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~過の二~

 甲高い悲鳴が聞こえた直後、グリシアはテラスから屋内へと駆け出した。


 一瞬遅れて、オリヴィアも後に続く。


 大広間へ飛び込むと、先程オリヴィア達がダンスを踊っていた時と似た光景が広がっていた。


 二人の男女がフロアの中心に居て、他の来賓がそれを取り囲む。


 オリヴィアの時と違うのは、男が床に倒れ、女性が手にナイフを持って佇んでいた事。


 男性は黄麟騎士団副団長ベルグ、そして女性はの方……アナベルだった。


「アナベル……お姉様……」


 理解の及ばない光景に、オリヴィアはそれだけ発するのが限界だった。


 アナベルはオリヴィアの声が聞こえたのか、ユックリと振り返った。


「オリ……ヴィアァ……」


 アナベルはその美しい顔を醜く歪め、泣いているとも笑っているともつかぬ顔で、オリヴィアを凝視した。


 オリヴィアが恐怖で身を震わせると同時に、アタシの脳裏にあのシーンがフラッシュバックする。


(オリヴィア! 行け!)


「えっ? えっ?」


(良いから行け! アナベルを抑えろ!)


 ぬかった! オリヴィアじゃなくてアナベルかよ。


(早くしろ! もしもアナベルがエルバドスの人間を傷付けたら最悪だ!)


 きっと取り返しがつかない。


(オリヴィア!)


「は、はいっ!」


 オリヴィアが勇気を振り絞って駆け出そうとした時、来賓の中から一つの影が飛び出した。


「アルっ!」


 アルフィルクだ。今まで何所に居たのか、執事姿のアルフィルクがアナベルの腕を掴み、床に押し倒した。


「がぁあああああ!」


 押さえつけられたアナベルが、獣の様に叫ぶ。


「アナベル様! 失礼します!」


 アルフィルクがアナベルの首に右手を当てると、その手がぼんやりと光り出す。


 激しく抵抗していたアナベルだが、少しずつ動きが鈍くなり、やがて眠る様に大人しくなった。


 アルフィルクの魔法か? とりあえず最悪は免れたか。


「何事だ!」


 アルフィルクがアナベルを取り押さえた所で、ようやく警備と黄麟騎士団のメンバーがやって来た。


 おせーよ。って、それはアタシもか……。


 パニック状態の大広間を眺めるオリヴィア。その共有する景色を前に、アタシは己の不甲斐なさに怒りが抑えられなかった。


(何やってんだ、くそっ!)


「トモエ……いったい何が……」


 事態の飲み込めないオリヴィアに、アタシは即答できなかった。


(後で話す……)


 それだけ呟き、アタシは混乱する華やかな空間を眺めていた。


 その後、当然ながら舞踏会はお開き。


 オリヴィアは客室で待機するようにグリシアから指示された。


 アナベルは拘束こそされなかったが、見張り付きの部屋で治療と言う名の監禁。傍には専属メイドとアルフィルクがついている。


 アルフィルクに指示を出したのはオリヴィアだ。黄麟騎士団の団長と副団長が機能しなくなった今、場を纏めるのはオリヴィアの仕事。


 最も信頼する人間を付けるべきだと言うグリシアのアドバイスも有り、アナベルが落ち着くまで傍に居る様にとアルフィルクに指示を出した。


 実際にアナベルを抑えたのはアルフィルクだし、まぁ適任だろう。アナベルもアルフィルクの事は認めてる様だし。


 オリヴィアとしては複雑だと思うが……。


 一通りの指示を終え、客室で一人になったオリヴィア。


 オリヴィアはドレス姿のままテーブルに着き、お城のメイドが淹れてくれた紅茶を口にした。


「ふぅ……」


(落ち着いたか?)


「はい、ありがとうございます」


 流石に今日一日で色々ありすぎた為、アタシは一息入れようと提案した。


 アタシ自身、頭の中を整理する為に落ち着きたいとの理由もある。


「いったい……アナベルお姉様に何が起こったんですか?」


(もう少し休んでも良いんだぞ?)


「いえ、教えてください……」


(……わかった)


 アタシは「仮説を前提にした話だけどな」と前置きした。


(今回の件を王妃から任命された日、ヴィクトリアと話した事は覚えてるな)


「はい、勿論」


(……アタシは取り違えていたんだ、ヴィクトリアの意図を)


「な、何がですか?」


(アタシは「オリヴィアが狙われている」って教えようとしたのかと思ったけど、それなら別の言い方も出来たはずなんだよな)


「そもそも、ヴィクトリアお姉様が私を心配する事自体が不思議ですものね」


(自分で言うかよ……まぁそうなんだけど)


 つまり、あの話は「オリヴィアが狙われた事」じゃなく、「ヴィクトリアの身に起こった事」が主題だったんじゃないか。


(ヴィクトリアは、今回同じ事が起こる可能性を危惧していたんじゃないか?)


「同じ事……ですか」


 ナイフを持って佇むアナベルと、聖清の儀でのヴィクオリアが重なる。


(ヴィクトリアが感情を操られてオリヴィアを傷付けようとした様に……)


「アナベルお姉様も操られた?」


(多分な……)


 ヴィクトリアの話をそのまま受け取っていれば、もっと警戒出来たはずなんだ。


(すまなかった)


「トモエ……」


(アタシの落ち度だ。勝手にヴィクトリアの考えを読み取った気になって、良い気になって見当違いの事を……)


「止めて下さい!」


 オリヴィアが珍しく強い口調で叫んだ。


「なぜトモエが謝るんですか! トモエは何も悪くないじゃないですか!」


(いや、しかし……)


「私が狙われている事を重視したのは、私を心配してくれたからですよね? アナベルお姉様よりも、国同士の交渉よりも、私の身を案じてくれたからですよね?」


 オリヴィアの握りしめた拳が、微かに震えていた。


「トモエも、アルも、謝る必要なんてないんです! 二人に謝罪されたって、私は何も嬉しくありません!」


 オリヴィアが、あふれ出そうな何かを必死にこらえているのが分かった。


 あぁ……まったくダメな師匠だな、アタシは。


(……自分は何時も謝りまくってるくせに、何言ってんだ)


「あ、アレは……本当に私が悪いからで……」


 痛い所をついてしまったか。オリヴィアの声が急速に小さくなっていく。


(アイツにも直接言ってやれば良いのに……)


「え? 何ですか?」


 オリヴィアがキョトンとする。本当にわかってないらしい。


(いや……そうだな、今は過去を嘆いていてもしゃーないか)


 アルフィルクのお陰で被害は最小限と言って良い。まだ敵さんの思惑通りって訳じゃないはずだ。


(これからどうするか考えないとな)


「そう! それです!」


 オリヴィアが急に元気になった。ホント、可愛いヤツだよ。


(まず状況を確認するか。え~と、アナベルも晩餐会の途中までは普通だったんだっけ?)


「そうですね、周りの方と普通に会話をしていたと。それが突然、顔色が悪くなり……」


(シェフの持っていたナイフを奪って……)


「目の前に居たベルグを刺した」


 今回の件は、怪我を負ったのがベルグだけだった為、言い方は悪いが今の所身内のゴタゴタといった扱いだ。


 とは言っても、城内で起こった傷害事件。しかも、アナベルの意図が分からない状態。無罪放免とはいかない。


 今後はアハトに連絡して話し合いって感じになりそうだと、グリシアが言っていた。


 因みにベルグは軽傷で回復魔法等の治療も有り、明日には動けるようになるとの事。


「アナベル姉様は、晩餐会中に何者かに感情を操られたと言う事でしょうか……」


(ん~……そうだとしても犯人を特定できるのか? アタシは魔法が分からないんでサッパリだが)


「そうですね……精神攻撃の類は、何かを具現化したり召喚する魔法よりも、魔力消費がかなり少ないはずなので、魔力感知でも何の魔法が使用されたか判別は難しいかと……」


(なら現場の状況で犯人を割り出すのは無理だな)


 そもそも、大勢の人間が入り乱れているんだ、アナベルに接触した人間も相当数いる筈だ。


 見付けたとしても物証はなさそうだし、真犯人を捕まえてアナベルを釈放させるってのは難しいか。


(まぁ、このままでもいずれ国には帰れるだろうけど……)


「あくまで、今後何もなかったら……ですね」


(だなぁ)


 何せ相手方の意図がハッキリしない。


 普通に考えれば、アナベルに問題を起こさせて交渉自体を壊したかったんだろう。


 でもなぁ、何かしっくりこない。やり方が温いというか、中途半端と言うか……。


(アナベルに話でも聞ければ良いんだがなぁ……)


 その名を出した瞬間、オリヴィアの緊張が伝わる。


(そんなにビビるなって、どうせ目を覚まさなきゃ話なんて出来ないし)


「そ、そうですね……」


 目を覚ましても、まともに話をしてくれるかなぁ。ヴィクトリアですら遠回しだったのに、アナベルが自らの失態をオリヴィアに話すとも思えない。


(事件へのアプローチの仕方を変えるか)


「どうやってですか?」


 何となく口にしただけだ、妙案なんてない。


 アタシが頭を捻ってると、扉をノックする音が聞こえた。


「誰でしょう?」


 もう夜は深い。女子の部屋を訪れるには遅すぎる。


 オリヴィアは椅子を引き、立ち上がりやすい体勢をとってから、扉の向こうに「どうぞ」と声を掛けた。


「夜分に失礼いたします」


 扉を開けて現れたのは、第1王子のグリシアだった。

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