差し込む朝日で、オリヴィアは目を覚ました。


 しかしオリヴィアは、日差しから逃げる様に布団の中へと潜り込む。


(おーい、朝だぞー)


「う、う~ん……」


 オリヴィアは、目を閉じたまま布団から顔を出した。


「おはよう……ございます……」


(あいよ、おはよー)


 瞼をこすりながら何とか上体を起こす。体中がミシミシと軋み、節々に鋭い痛みが走った。


 オリヴィアはナミルとの戦闘後、三日間をベットの中で過ごした。いや、気を失っていた。


 アタシがオリヴィアの体で動き回ると毎回寝込むのだが、今回の様に気を失うなんて初めての事だ。


 アタシが無理をし過ぎたせいだろうか? 命に別状は無い事は分かっていたが、目を覚ましてくれてホッとした。


(大丈夫か?)


「はい……あの……私は一体……」


(三日も気絶してたんだよ。取り合えず起きた事を報告してやれ、みんな心配してたぞ)


 オリヴィアが頷き、枕元の鈴を鳴らす。


 間を置かずに高速でノックする音が聞こえた。そしてオリヴィアの返事と同時に扉が開かれる。


「失礼致します!」


 現れたのはアルフィルク。ずっと扉の外に居た事は気配で分かっていた。


「オリヴィア様! お加減は如何ですか!? お体は!? ご気分は!?」


「だ、大丈夫ですよ」


 アルフィルクの圧力に、オリヴィアは若干引きながら笑顔を見せる。


 安堵からか、アルフィルクはベットの傍で膝を着き「良かった……」と呟いた。


「心配をかけて御免なさい」


「オリヴィア様が謝罪する事等、何一つございません。私の方こそ、また肝心な時にお役に立てず……」


「いいえ、私が生きているのはアルのお陰です。そもそも私達がもっと慎重に行動していれば……」


「オリヴィア様の責任ではございません。私が、アナベル様から目を離さなければ……」


「いえ、私が予めアルに話をしておけば……」


 こんな会話が何度も続く。互いに頭を下げ合い、一向に話が進まない。オリヴィアのヤツ、アタシには「謝るな」なんて言ってたくせに……。


 アタシは空腹を感じていた事もあり、少しイラっとして枕をオリヴィアの頭に落としてやった。


「ぶっ!?」


(何時まで謝り合ってんだよ、話進まねぇよ。つーか腹減った)


「ご、ごめんなさい……」


(ほら、また謝る)


「うぅ……」


 オリヴィアが枕を抱え、アルフィルクは突然の事に目を瞬かせていた。


「あはは……トモエに怒られちゃいました」


 オリヴィアが苦笑いで頭を擦る。


「今のもトモエ様……ですか?」


(様はいらね)


「様付けは要らないって言ってます」


「は、はぁ……」


(それよりも!)


「それと、お腹がすいたそうです」


(自分も腹減ってるくせに、アタシのせいにすんなよ)


 感覚を共有している以上、アタシの空腹感はオリヴィアの空腹感でもある。つーか、この苦しみはオリヴィアのせいと言っても過言ではない。


 とか考えていると、小さく腹の虫が鳴った。


「…………」


 オリヴィアの顔が、あっという間に真っ赤になる。そりゃ三日も寝ていれば腹も鳴るだろう。


 真っ赤になって俯くオリヴィアに、アルフィルクは……。


「すぐにご用意致します」


 そう言って部屋を後にした。


 暫くすると城付きのメイドが現れ、オリヴィアの着替えを手伝う。


 着替えが終わった直後、タイミング良く朝食が運ばれて来た。何か、もの凄く豪華な朝食が……。


(何皿あるんだコレ、ステーキとか1kg位あるんじゃねぇか?)


「そ、そうですね……」


 テーブル一杯に並べられた料理の数々。パスタにリゾットにサンドイッチ、サラダにスープにカルパッチョに炒め物に煮込み料理等々……それぞれが大皿に盛りつけられ、肉料理なんてそれだけで五種類もある。オリヴィアも、どう手を付けて良いか迷っている様だ。


「コック長からの快気祝いだそうです、お好きな物だけお召し上がり下さい」


 アルフィルクがグラスに水を注ぎながら料理の説明をする。郷土料理もあるのだろう、アタシが知らない料理もいくつかあった。


「どれも美味しそうですね、何を食べましょうか」


 オリヴィアとは味覚も共有している為、パーティー等で料理を選ぶ場合は、こうしてアタシに相談してくる事がある。


 当然アタシは……。


(全部)


「……え?」


(食事も修行の一環だ。それにアタシの家では食事を残す事はご法度。出された物は全部食う)


「む、無理です無理です! お腹が破裂します!」


 ま、そりゃそうだろうな。胃も縮んでるだろうし。


(わーってるよ、でも出来るだけ食え。消化の良いものから順に、バランス良くな)


「わ、分かりました……」


 その後、オリヴィアは真剣に料理を選びながら食事を進めて行った。


 アタシは久々の食事でテンションが上がる。味覚はアタシの数少ない娯楽だ。


 しかし程なくして限界を迎えたオリヴィアが、口元を押さえながらギブアップを宣言をする。


「もう……限界です……」


 総量にして大皿一枚分も無いが、まぁ頑張った方だろう。胃がパンパンな事はアタシにも良く分かる。


「デザートは如何致しましょう」


 メイドが新たなワゴンを押してやって来た。ワゴンには色とりどりのスイーツが並んでいる。


「お、お茶だけで結構です……」


 勿体ない、糖分は別の料理で摂取出来ているし良いけどさ。甘い物も食べたかったなぁ……。


「ふぅ……」


 アルフィルクの淹れてくれたお茶を飲み、オリヴィアが一息つく。


 食事をした事で、体中の血液が加速していく様に感じる。カフェインのおかげか、寝起きの気だるさも吹き飛んでいた。


 そうしてオリヴィアが落ち着いた頃、アルフィルクが声を掛けてきた。


「オリヴィア様、ガルヴァ陛下が可能なら面会をしたいと仰せです。まだ体調が優れないようであれば、後日でも構わないとの事ですが……」


 アルフィルクの通達に、オリヴィアの表情が僅かに強張った。


「体調は問題ありません、お伺いします……」


 忘れていた訳ではないだろうが、アルフィルクの言葉で改めて思い出したのだろう。あの惨劇を。


「アル、陛下にお会いする前に、私が気を失った後の事を教えて下さい」


「畏まりました」


 アルフィルクが、感情を交えずに淡々と語る。


 まず地上に落下したナミル。その後立ち上がる事も無く、全身を燃え尽きた灰の様に崩し、風に吹かれ消えて行ったそうだ。


 まさに私が望んだように、跡形もなく消えた訳だ。


 普通に考えれば絶命と判断する所だが、楽観は出来ない。結局、今でもヤツの明確な正体は分からないからだ。


 ナミルの正体を含めた事件の背景は、今を持って調査中。まぁ、まだ三日しか経っていないのだから当然。


 事件の調査には、アナベルとお抱え騎士団も協力しているそうだ。


 被害は死亡者が28名、重傷・軽傷者全て合わせると100名以上。近接で直撃を受けたザヴァルは重傷だったが既に完治、回復魔法恐るべしだな。ザヴァルは、なすすべなく倒された己の不甲斐なさに荒れているらしい。


 一方で地上に降りたアタシは、駆け寄って来たアルフィルクに怪我の治療を頼むが、直後に体の主導権を失い、同時にオリヴィアが気を失った。


 スグに部屋まで運び込まれ、改めて医師による治療と診療を行った。命に別状はないとの判断で、そのまま寝かされた。王様から、目を覚ますまでの滞在延長を許可され、今に至る。


 そしてコレが一番意外だったのだが、アルフィルクにオリヴィアの傍に居るよう指示をしたのは、アナベルなのだそうだ。


 オリヴィアがアルフィルクへ与えた最後の指示が、「アナベルを護れ」だったから、勝手にアナベルから離れるとは思ってなかったけど。


 アルフィルクの話を聞き終え、オリヴィアがテーブルに視線を落とした。


 様々な想いが巡っているのだろう。暫く俯いていたオリヴィアだが、やがて決意に満ちた表情で立ち上がった。


「陛下に、お会いします」


 テーブルから離れたオリヴィアは、武具の掛けられたスタンドへと歩み寄った。

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