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~醒の一~

 昨夜、アルからアナベル姉様の荷物に紛れていたと言う、一通の手紙を預かった。


 私は夜が明けると、早々にガルヴァ王との面会許可を申し出、後に円卓の間へとやって来た。


 大広間程の広さは無いが、それに負けじと美術工芸品が並んでいる。権威を示す為なのか、ただの趣味か。どちらにしろ、訪れた者に得も言われぬ威圧感を与えている事は確かだと思う。


 王への謁見という事も有り、なるべく良い服をと選んだら、結局は晩餐会の時に着たドレスになった。元々選択肢が僅かなのだから、致し方ない。


 少々派手かもと不安もあったが、多くの美術品に囲まれていると違和感は無さそうだ。


 私は執事らしき初老の男性に案内され、巨大な大理石製の円卓に着く。まだ私以外は誰も居なかった。


円卓は平等を意味している。王と同じ円卓を囲むとなれば、これ以上のもてなしは無い。


 良く考えたら、王とは交渉の席で挨拶をしただけ。その時は護衛だったし、アハトの王女として面会するのは初めてになる。


 そう思うと、自然と緊張感が増す。


(固くなんなよ、気楽に行け。失敗しても死にゃしないさ)


 トモエが普段と変わらぬ調子で気遣ってくれた。トモエとは体の感覚を共有している為、動悸等を起こすとすぐに気付かれる。少々恥ずかしいが、こうして声を掛けてくれると嬉しかったりもする。


 私が気を静めようと深呼吸をしていると、奥の扉がユックリと開いた。私は反射的に立ち上がる。


「待たせたな、オリヴィア姫」


 軍服姿のガルヴァ王は、入室すると同時に私に歩み寄ってきた。


 私が深々とお辞儀をすると、王はニカッと笑う。


「突然のお願いをご快諾頂き……誠にありがとうございます……」


「気にする事は無い、ワシも姫とはユックリ話したいと思っていたところだ」


 ガルヴァ王は、そう言って豪快に笑う。


「おいおい親父、そうそうユックリも出来んのだろう?」


 そう言ったのは、ガルヴァ王の後から入室したザヴァル王子。その後ろには、グリシア王子と騎士団長のナミルさんの姿も見える。


「ああ、そうだったな」


 素直に納得し、ガルヴァ王は私の対面の席に着いた。その隣に両王子が着き、王の後ろにナミルさんが立ったまま控える。


「さて、出来れば母君の話で花を咲かせたい所だが、今はワシも多忙でな、早速話を伺おうか」


 王が私を正面から見据える。私は緊張からか、ゴクリと喉を鳴らした。


 落ち着け落ち着け、大丈夫だ。


「お忙しい中お集まり頂き、心より御礼申し上げます。早速ですが、まずは確認させて頂きたい事がございます……」


 私は、頭の中で会話を組み立てながら話し始めた。


「約半年ほど前になります……アハトよりゴブリンロード出没の件で使者が送られて来ていたと思われますが……」


「ああ、覚えているぞ。ワシがグリシアに調査を命じた件だな」


「はい、調査の結果国内でゴブリンロードの目撃情報は無し。東の森もナミルに確認させましたが、他の魔物の痕跡と区別がつかなかった為、成果らしい物はありませんでした」


 ガルヴァ王とグリシア王子が淀みなく答える。


「おうおう、その話なら俺も覚えているぞ。何でもオリヴィア姫が大活躍したらしいではないか」


 ザヴァル王子も楽し気に会話へ参加してきた。


「私も、貴国側からロードに関する情報は無い……そう返答があったと聞いています……」


 話が逸れそうなので軌道修正。そして、あの手紙を取り出した。


「こちらの手紙ですが、宛先は姉のヴィクトリア、差出人はザヴァル殿下となっています。内容はエルバドス領からアハトへ、ロードを中心としたゴブリンの群が向かっているというものです」


 ここで全員の視線がザヴァル王子に集まった。当のザヴァル王子は相変わらず呆けているが、自分に向けられた視線に気付くと、驚いた顔で自分自身を指さした。


「待て待て! 何の話だ! 俺はロードなど知らぬ! そもそもヴィクトリア王女に手紙等出していない!」


 私は「ご検分下さい」と、控えていた執事さん経由でガルヴァ王に便せんのみを渡す。


 王は便せんを受け取ると、食入る様に読み進めた。


「……国印は本物だ、字もザヴァルの書く物に似ているな」


 次にグリシア王子が手紙を受け取り、内容を確認する。


「ふむ、このミミズが這いずりまわったような字は、確かにザヴァルの字と良く似ていますね」


 昨夜、トモエが「達筆で読めない」と言った文字は、ただ悪筆なだけ。私も何度か読み返さないと解読できない文字も有った。


「そんなバカな!」


 ザヴァル王子が便せんを横から奪い取る。


 そして中身を読み、絶句した。


(まぁ、思った通りのリアクションだな)


「そうですね……」


 昨夜トモエと手紙に関して考えた。


 どんな経緯か分からないが、ヴィクトリア姉様は件の手紙を残していた。王妃に手紙の件を報告していない以上、処分するのが妥当と思えるが、何かしらの思惑が有ったのだろう。


 手紙の内容自体は、ザヴァル王子からヴィクトリア姉様へ注意喚起をしただけに過ぎない。


 しかし、その後の調査依頼にて、エルバドス側は特筆すべき事柄は無いと答えた。


 つまり、ロードの事など知らないと言ってきたのだ。


 そうなれば手紙の持つ意味も変わってくる。


「バカな、俺はこの様な手紙は……」


 流石のザヴァル王子も動揺している様だ。


 しかし国印もザヴァル王子のサインもある。ザヴァル王子の言葉だけでは手紙の存在を否定できない。


「この手紙がある限り……貴国が我らアハトに虚偽報告を行った可能性が有ります……」


 私がハッキリ言い放つと、場の視線が私に集中する。


 その幾つかに明確な敵意を感じた。私はトモエの様に敵の気配等を感じる事は出来ないが、敵意や悪意を持つ視線は何となくわかる。ずっと、そんな眼に晒されて来たからかも知れない。


「オリヴィア姫は、この紙切れで何をされたいのかな?」


 ガルヴァ王の声に、私は仰け反りそうな程の圧を感じた。それまでの好意的な笑顔を捨て、軍事国家を束ねる王として私の前に立ちふさがる。


「この様な手紙があるならば、なぜ当時の使者に伝えなかった? 何故今更になって持ち出した? 我々を試したのか?」


 ガルヴァ王の放つプレッシャーが増した。歯が鳴りそうな程震え、冷たい汗が頬を伝う。


(気圧されんなよ)


「……はい」


 トモエの激に、今一度勇気を奮い立たせる。大丈夫、姉達から侮蔑されている時に比べればずっとマシだ。私は自分にそう言い聞かせた。


「私も手紙の存在を知ったのは、つい先日の事……ですが、我が国に届いた物である事は確かです」


「話にならんな。その様な付け焼き刃を、よく出せたものだ」


「しかし手紙の国印とサインが本物である事は、お認めになられたはずです……」


「確かに認めた。しかし、それがどうした? 今更そのような紙切れで、我々を虚偽の罪に問えるとでも?」


「手紙が本物であれば……少なくともザヴァル殿下がロードの存在を把握していた証拠にはなります……」


「だから俺は、そんな手紙など知らん!」


 ザヴァルが立ち上がり抗議する。


「落ち着けザヴァル!」


 いきり立つザヴァル王子をガルヴァ王が諫めた。ザヴァル王子は渋々腰を下ろす。


「姫、結局のところ何が言いたいのかな?」


「この様な物が発見された以上、今回の会談で出された案は一度白紙に戻すべきかと存じます……」


「我々と友誼は結べぬと?」


 王の言葉に、場が静まり返る。


「一方的な話だな」


 一方的……その言葉の裏には、晩餐会での一件が含まれている事が感じられる。「こちらは穏便に取り計らっているだろう」と。


 私が、あえて返答をせずに黙っていると、我慢できなくなったのか再びザヴァル王子が立ち上がる。


「俺は知らん! 何度でも言う! 俺は手紙など書いておらん!」


 ザヴァル王子は大声で訴える。その姿に、私もトモエも確信を持った。


「はい、私もそう思います」


 思わぬ言葉に私以外の全員が固まる。ザヴァル王子も、驚いた表情で私を見ていた。


「私はザヴァル殿下と出会い数日ではありますが、虚偽の報告をしたり隠し事をする方とは思えません。そもそもロード発見の報を受ければ、ご自分で討伐に向かわれるでしょう」


(脳筋だからな)と、トモエが聞こえない声で付け足した。


「そうそう! その通り! そんな面白い相手をわざわざ他人の手に委ねるモノか!」


 ザヴァル王子が身を乗り出してくる。


 半面、ガルヴァ王は私の支離滅裂な言動に顔をしかめた。


「すまん、本気で姫の目的が分からんのだが……」


「王女の立場として、私は両国の関係見直しを提示せざるを得ません。しかし、私個人としては避けるべき事と考えています。何か、第三者の意図を感じるのです……」


 その瞬間、グリシア王子の目の色が変わった気がした。


「何者かが、両国の関係悪化を狙っていると?」


「断言は出来ません。しかし気になるのです、先日お話した姉の件も含め……」


「どういう事だ?」


 ガルヴァ王がグリシア王子に問う。


「オリヴィア姫は、晩餐会での事件に何か裏があるのではないかと考えられておられるのです」


「確証は有りません、しかし何者かの陰謀であるのなら、我々はそれに屈する訳には参りません。戦後の復興に尽力した両国民の為にも」


「……姫の考えは良くわかった、わかったが……」


 王が困り顔で唸る。流石に王の立場で、私の妄想を鵜呑みにする訳にはいかないのだろう。


「それが真実であるならば、確かに見過ごせぬな。真実なら……だが」


「何を悩む事がある! 俺の名を騙った不届き者が居る事は間違いないのだ! 充分だろう!」


 ザヴァル王子が拳を円卓に叩きつける。大理石の円卓に軽々とヒビが入った。


「自分も姫の考えを支持します、少なくとも一考する価値はあると思います」


「ふむ……確かに根拠無しと切り捨てるのも早計か」


 ザヴァル王子と同様グリシア王子も同意を示した事で、ガルヴァ王も少しずつ態度を変えて行く。


「良いだろう、此度の件コチラでも調べてみよう。ただし、あくまでも公文書偽造の件として」


「ありがとうございます」


「それでは手紙は自分が預かりましょう、改めて印や筆跡を確認します」


 グリシア王子は、そう言って便せんを手に取った。


「承知致しました、しかし封筒に関しましては少々調べたい事もございますので、このまま私が保管させて頂きます」


「何をお調べになるか、お聞きしても宜しいでしょうか」


「人の指先には指紋と言う名のシワがあります。このシワは一人一人異なり、同じ形状は二つとありません。幸いにも封筒から幾つかの指紋らしき文様が発見されました。その指紋と関係者の指紋を比べれば、関わった人物を特定出来る可能性が有ります」


「何と、その様な話は初めて知りました」


 王と王子が、興味深そうに自らの指先を凝視する。


 私も昨夜トモエに聞いて初めて知った。トモエの世界では、個人の特定に指紋を利用する事は一般的なのだと言う。


「私は今一度封筒を確認致します」


「わかりました、お任せいたします」


 封筒は私がアルから受け取って、誰にも触れさせていない。つまり、今の時点でエルバドス側の指紋が見付かれば、それはヴィクトリア姉様に届く前に触れた事になる。


 後は確認を一つ。


「グリシア王子、姉の精神鑑定は行われたのでしょうか?」


「まだ経過観察中にはなりますが……今の所、障害等の疑いはありません。同時に残留魔力の調査も行いましたがですが、コチラはやはり難しいと思われます」


(やっぱりダメかぁ)


 トモエが残念そうにぼやく。無理そうですねと話はしていたが、一縷の望みは持っていたのだろう。


(まぁ良いさ、出来る事はやった)


「はい……」


 最後に、我々が今しばらくエルバドスに滞在する事を双方で確認し合い、私は改めてガルヴァ王と王子達に感謝を述べ、円卓の間を後にした。


(さて、どうなるかなぁ)


「……上手くいくでしょうか?」


(さあな、だが一石は投じた)


「後は、波紋が届くかどうか……ですね」


 王達に手紙を見せたのは、第三者の関与を匂わす為でもあるが、私達にとってはもっと大きな意味がある。


 差出人への宣戦布告だ。


(踏ん張りどころだ、気合入れろよ)


「が、頑張ります……」


 危ない橋だと思う。大人しくしていれば国に帰る事は出来たかもしれない。


 それでも見過ごすような真似は出来なかった。


 お母さんなら、きっと立ち向かっていた筈だから。

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