表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

~醒の五~

「オリヴィア様ぁあああ!!」


 アルの悲痛な叫びが木霊する。


 迫りくる無数の触手に対して、私……ではなく、体の主導権を得たトモエが手にした剣を合わせた。


 そして剣先を、指揮者が持つタクトの様に振るう。


揮毫きごうの陣」


 ヒビの入った折れかけた剣。その切っ先に触れただけで、触手は体に触れる事無く逸れて行く。


 それは、傘の表面をつたう雨粒の様にも見えた。


 巨大な矛となった触手が、轟音を立てながら次々と通過して行く。


 やがて全ての触手が通過すると、トモエは剣先で真円を描く。すると幾人もの命を奪った触手が、いとも簡単に切断された。


 地面に落ちた触手が、粘液を撒き散らしながら不気味に蠢く。


「わりぃけど、触手プレイは趣味じゃないんだよ」


 トモエは、にやけ顔でそう言った。


「何と……」


 呆気に取られるナミルに背を向け、トモエはアルに歩み寄る。


「良かったら、そっちの剣と交換して貰える? アルフィルクのが一番オリヴィアの剣に近いだろう」


 トモエが、そう言って折れた剣を差し出した。


「アナタは……いえ、アナタが……」


 アルが戸惑いながらトモエを凝視する。


 アルにトモエの存在を打ち明けてはいたが、こうして本人と話すのは初めてだ。戸惑うのも無理はない。


「主人の頼みじゃないときけないか?」


「……いえ、オリヴィア様がアナタを信頼されていらっしゃるのなら」


 アルが自らの剣を差し出す。


 トモエは受け取った剣を眺め、満足そうに頷いた。


「ありがとよ、取り合えずお前は自分を回復しておけ。その後は倒れている者の応急処置を頼む。まだ半数以上は生きてる筈だ」


「……畏まりました」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 アルの後ろから震えた声が聞こえる。アルに守られていた、アナベル姉様だ。


「今のは何? 何が起こったの? アナタは本当にオリヴィアなの?」


 恐らく、トモエが無数の触手を全て捌いた事を言っているのだろう。


「じゃ、頼んだぜアルフィルク」


 トモエは姉様の声を無視して立ち去ろうとする。


「ちょっと! 無視してんじゃないわよ! 説明しなさい!」


 姉様が罵声を浴びせた瞬間、トモエが振り向きざまに姉様の眼前に剣を振り下ろした。


「ひぃい!?」


「お姉様、わりぃ~けどチョット大人しくしてて貰える? ます? アナタにウロチョロされると、ひっじょーに迷惑なんで」


 トモエが青筋立てた笑顔で凄む。


 アナベル姉様は何度も頷きながら、その場にへたり込んでしまった。


 あぁ……この後、どうやって誤魔化したら良いだろう……。


「オリヴィア姫!」


 私が頭を悩ませていると、グリシア王子が私達の元へ駆け寄って来た。


「あの……コレは……」


「グリシア……王子は、これから来る増援に指示してお姉様と怪我人の搬送を頼……お願いします。あっちのニョロニョロはアタシが斬っときますんで、人払いをして手出し無用に願います」


 相手が王子様という事で、一応トモエも気を使ってくれているようだ。ちょっとおかしな言葉遣いになっているけれど……。


「わ、分かりました……」


 グリシア王子が頷く。納得したというよりも、トモエの気迫に圧倒された様にも見えた。


 トモエは「どうも」と手を振ると、ナミルへと向かっていく。


 ナミルは触手を仕舞い、興味深そうにトモエを眺めていた。


「行儀よく待ってなくても良かったんだぜ?」


「背後から狙うような無粋な真似はしませんよ、それに約束も果たしていませんしね」


「約束?」


「先程の攻撃をしのげたら、正解を教えると言ったでしょう」


「あぁそっか、興味がないから忘れてた」


「酷いですね……教える気が無くなります……」


 ナミルが拗ねた様に口を尖らせる。


 正確には、興味が無いと言うより興味が無くなったのだろう。


 しかし、一連の事件を解明する必要はある。


(トモエ! ちゃんと聞きだして下さい!)


「え~……メンドクサイなぁ」


 本気でめんどうくさそう。トモエはもう、ナミルを斬る事しか頭になさそうだ。


「えっと、確か魔王の元配下? で良いんだっけ? オルキデアを恨んでたのか?」


「過去に仕事を依頼されただけで、正確には配下ではありません。だから私自身、オルキデアに恨みなどは有りませんよ」


「なら、なぜオリヴィ……アタシにちょっかいを掛けた?」


「我の行動原理は楽しめるどうか、それだけです。オルキデアに恨みはありませんが、その力には非常に興味を引かれていましたから」


 ナミルが再び歪んだ笑顔を見せる。


「ひょっとして、魔王からの依頼ってのは17年前の戦争の事か?」


「依頼されたのは諜報活動ですがね。ついでに人間達を引っ掻き回せ、手段は問わない、そう頼まれていたので」


「それで、その時の王様を操って戦争まで起こしたのか……」


「えぇ、追撃があると面倒だと言われましたから。邪心を持つ方は少し弄れば思い通りに動いてくれますから、我も非常に楽しませて頂きましたよ」


「良い趣味してんな……っで、結局お前は何なの? 人間じゃないんだろ?」


「人間ではございません、言える事はそれだけです」


「何だよ、正体を教えてくれるんじゃなかったのか?」


「言っても仕方のない事なので……強いて言えば、魔族でも魔物でもございません」


「トンチに付き合う気はねぇよ」


「つれない方だ……」


 ナミルは、大袈裟に肩をすくめて見せる。


「それよりも、我はアナタの正体の方がよほど気になるのですが……」


 流石に何度も会話をすると、私ではないとバレてしまう様だ。当然と言えば当然の話。


「アナタは何者ですか?」


「オリヴィアだよ、それ以外誰に見える?」


「そう見えないから聞いているのですが……」


 私はナミルの言葉に焦りながら、同時にドコかホッとした。トモエの存在が公になると困るが、今のトモエが『王女オリヴィア』と認識されるのも困る……。


 トモエは暫く考え込む様に虚空を見つめた後、急にニヤリと口角を上げた。


「教えてやろうか?」


 トモエはナミルだけに聞こえるよう、声を潜める


「アタシにタイマンで勝てたら、アタシの正体を教えてやるよ」


 ナミルがトモエと同じように口角を上げた。


「アナタ……良いですね、仲良くなれそうだ」


「冗談だろ?」


 トモエとナミルが、ニヤケたまま見つめ合う。そしてナミルの両腕が、それぞれ巨大な戦斧に変化していった。


 それは王城すらも両断出来そうなほど巨大で、もはや人間が扱える武器の範疇を逸脱する物だった。


「我が負けたら、アナタは何を望みますか?」


「アタシがお前に望む事? そうだな……」


 トモエが剣の切っ先をナミルに向ける。


「奇麗サッパリ、跡形もなく消えてくれ」


 瞬間、ナミルが歪んだ笑顔のまま飛び込んで来た。


 同時に振り下ろされる巨大な戦斧。しかし先程の触手と同様、戦斧はトモエを避けるかのように逸れ、地面に叩きつけられる。大地が激しく揺れた。


「力か数の二択か? 捻りがねぇな」


 トモエが溜息交じりに剣を振り上げると、戦斧となったナミルの両腕が切断され激しい血飛沫が舞う。


 更に首元を狙って突きを繰り出すが、ナミルが大きく飛び退き、トモエの突きをかわした。


「コレは失礼しました、それならば……」


 ナミルの両腕が瞬く間に再生され、右手をトモエに向ける。


「コレなら如何でしょう!」


 ナミルの右手からバチバチと火花が発せられた瞬間、凄まじい轟音と共に、一筋の雷光が放たれた。


 トモエが雷光を紙一重でかわす。目標を失った雷は、城のエントランスに着弾。大爆発を起こした。


「これ以上、お城を壊すなよ」


 爆風を背に受けたトモエが、一瞬で間合いを詰め、ナミルに斬りかかる。


 ナミルは突き出した右手を切断されながら、高々と跳躍した。更に背中から蝙蝠の様な翼を生やし、私達の頭上で停止する。


「いやはや、まさか雷光を視認してからかわすとは……こんな方は初めてですよ」


 ナミルは微笑みながら右腕を再生させた。


「タイマンとのお話だったので手加減しましたが、もう避難も済んでいるようなので大丈夫でしょう」


 ナミルは翼をはためかせ、更に上空へと舞い上がる。やがて、ナミルは五階建てのエルバドス城よりも上空へ辿り着いた。


「次は全力です……」


 ナミルの右腕から、いや全身から火花が弾ける。


「さあ、まだまだ楽しませてもらい……」


「撃てぇ!!!」


 ナミルの声を遮る怒号。気が付くと、空中のナミルが多数の炎弾に囲まれていた。


 炎弾は次々とナミルに着弾し、爆発が連鎖を起こす。


「ちっ! 余計な事をしやがって」


 爆音と閃光に顔をしかめながら、トモエが愚痴る。


 中庭を囲む城の窓やエントランスに、騎士やローブ姿の魔導士の姿が見えた。彼等の持つ剣や杖の先から、次々に炎弾が発射されている。


 ナミルを中心に絶え間なく続く爆発が、まるで太陽の様に中庭を照らしていた。


「撃ち方やめぇ!」


 爆発が三桁を超えたであろう頃、一人の騎士が号令をかけると、爆発がピタリと止まった。


 頭上からパラパラと燃えカスの様な物が落ちてくる。


「やった……」


 何所からか安堵の声が漏れる。しかしトモエは警戒を解いていなかった。


 やがて爆煙が風に吹かれ、夜空が晴れて行く……。


「やっぱりな」


 夜空に浮かぶシルエットを眺め、トモエが呟いた。


(トモエ、嬉しそうですね……)


「そりゃそうだ、アイツを斬るのはアタシだからな」


 トモエの視線の先には、夜空で羽ばたくナミルが居た。


 無事と言う訳ではない、遠目から見ても部位が欠損している事は分かる。そして、その欠損部が見る間に再生していく事も。


「煩わしい……煩わしい……」


 ナミルの表情に、明らかな怒りの色が浮かんでいた。


「煩わしい……我の楽しみを……」


 その全身が、一瞬で雷光に包まれた。空気が震える。離れた位置に居る私達にまで、ビリビリと痺れる様な感触が伝わってきた。


 先程とは規模が違う。恐らく、かわせるかどうかなんてレベルの威力じゃない。周囲の者達も、その脅威を感じ取ったようだ。ある者は退避し、ある者は盾を構えて防御の構えをとる。


「オリヴィア様!」


 散乱する瓦礫を飛び越え、アルがトモエの下に駆け寄ってきた。怪我人の搬送が終わったのだろうか。


「アルフィルク、お前も隠れておけ」


「お断りします!」


 思わぬ返答に、トモエが一瞬だけ動きを止める。私が知る限り、アルがハッキリと何かを拒否をした事は無い。


「なら、そこでしっかりと見ておけ」


 説得は無駄と考えたか、トモエはアルに背中を向け、上空のナミルを見上げた。


 上空では全身を雷に変えたナミルが両手を振り上げ、眼下に標準を合わせている。


「煩わしい! 我の邪魔をするなぁ!」


 ナミルが掲げた両腕を振り下ろした瞬間、激しい雷光が迸り、私達の視界が全て光に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ