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~醒の三~

 執事服姿のアルが、私を庇いながら影法師に剣先を向ける。


「オリヴィア様、お怪我は……」


 アルが振り向き私の腕の傷を見た瞬間、一気に表情が青ざめた。


「オリヴィア様……申し訳ござ」


「ありがとう、アル。良く来てくれました」


 アルの言葉を遮り、私は彼に素直な気持ちを伝えた。


 そして私は彼の後ろ……ではなく、真横で剣を構える。


「説明は後でします、力を貸してください」


 アルは少しだけ驚いた顔を見せた後、僅かに微笑んだ。


「お任せください、オリヴィア様」


 アルは私と肩を並べ、影法師に向き直る。こんな状況なのに、不思議と落ち着く。アルが居る、トモエも居る、それだけで何となる。そう思ってしまった。


「く……く……く……」


 その時、影法師の纏う闇が、漏れ出た声に合わせて揺れた。


 喋った? というか、笑っている?


 影法師は、アルに斬られた腹部を撫でていた。叩き折ったはずの刃は、全て元に戻っている。


 腹部のダメージも、黒い刃と同様に回復されていると思った方が良いかもしれない。


「良いですね……興味深い……」


 今度はハッキリと聞こえた。影法師の声には、どこか嘲りが感じられる。


「さて……どこまで行けますか……」


 影法師の刃が、生き物の様に蠢いている。その様子に、最も警戒心を抱いたのはトモエだった。


(いや~な感じがするな……おい、オリヴィア)


 トモエが何か言おうとした瞬間、黒い刃が急速に膨れ上がり、各々が伝説の蛇竜を思わせる程の姿に巨大化した。


(チッ! 来るぞ!)


 巨大な刃が、その身を伸ばしながら私達へ向けて高速で放たれる。


 私は正面から襲い掛かる刃の一本を受けた。


「ぐっ!」


 巨大なハンマーで殴られたような衝撃。剣を支える腕が痺れ、膝が折れそうになる。


(オリヴィア! 何とか一本は捌け! 後は何とかする!)


 トモエの言う通り、私には一本を受け持つだけで精一杯だ。残りはトモエとアルが対処してくれている。


 空中で突然弾かれる巨大な刃に、初めはアルも戸惑っていた。しかし既にトモエの存在を伝えていた為か、すぐに息の合ったコンビネーションで影法師の攻めを捌いて行った。


 姿の見えない、言葉も通じない相手と息を合わせられる。それがどれほど異常な事か、何時もトモエと一緒に居る私だからこそ良く分かる。


 私は必死に巨大な刃を捌きながら、二人の凄さを感じると同時に少しだけ胸の奥が疼く様な気がしていた。


 それが、憧れや羨望とは少し違った感情であると気付くのは、もう少し先の事。


「良いですよ……実に……」


 影法師が笑った……気がした。


「それでは……次のステップです……」


 巨大な刃が少しずつ速度を上げていく。同時に、その動きが更に不規則になった。


 とても剣筋とは呼べない軌道に、私達は徐々に追い込まれて行く。


(上等だコノヤロー!)


 トモエが吠える。それがトモエ自身への激だとすぐに分かった。強気な言葉の反面、劣勢である事は火を見るよりも明らかだ。


 せめてこの場から動ければ……。


「お姉様! 動けるならすぐに逃げて下さい!」


「に、逃げられるならとっくに逃げてるわよ!」


 やはり腰が抜けているのか、姉様は動こうとしない。やっぱり無理か……。


 その焦りが剣に現れる。何度目かの凶刃を受けた瞬間、乾いた金属音が耳に届く。


 瞬間、繰り返しトモエに言われた言葉を思い出した。


(お前の使ってる剣は切れ味重視。刃を薄く鋭利に研いでる。受け損なうと、簡単に折れるぞ)


 手にした剣のブレード部に、一本の筋が入っている事に気が付いた。


(オリヴィア! 一歩引け!)


 私が気付いた事は、当然トモエも気が付いている。


「で、でも……」


 現状で拮抗しているのだ。私が引けば、当然トモエとアルの負担が増える。しかし、もう一度敵の攻撃を受けたら私の剣はもたないだろう。


 どうしよう……私が僅かに躊躇していていると……。


「お任せください! オリヴィア様!」


 トモエとの会話は聞こえない筈なのに、アルは自ら一歩前に出た。


 そして大きく足を開き、腰を落とす。


「はぁあ!」


 アルは気合と共に、迫りくる巨大刃を次々と叩き落としていった。


(ほぉ、コリャすげぇや)


 トモエが珍しく他人の動きに感心している。それ程、アルの動きは圧倒的だった。


 元々半数程の攻撃を捌いていたアルだが、徐々に手数を増やしていき、やがて全体の八割程を一人で処理をしていた。


(慣れてきたっぽいな)


 慣れる? 何に? 敵の攻撃に? この短時間で?


 私の疑問を余所に、眼前ではアルのバスターソードと巨大な刃が激しく打ち合っている。


(チャンスだ……オリヴィア!)


「は、はい!」


 トモエの声で我に返る。


「アル!」


「ハッ!」


 私の一言だけでアルは察してくれた。防御をしながら、隙を見て右手から炎の矢を撃ち出す。


 炎の矢は影法師の巨大な刃で打ち払われるが、刃と衝突した瞬間、炎の矢が爆発した。


 影法師の眼前で爆炎が渦巻き、視界を遮る。


(行け! オリヴィア!)


「はい!」


 飛び出す私の動きに合わせ、トモエが念動力を発動する。全身がほのかに熱を帯び、私は通常では有り得ない速度で掛け出した。


 普段は物を動かしたり、敵の攻撃を弾く事に使われるトモエの念動力。その力を私の体に使う事で、自力よりも遥かに高い推進力を得る事が出来る。


 しかし私の動きとトモエの念動力が少しでもズレれば、まともな動きすら出来なくなる。


 それでも日常的にトレーニングを続けた事で、「走る」という動作だけに限れば、ほぼ完璧に合わせられる様になった。


 巨大な刃を掻い潜りながら一瞬で間合いを詰め、炎の先に揺れる影法師に向かって突きを放つ。


 当たる! そう確信した瞬間、視界が暗転した。


「……えっ?」


 気付いた時、私は宙を舞っていた。


「オリヴィア様!」


 アルの声が遠くに聞こえる。私は理解が及ばぬ内に落下し、地面に叩きつけられた。


「ぐぅっ!」


 背中に激しい衝撃を受けながら、トモエの念動力によるフォローを受け、私は素早く立ち上がる。


(オリヴィア! 動けるか!)


「な、何とか!」


 歪む視界の中で戦場を見渡すと、自分の身に何が起こったのかが分かった。


 影法師の腹部から、破城槌を思わせる巨大な黒い槍が飛び出している。私はアレに弾き飛ばされたのだ。


 すぐに立ち上がれたのは、トモエの念動力が威力を殺してくれたからだろう。まともに受けていれば、胴部を貫かれていた筈だ。


「お見事です……」


 影法師が、眼前の炎を打ち払いながら嬉しそうに呟いた。


「では、もう1ステップ……進んでみましょう……」


 影法師が両手を掲げると、その巨大な刃が枝分かれを始める。瞬間、背筋が凍った。視認出来るだけで、刃は数十本の触手となり、激しく蠢いている。


 アノ触手が一斉に襲い掛かってきたら、トモエと力を合わせても捌ききれない。


「オリヴィア様!」


「アルはお姉様を守って!」


 駆け寄ろうとするアルを止める。それは本心だ、お母さんならきっとそうする。自分より他人を優先する。しかし、真逆の想いが存在している事も分かっていた。


 抑え込んでいた恐怖が、瞬く間に湧き上がる。何かに縋りつきたい想いと、立ち向かわなければいけない想いがない交ぜになり、手足が震え、鼓動が高鳴る。


(オリヴィア、大丈夫だ)


 トモエが落ち着き払った声で言った。ふっと、体が軽くなる。そうだ、私にはトモエが居る。そう思うと視界が開けた。


 そして気が付いた、私達を取り囲む影の存在に。


「うぉおおおおおりゃあああああ!」


 次の瞬間、耳をつんざく程の絶叫と共に、影法師の頭上に何かが舞い降りた。


「はっはっはー! 楽しそうだなオリヴィア姫ぇ!」


 ザヴァル王子が、全体重を乗せた大剣を影法師に振り下ろす。


 影法師は触手で頭上を庇った。


「ぬぉおおおおおお!」


 ザヴァル王子が強引に大剣を振り抜くと、影法師は大きく飛び退いて大剣を捌く。


 ザヴァル王子と間合いが生まれ、私とザヴァル王子が等間隔で影法師を挟む形になった。


 影法師の奥から、ザヴァル王子は私に満面の笑みを向けてくる。


「おいおい! 騒がしいと思って駆け付けてみれば何とも楽し気なケンカをしてるではないか!」


「ケンカじゃないんですけど……」


(そもそも、おせーよ)


 ザヴァル王子は着の身着のまま駆け付けたのか、パジャマの様な出で立ちで大剣を担いでいる。


 そして、続々と武装した人影が姿を現す。


「オリヴィア姫、ご無事ですか」


 グリシア王子が私に駆け寄ってきた。グリシア王子の方は流石にパジャマではない。まだ執務中だったのか、宮廷服のままだった。


「はい、大丈夫です」


 まだ背中は痛むが、それ以外は問題ない。私の無事が分かると、グリシア王子が安堵の表情を見せる。


「良かった……駆け付けるのが遅くなってしまい、申し訳ございません」


「いえ、助かりました」


 元々、騒ぎが起これば警備が駆け付けるだろうとの思惑は有ったが、二人の王子が近衛兵と共に現れるのは意外だった。


 影法師を囲む100人に及ぶであろう武装兵。その中には、黄麟騎士団の姿も見える。一先ず姉様の安全は確保されただろう、私はホッと胸を撫でおろした。


「オリヴィア姫、ヤツはまさか……」


 グリシア王子が影法師を睨みつける。


「はい……恐らく此度の件の首謀者……または共犯者と思われます」


 その場に居る全員が感じていたのだろう、特に驚いた様子は無い。後々アルに聞いた所、アナベル姉様だけがキョトンとしていたらしいけれど……。


「そうかそうか、コイツか……」


 仇敵に対する怒りか、自らの手で制裁出来る喜びか、ザヴァル王子が巨体を震わせていた。


「兄者! コイツは俺がやる! 文句は無いな!」


「兄者と呼ぶなというのに……まぁ良い、出来るだけ殺すなよ」


「はっはっは! 約束は出来んな!」


 ザヴァル王子が大剣を影法師に向けた。

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