~過の三~
オリヴィアがグリシアを招き入れた後、揃って席に着いた。
「ご無礼は承知していますが、いち早く報告した方が良いと思いお邪魔しました」
グリシアがペコリと頭を下げる。
「報告……ですか?」
「はい、先程アナベル姫が目を覚まされまして、その報告と事情聴取の内容をお伝えに」
「ありがとうございます。本日はこの様な事態となり、誠に申し訳ございません」
「いえ、オリヴィア姫が謝罪される事ではございません……と、申し上げたい所ですが、なにぶん公の場で起こった事。姫にも関係者として、暫し窮屈な思いをさせてしまいますが……」
「はい、理解しております。それで、姉の様子は……」
「外傷はありませんでしたが、だいぶ混乱されているようですね。事件の事は良く覚えてないと。突然、頭が真っ白になって、気付いたらナイフを握ってベルグ殿を刺していた……と」
「そうですか……」
本人の証言も期待できず……か。
「姫は今回の件に関して、何かお心当たりはありますか?」
「いえ……」
オリヴィアが言い淀んでいる。ここは敵陣。必要以上に、コチラの手札を晒すのは得策ではない。しかし……。
(今は手掛かりも無いんだし、ぶつけてみても良いんじゃね? 相手のリアクションで、何かわかるかもだし)
アタシに同意した返事なのか、オリヴィアは一度だけ頷いた。
「私は、姉が何かしらの精神攻撃の類を受けたのではないか……そう考えています」
「根拠をお聞かせ頂いても?」
「詳細は話せませんが、我が国にて疑わしい事例がありましたので……」
グリシアは眉をひそめ、考えるそぶりを見せる。グリシアが関わっていれば、即否定してきそうだが……。
「確かに、あの時のアナベル姫の様子は尋常ではなかった。何らかの精神攻撃を受けていたと考えれば、合点も行きますが……」
一応、考慮はしてくれているみたいだな。
「しかし、そうなりますとスタッフを含めた出席者全員が容疑者になりますね。魔法の使えぬ者でも、魔道具も使用すれば可能ですし。しかも精神に干渉する魔法は形跡の残り辛い、特定は難しいでしょう……」
(やっぱり、そうなるか)
「そうですね……」
意外とまともに考えてくれたな。
「しかし、我々としても今回の件は不可解に感じています。アナベル姫が目覚めたら、一度精神鑑定を行ってみましょう。何かしらの痕跡が見付かるかもしれません」
アタシの疑問が通じたかのように、グリシアがそう説明した。精神鑑定で魔法を掛けられたかどうか分かるんかな?
しかし……。
(ちょっと受け入れすぎな気もするな。捉え方によっては、オリヴィアが「犯人がエルバドス側に居る可能性もありますよ」って言ってるようなモノなのに)
「……え?」
そこまで考えていなかったのか、オリヴィアの驚きの声を上げる。しかも、グリシアに聞こえる声で。
「どうか致しましたか?」
「い、いえ! あ、あの!」
アタシの呟きによる動揺と、それをグリシアに気付かれた焦りとで、しどろもどろになるオリヴィア。
「わ、私! 決して犯人が貴国にあると言いたい訳ではなく! 可能性と言いますか! ひょっとしてと思っただけで! け、決して他意は」
と、わざわざ言う必要もない事をベラベラと喋ってしまう。
「落ち着いてください、姫に他意が無い事は分かっています」
グリシアが微笑みながらオリヴィアをなだめる。
ホント優しい……と言うよりは甘い気がする。そもそもあの場に居た全員が容疑者なら、オリヴィアだって犯人の可能性はゼロじゃないだろう。
「あの……どうして私の事を、そこまで信用して下さるんですか?」
オリヴィアも同じ事を感じたのか、グリシアにストレートな疑問をぶつけた。
「勝手ながら姫の事を調べさせて頂きました。その上での判断です。少なくとも、両国に不利益を与えようとする方ではないと」
あぁ、そう言えばオリヴィアにプロポーズしてたな。王子様が婚姻相手を事前に調べるのは当たり前か。
オリヴィアも思い出したのか、急速に顔が赤くなる。その時……。
「いやいや! それだけではないだろう兄者!」
野太い声と共に、部屋の扉が開け放たれる。
「ザヴァル!?」
現れたのはザヴァル。ザヴァルは、晩餐会時の派手派手な衣装のままだった。
「行き成りなんだ! 失礼だろう!」
咄嗟にグリシアが立ち上がり、ザヴァルが叱りつける。
「おお、こりゃ申し訳ない。ノックを忘れていた」
問題はそれだけではないと思うが。ザヴァルはオリヴィアの許可も得ずに、ずかずかと部屋の中に入ってくる。
「オリヴィア姫の滞在期間が伸びそうだと聞いて、改めて手合わせの申し込みをしようと思ったんだが兄者の声が聞こえてな。退散しようかとも考えたが、面白そうな話をしていたもので、ついつい……」
ついついでレディの部屋に飛び込んでくるなよ……。
「何も面白い話などしていない」
グリシアはキッパリと否定するが、ザヴァルはニヤニヤしながら首を横に振る。
「兄者はな、ずっと姫の事を気にかけておったのだ。母君が亡くなってからすぐ、姫の事を調べさせていたからなぁ」
「ザ、ザヴァル! 余計事は言うな!」
グリシアが珍しく慌てている。
って、ちょっと待て。お袋さんが亡くなった時、オリヴィアは確か6、7歳位だった筈。
その頃からって事は……もしかしてグリシアのヤツ……。
オリヴィアもその気配を感じたのか、怪訝そうに眉をひそめた。
「おっと変な誤解はするなよ姫、兄者は純粋に心配しての事だ。何せ、姫はオルキデアの一人娘。その姫が虐待されている疑いがあったからなぁ」
「……私がオルキデアの娘だから、なぜグリシア王子が心配されるのでしょう?」
「それは……」
グリシアは言葉を濁していたが、観念したのかザヴァルを睨みつけてから話し始めた。
「オルキデア殿は我々にとっても英雄です。あの方はただ戦争を終わらせただけではない、祖国エルバドスも救って下さったのです」
「母がエルバドスを?」
グリシアは頷き、記憶を辿りながら話を続けた。
「17年目の侵攻は先代の王、つまり我々の祖父が起こしたのですが、その理由は今となってもハッキリしません。父にも説明がなく、戦後すぐに亡くなってしまった為、問い詰める事も出来ませんでした」
(侵攻の理由って、戦後処理で問題にならなかったのか?)
アタシの疑問に答えたのはオリヴィアだった。
「当時は、隣国ジャグワがエルバドスへ侵略戦争を起こす計画が有ったとして、先制的自衛権を行使したとなっています。勿論、ジャグワにその様な計画が有ったとは確認できていません」
「その通りです。我々も幼かった為に詳細は分かりませんが、恐らく祖父だけに責任が及ばぬよう、当時の父や外務卿が無理に筋を通そうとしたのでしょう」
「全く、あさましい考えだ」
ザヴァルが深々と溜息を突く。心底、情けないと感じている様だ。
「大儀の無い戦の結果など、火を見るよりも明らか。やがて前線は領土内まで押し返され、我が軍は絶望的な状況に追い込まれました。その時、祖父は全軍に玉砕覚悟の特攻を命じたのです」
今度はグリシアが溜息を突く。身内の恥を晒している気分なんだろう。
「当然、祖父以外は猛反対します。それで万が一勝利を収めても、双方の被害は甚大。戦後を考えれば、愚策としか言いようが有りません」
「ガキだった俺でも分かる、しかし爺様は聞く耳を持たなんだ」
「軍の最終的な指揮権は祖父に有り、結局正式に特攻命令が下されました。出撃当日には我々も前線本部に赴き、兵を鼓舞しました。その時……オルキデア殿が現れたのです」
「そう! アレは凄かった!」
グリシアが言葉を切った途端、ザヴァルが割り込んできた。
「何万もの兵の中に飛び込んだかと思えば、瞬く間に前線を突破! そして、こう言ったのだ!」
ザヴァルが天井に剣を掲げるポーズをとった。
「私の名はオルキデア! 私は連合軍代表としてエルバドス軍に決闘を所望する! そちらは何名でも構わない! 私が敗北すれば連合軍は即時撤退する! ただし私が勝利した場合、停戦交渉の席に着く事を約束して頂こう!」
ザヴァルは天井を見つめながら、感慨深そうに眼を閉じる。
「その時だ! なぜか暴君で親父の言葉すら聞きいれなかった爺様が、オルキデア殿の決闘を承諾したのだ!」
「あの時は我々も驚きました、勝つつもりだったからかも知れませんが」
グリシアも当時を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めた。
「エルバドスから選抜されたのは5名。皆将軍の地位を持つ、いずれも一騎当千の騎士。対するのは、相手とは比べようもない程小柄な女性剣士。なぜ、こんな人が連合の代表かと思いました。しかし……」
「結果は母君の5連勝! 母君は、圧倒的な力でエルバドスが誇る将軍を打倒した!」
自分達の兵が負けてんのに、随分と楽しそうに話しをするな。
そう言えば、二人ともオリヴィアのお袋さんを尊敬してるんだっけ。
「アノ時の母君の姿は目に焼き付いているぞ! あらゆる攻撃を華麗にかわす姿は正に柳に風! 放たれる剣は一撃必殺! その姿はまさに天下無双! 敵である母君に尊敬の念を抱いたのもその時からよ!」
ザヴァルが興奮気味に思い出を語る。
すっごいデジャヴを感じるなぁ。
「その後は講和条約が締結。周辺諸国からは、制裁まがいの条約も突き付けられましたが、それも致し方なし。民に大きな被害が出る前に集結できたのが一番ですから」
グリシアはそこまで話すと、改めてオリヴィアを正面から見つめた。
「本当は姫の噂を聞いた時、すぐにでもお会いしようと思いました。しかし戦の傷を癒すには未だ時間を要し、他国の眼も有り表向きに動く訳には行かなかった」
「親父の方針でな、国民の傷が癒えるまで他国に対し大きなアクションを取るべきでないとしていたのだ」
「姫がご成人され、そのご活躍を耳にし、今しかないと思いました。それでアハトへ使者を送った際に、是非オリヴィア姫にもご来訪頂きたいとお伝えしたのです」
オリヴィアを指名したのは、王妃の判断だけじゃなかったのか。アタシの考察外れっぱなしだな、ちょっと凹む。
「姫の夢も今までの事も存じています。僕のもとへ嫁いで下されば、全力で支えましょう」
「おうおう! 兄者は姫に求婚したのか! それは良い! 姫が兄者の妻となれば何時でも手合わせを申し込めるな!」
ザヴァルが斜め上の解釈で兄を応援する。だが、オリヴィアは……。
「申し訳ございません……その件に関しましては、もう少し時間を下さい……」
「ええ、勿論です。ユックリとお考え下さい」
グリシアはそう言って立ち上がり、ザヴァルの首根っこを掴む。
「夜分に押しかけ失礼致しました」
深々と頭を下げ、ザヴァルと共に立ち去るグリシア。
オリヴィアは立ち上がって二人を見送ると、崩れる落ちる様に椅子に腰を下ろした。
(お疲れ、オリヴィア)
「はは……」
オリヴィアが力なく笑う。本当に疲れたのだろう。
本音を言えばプロポーズの返事に関して聞いてみたかったのだが、今日は止めておいた。
オリヴィアも疲れているし、何よりオリヴィアに剣を置く気がない限り、アタシは口を出すつもりは無かったから。
(長い一日だったな)
「そうですね……本当に……」
結局、その日は湯浴みもせずに床に就く事となった。
色々気にはなるが、今は体力の回復が最優先だ。
「明日から、どうしましょう……」
ベットに潜り込み、オリヴィアがぼそっと呟く。
(さあな、犯人探しに探偵ごっこでもしてみるか?)
「ふふ、それも良いかもしれませんね」
(ま、明日の事は明日考えようぜ)
「はい、また明日……おやす……みな……さい」
オリヴィアは電池が切れたかのように眠りについた。
(お休み)
聞こえる筈の無い相手にそう呟き、私も落ちる。
結局、今日は一度も剣を握れなかったな。そんな事を思いながら。




