~醒の四~
数多の武装兵に囲まれ、更にザヴァル王子に剣を向けられながらも、影法師はジッと私を見ていた。
「貴様の相手は俺だ! この剣聖ザヴァルが相手をしてやる!」
吠えるザヴァル王子に対し、影法師が分かりやすく肩を竦める。
「邪魔をしないで……貰えますか? 似非の剣聖等に……興味は無いので……」
「俺が似非だと!」
ザヴァル王子の表情が途端に険しくなる。
「アナタはオルキデアに遠く及ばない……アナタが一番分かっている事でしょう……身の丈に合わぬ夢は……幼少時に……諦めるべきでしたね」
影法師が細かく揺れる、まるで笑っているかのように。
「貴様が俺の何を知っている! たった一刀で俺の剣が分かったとでも言うのか!」
「剣だけじゃ……ないですよ……アナタの事は良く知っています……生まれた時の事も……初めて剣を握った時も……」
「何だと? 貴様何を言っている……」
感づいた者も居るのだろうか、中庭が不穏な空気に包まれる。
「もう良いでしょう……十分楽しませて貰いましたし……」
影法師の纏う闇が揺れ、少しずつ風に流されて行く。
「さあ、答え合わせです……」
不意に突風が吹き荒れ、影法師を中心に竜巻が起こる。竜巻は影法師の闇を、生やした触手事剥ぎ取って行く。
やがて風が全ての闇を吹き飛ばし、現れた影法師の正体は……。
「……ナミル……」
現れたのは、エルバドス騎士団団長ナミルさんだった。
「ん~やはり長時間の変幻は疲れますね、喋り辛いし動き辛いし」
白い礼服を着たナミルさん……ナミルは、体をほぐす様に肩をグルグルと回す。
場にそぐわない言動と、何より姿を見せた仇敵の正体が、この場の現実感を無くしていく。
それは、ナミルと対峙しているザヴァル王子だけでなく、エルバドス軍全員が同じだった。
「ナミル……コレはなんだ? 何の冗談だ?」
「何って、先程オリヴィア姫が仰っていたでしょう? 私ナミルが、此度の件の首謀者でございます」
ナミルが片手を胸に当て、お辞儀をする。
「冗談を言うな! なぜナミルがあの用なマネをする必要が有ると言うのだ!」
「さあて、なぜでしょうね?」
ザヴァル王子の叫びに、ナミルはニヤニヤと嘲笑う。
「そうか! 貴様偽者か! ナミルに化けて俺達を嵌めようと言うのだな!」
「おお~流石ザヴァル殿下、単純な思考ですね」
ナミルがわざとらしく拍手をする。相手を逆なでるナミルの態度に、ザヴァル王子の両目が吊り上がった。
「ほざくな! 偽物が!」
ザヴァル王子が大剣を振りかざし、ナミルに踊りかかる。
唸りを上げて振り下ろされるザヴァル王子の大剣。大地を割るかの如き一撃。
その一撃を、ナミルは片手で軽々と受け止めた。
「なっ!?」
「残念。コレがオルキデアの剣なら、我の腕など軽々と切断されていたでしょうに……ねぇ」
「お、おのれぇ……」
ザヴァル王子は顔を真っ赤にしながら力を込めるが、ナミルどころか大剣すらピクリともしない。
「だから言ったでしょう? 所詮アナタの剣はその程度です、じゃあ反撃しますね」
ナミルの全身がボコボコと隆起を始めた。その姿に、私は全身に鳥肌が立つほどの寒気を覚える。
(伏せろ!)
「みんな伏せて!」
私はトモエと同時に叫んでいた。
次の瞬間、ナミルの全身から無数の触手が放たれた。
「ぐぉおおおおおおお!」
直撃を受けたザヴァル王子の絶叫と共に、とどまる事無く鳴り響く破壊音。
暴れ狂う触手により、大地が抉れ、樹木が薙ぎ払われ、建造物が砕かれる。悲鳴や怒号が響き、土煙が舞う。
私はトモエに押さえつけられていた事もあり、アル達の無事を祈りながら、伏せている事しか出来なかった。
それは数秒。たった数秒間の惨劇。
やがて破壊的な轟音が収まり、土煙が晴れて行く。私はユックリと立ち上がり、辺りを見渡した。
「……何て事……」
思わず息をのむ。それは、とても見眼麗しい筈の王城内とは思えなかった。
赤く染まった大地には100人近い兵が横たわり、廃墟の様に巨大な瓦礫が散乱していた。苦しみ呻く人達の苦悶の声が、風に運ばれてくる。
中庭の中央には、触手を仕舞ったナミルがハンカチで衣服の砂埃を払っていた。
ナミル以外に立っているのは、トモエに守られた私、近衛兵が盾となって守り抜いたグリシア王子、そしてアナベル姉様の前で仁王立ちをするアルだけだった。アルは何とか立っているが、重傷を負っている事は一目でわかる。
地に伏せる兵達の中には、明らかに絶命しているであろう人達も居る。腕や足を落とし、胴部に穴が開き、もがき苦しむ人達もいる。
私は怒りや後悔、情けなさや申し訳なさで混乱していた。この惨状を招いたのは私だ、私がもっと強ければ守れた、もっと聡明なら被害を出さない方法を思いついた、この人達が……死ぬ事は無かったんだ。
そう思うと、自然と涙が頬を伝う。
(オリヴィア……)
「はい……分かっています……」
今は呆けている場合じゃない。罪は受けよう、ナミルを倒した後で。
私が剣の切っ先を向けると、ナミルは満足そうに頷いた。
「流石、剣聖オルキデアの娘。そう来なくては」
先程から、ナミルはやたらとお母さんの名を口にする。その度に、私はナミルから言葉では言い表せない、歪んだ感情を向けられているような気がしていた。
「ナミル! 何故だ! 何故この様な真似をする!」
グリシア王子が悲痛な声で叫ぶ。未だに気持ちの整理がついていないのだろう。当然だ、ナミルとは幼い頃から公私を共にしてきた筈だから。
「何故……ですか」
ナミルが首を傾げ、明後日を向く。
「そうですね、切っ掛けは職務を遂行する為ですが、今となっては遊戯でもある……そんな所でしょうか」
「ならば、貴様は他国の間者か……」
「そうとも言えますね」
「ずっと、この国を騙していたのか……」
「ええ」
「何処の手の者だ!」
「教えると思いますか?」
ナミルが呆れた様に肩をすくめる。
「そろそろ一区切りにしようと思っていた所、折よくオリヴィア姫が手紙をご持参下さいましたので、これは良い機会と思いまして」
「それで、まんまと姫に正体を暴かれたと言う事か」
「自ら正体は明かすつもりでしたよ。長年騙され続けていたと知った殿下達の顔を見て、仕事収めにする予定でしたし」
ナミルは私に向き直り、ニコリと微笑んだ。
「だから、この惨状はいずれ起こった事。それが少し早まっただけですから、姫殿下が責任を感じる事はございませんよ」
感情を読み取られた恐怖もあり、その笑顔が、とてつもなく悍ましく見えた。一見すると紳士風のナミルが、もはや人にすら見えなかった。
「ナミルさん……アナタは……」
(人間じゃねぇーんだろ)
私が言い終わる前に、トモエが呟いた。
「ナミルさん……アナタは……人間ではないのですか?」
(ひょっとして……)
「もしや、魔王の手の者……なのですか?」
トモエの言葉を、そのままナミルにぶつけてみた。
突拍子もない推測にグリシア王子は言葉を失い、ナミルは表情を醜く歪ませた。
「オリヴィア姫は異な事を仰いますな。なぜ、そう思われましたか?」
「私はこの国に来るまで、国がらみで命を狙われていると思っていました。私の母が、先の戦争でエルバドスに恨まれていると思っていたから……」
しかし、グリシア王子やザヴァル王子と出会い、それが誤りであると気が付いた。
「でも、母を恨んでいる者なら他に居る……私の血に憎しみを持つ者は他にも居る……」
「それが魔王だと?」
私はナミルを睨みつけたまま、コクリと頷いた。
「違い……ますか?」
「そうですね、半分正解と言っておきましょうか」
ナミルはそう言うと、再び両腕を無数の触手へを変えた。
「次のステップをクリア出来たら、本当の正解を教えて差し上げますよ」
触手の矛先全てが、私へ向けられる。
「オリヴィア様!」
「オリヴィア姫!」
アルとグリシア王子が同時に駆け寄ろうとするが、私は片手を上げてそれを制した。
「良い覚悟です」
ナミルが両腕を高々と掲げる。
「トモエ……私……私は……」
(ああ、わかってるよ……だから)
「さあ頑張って我を楽しませてください!」
ナミルの触手が一斉に発射された。轟音を立てながら、触手が無数の鋭利な矛となって私に襲い掛かる。
そして、私の中で何かが弾けた。
「後はアタシに任せろ!」




