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~過の五・終~

 アナベルによる傷害事件の翌日。アタシはオリヴィアを連れ出して城の敷地内を回ったが、結局事件に関わるような物は見付からなかった。


 現場の大広間にも行ってみたが、刑事ドラマの様に現場保存されている事も無く、綺麗サッパリ片付けられていた。


 既に空は夕日に染まっている。


 今オリヴィアは、城の監視塔から眼下に広がる町並みを見下ろしていた。オリヴィアが見てみたいと言いだしたからだ。


 赤く染まった王都。城へ到着する前に素通りしたのだが、随分と活気がある様に見えた。決して皆が皆、裕福という訳ではなさそうだが、多くの民が笑顔でいるのが印象的だった。


「王子の仰った事が事実なら、お母さんはこの町も守った事になるんですね」


(そうなんだろうなぁ)


 アタシの何気ない返しに、オリヴィアはクスっと笑う。


「トモエは、母の事に興味無さそうですね」


(そんな事は無いさ、剣士としては非常に興味がある)


「良いんですよ、無理しなくて」


(別に無理はしてないって)


 お袋さんの剣士としての実力には興味がある。それは間違いない。


 ただ、まぁなんだ……オリヴィアにとっては大好きな母親の事だし……。


「わかってます、私を気遣ってくれてるんですよね。母を思い出したら、私が悲しむかもって」


 もう8年以上も前の事だ、オリヴィアも気にしないと思う。それでも、アタシから話題にし辛かった事も確かだ。


(……考えすぎだ)


「そういう事にしておきます」


 その後、暫しの沈黙を挟み、オリヴィアは言葉を選ぶ様にユックリと話し出す。


「トモエ、以前言ってましたよね。トモエもお母様を目指しているって」


(ああ、そうだな)


 アタシの母ちゃんは、巴御前だった。


 巴御前とは、戦国時代に存在したと言われる当代一の女武将の名前。だが、それが母ちゃんだった訳じゃない。


 ウチの家系には、巴御前は「その時代一番の女武将に与えられる称号」として伝わっている。


 母ちゃんも何代目かの巴御前だったらしい。そのせいで、アタシは幼い頃から実家の道場で剣術修行をさせられていた。巴御前の名を継ぐために。


(それがどうかしたか?)


「……トモエのお母様は、やはり強かったんですか?」


(まぁ強かったんだろうな。アタシの師匠であるジジイが、全く敵わなかったって言ってた位だから)


 実際の試合を目にした記憶がないから、どの位かと問われると困るけど。

 

「修行をして……剣を振って……それでも届かないかも知れない……そう考えた事はありませんか?」


(……オリヴィアは、お袋さんを目指すのが辛くなったか?)


 オリヴィアは首を横に振った。


「ただ自室を出る様になってから、母の偉大さを知るばかりで……私は母の事すら、何も知らなかったんだなぁって」


 オリヴィアが悲し気に目を伏せる。エルバドスでお袋さんの話を聞いて、より遠い存在に感じてしまったのだろうか。


(そんな事で凹むなよ、アタシだって母ちゃんの事は殆ど覚えてないんだから)


「……そうなんですか?」


(前に言っただろ、アタシが幼い頃に離婚して出てったから顔も覚えてないって)


 ただ不思議と、剣を振るシルエットだけは覚えていた。それは流麗であり苛烈でもあり、アタシは幼心に母ちゃんの剣舞に見惚れていた記憶がある。


 その動きが、ウチの流派とは異なる物だったからかもしれない。


「それなら、私たち二人とも良く知らない人を目標にしてる事になっちゃいますね」


 オリヴィアに少しだけ笑顔が戻った。


(良いんだよ、そもそも本人と比べる事が出来ないんだから)


「なら、どうしたら目標に辿り着いた事になるんでしょう?」


 オリヴィアが首を捻る。


(自分の剣が、相手の剣を超えたと思えれば良い)


「自分の剣……ですか?」


(アタシから指導を受けても、お袋さんの剣を模倣しても、最終的に目指すのは自分の剣。オリヴィアの剣だ)


「私の……剣……」


(お袋さんを目標にするのは良い、でもその前に自分がオリヴィアと言う一人の剣士である事を忘れるな。そして、お前の中にある剣聖オルキデアの剣を、オリヴィアの剣が超えた時、目標に辿り着いた事になる……と思う)


「随分と抽象的ですね?」


(しゃーないだろ、アタシだって辿り着いてないんだから)


 オリヴィアがプッと吹き出した。


(オイ)


「だって、あまりにも堂々と言うから……」


 と言って、まだ笑ってる。


(……まぁ良い。兎に角、何を目指し何を学んでもオリヴィアはオリヴィアだって事だ)


「私は私……」


 オリヴィアは顔を上げる。その表情は少しだけ晴れやかだったと思う。


 そして「う~ん」と言いながら、両手を上げて背伸びをした。何かから解放されたような、不思議な心地良さを感じる。


(少しは気が晴れたか?)


「はい」


(じゃあ部屋に戻るか、そろそろ夕飯だろう)


「そうですね、お腹がすきました」


 オリヴィアはお腹を擦りながら監視塔を後にする。


 調査は空振りだったけど、出掛けた事は無駄でも無かったかな。


 アタシとオリヴィアは、他愛のない雑談をしながら客室へと向かった。


 既に城内は美味しそうな香りが漂っている。この国は、土地柄なのか肉と山菜が美味い。肉食のアタシは、香りだけで待ちきれなくなってしまう。


 オリヴィアに「早く戻ろうぜ」とせっついた為、オリヴィアも仕方なく早足になる。


 だが目的地を目の前にして、オリヴィアはピタリと足を止めた。扉の前にメイド服の女性と兵士が居たからだ。


 女性の方はアタシも知っている。アナベルの専属メイドだ。その彼女とエルバドス兵士が部屋の前に居る。


 という事は……。


(オリヴィア……)


「はい、大丈夫です」


 アタシが言い終わる前に、オリヴィアが言い切った。


 オリヴィアは少しだけ呼吸を整え、改めて客室へと向かう。


 部屋の前で控えていたメイドが扉を開き、部屋に入る。室内には、椅子に座ったアナベルと傍らで控えるアルフィルクがオリヴィアを待っていた。


「こんな時に、どこをフラフラしていたのかしら?」


 アナベルが、相変わらず厭味ったらしいセリフを投げつけてくる。


 しかし何時もの威圧感は無い。それどころか弱々しくすら感じる。


 まぁ、アタシ等の推論が正しければアナベルも被害者だからなぁ。


「お待たせしてしまい、申し訳ございません」


 オリヴィアが素直に謝罪する。


 その後、アナベルの追撃があるかと思ったが、アナベルは沈黙。


 微妙な空気が流れ、時間だけが過ぎていく。何だか居たたまれない……。


「あの……」


 その空気に耐えられなかったのか、オリヴィアが口を開いた。しかし……。


「もう良いわ!」


 アナベルは椅子から突然立ち上がり、紙切れの様な物をテーブルに叩きつけた。


「私は……私はオリヴィアなんかに頼る気は無かった……アルが……アルフィルクが言うから……私は……」


 アナベルは立ち上がった状態で、全身をわなわなと震わせている。


 アタシもオリヴィアも訳が分からずに茫然。すると、それまで黙ったいたアルフィルクが一歩前に出た。


「アナベル様のお荷物に紛れていました。僭越ながら、オリヴィア様にお伝えした方が良いと、具申させて頂いた次第です」


 オリヴィアが改めてテーブルの上を確認する。アナベルが叩きつけたのは、どうやら封筒の様だった。


「後はアナタの勝手にすれば良いわ!」


 アナベルはそれだけ言い残し、大股で部屋を出て行った。


 残されたオリヴィアとアルフィルク。アタシとオリヴィアは、未だにポカーン状態。


「申し訳ございませんでした、オリヴィア様。また心労をお掛けしてしまうとも思いましたが、恐らく元の持ち主もこうなる事を望んでいらっしゃると思い……」


 アルフィルクが、深々と頭を下げる。


「構いませんよ。それで封筒の中身は、どういった物なのですか?」


「それは……」


「アルフィルク! 何やっているの! さっさと来なさい!」


 アルフィルクが説明を始めようとした直後、アナベルの金切り声が響く。


 お前がアルフィルクに命令すんなよ。アルフィルクはオリヴィアの従者だろうが。


「ごめんなさいアル。もう少し、お姉様の事をお願いします」


「承知してございます」


 アルフィルクが再び頭を下げ、部屋を出ようとする。しかし扉の前で立ち止まり、こちらを振り返った。


「オリヴィア様、一つお尋ねしたいのですが……」


「はい、何ですか?」


「グリシア王子に求婚をされたとのお話は、事実なのでしょうか?」


 アルフィルクは、どこか沈んだ表情で訊てきた。


「……はい、それは確かです」


「オリヴィア様は……その……ご承諾されるのでしょうか……」


「返事はお待ち頂いています、今回の件もありますし」


「そうですか……」


 アルフィルクはそれ以上何も言えず、自然と会話が止まる。


 あぁ~もどかしい! 何だこのやり取り!


 アタシは叫びたい気持ちを懸命に抑えた。ココは我慢! 我慢のしどころだ! 頑張れアタシ! 若い者を見守る、大人な自分になるんだ!


「不躾な事をお聞きしてしまい、申し訳ございません……それでは失礼いたします」


 アルフィルクは改めて部屋を後にした。


(……ふぅ~……耐えた~)


「どうかしたんですか?」


(いや、何でもない。ちょっとした発作みたいなモンだ)


「へぇ、霊にも発作があるんですね」


(そうだな、アタシも知らなかったよ)


 何とも間の抜けた会話だな……。


(それよりも、手紙を確認してみようぜ)


「そうですね」


 オリヴィアがテーブルの封筒を手に取った。


 手触りだけで高価な物だと分かる。オリヴィアは、封筒に着いた赤い円形の蝋を見詰めた。アレだ、映画とかで見た事がある、手紙や巻物を封印する為の蝋だ。


「この封蝋印は、エルバドスの王印……」


(その蝋に押されてる印の事か?)


「はい、つまりエルバドス王家の人間が出した手紙という事です」


 胡散臭い……ひっじょ~に胡散臭い。だが、ココで中身を見ないと言う選択肢も無いだろう。


(中を見てみるか)


「はい……」


 オリヴィアも何となく嫌な予感がしているのか、緊張しながら封筒の中から便せんを取り出した。


 便せんには、びっしりと文字が綴られてる。


 アタシもオリヴィアに教わり、この世界の文字は読める様になったはず。なのに、達筆すぎるのか便せんの文字はサッパリ読めない。


「これは……」


 アタシはオリヴィアに手紙を朗読して貰い、その内容を知った。


「トモエ……どうしましょう……」


 アナベルの荷物に手紙を混入したのはアイツだ。恐らく荷物検査を抜ける為に、アナベルの荷物の中に入れたんだろう。これを使えって事か……。


 ってか、今の状況も予測していたのか?


(折角のプレゼントだ、有効に使わせてもらおう)


 その後、アタシとオリヴィアは緊急会議を行い明日以降の方針を決めるのだった。

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