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~過の一~

 オリヴィアが大広間に辿り着いた時、既に晩餐会とやらは始まっていた。


 大規模な空間は昼間の様に明るく、如何にも高貴そうな面々が食事と会話を楽しんでいる。エルバドスの貴族辺りも招待されているんだろう。


 各所に絵画や彫像等が飾られ、天井には装飾的なシャンデリアの数々、柱や窓枠のデザイン一つとっても芸術的に見える。


 ストリングスによるクラシックっぽい音楽が奏でられている事も有り、何とも華やかな雰囲気に満ちていた。


 そんな中、オリヴィアが遅れて会場に現れると、一斉に来場者達の視線が集まる。


 その視線の大半は驚きと羨望に満ちていた。


 自分の髪と同じ、鮮やかな光沢を持った真紅のドレス。そのドレスを纏ったオリヴィアは、衆目を集めるに充分な魅力を持っていた。


 アタシも着替えた時にオリヴィアの視界で確認したが、幼さの残る中に妖艶さが加わったような、不思議な魅力を醸し出していた。


 男女問わず、オリヴィアから目を離せずにいる。アナベルなどは、思惑が外れて歯ぎしりでもしてるんじゃなかろうか。


 尤も、オリヴィア自身はそんな周囲の目など全く気になっていないようだ。


 先程から、ずっと俯き加減で押し黙っている。


 アルフィルクとアナベルの事だろうな。


 アタシも少し冷たい態度だったかもしれないが、余計な口出しをするべきではないと思った。


 本当は口出ししたい。正直言いたくてウズウズしている。しかし、見守る事も年長者の役目だ。


 若いっていうのは、もどかしいよ……まったく。


「やあやあ、オリヴィア姫」


 そんな時、やたらデカい声でオリヴィアの名を呼ぶ者が居た。


 ザヴァルだ。一応晩餐会用の衣装なのか、ジャラジャラと大量の貴金属をぶら下げた派手な服を着ている。軍服っぽくも見えるが、これがエルバドスの正装なのだろうか。


 ザヴァルは、特注サイズかと思う程大きなワイングラスを持って、オリヴィアに近付いてきた。


「随分とめかし込んでいるではないか、良く似合っているぞ。馬子にも衣裳というやつだな」


 意味わかって言ってんのかコイツ。


「あ、ありがとうございます……」


 相変わらず押され気味のオリヴィア。また試合を申し込まれると思ってか、腰が引けている。


 アタシとしては、一度くらい相手してやっても良いと思うんだがな。修行にはなるし。


 まぁ、オリヴィアの答えは変わらないだろうけど。


「そうそう、会談も終わった事だ、帰る前に俺と一戦……」


「失礼しますよ」


 予想通りのセリフを吐こうとするザヴァル。それを遮ったのは一人のイケメン。


「先程は簡単なご挨拶しかできませんでしたね、グリシア・ア・エルバドスです」


 そうだ、確か第1王子だっけ。ザヴァルとは似ても似つかぬ美青年だ。長身でタキシード姿も板についている。


「オリヴィア・アレク・ズワートと申します」


 二人とも改めて自己紹介を交わす。会談の席でも会ってはいるのだが、オリヴィアは護衛という立場なので、グリシアと直接会話などはしていない。


「お会いできて光栄です、姫の勇猛さは我が国でも話題になっていますよ」


「き、恐縮です……」


「おいおい兄者。俺が先に話していたんだ、邪魔をせんでくれ」


「兄者と呼ぶなと言っているだろう。それにどうせ無理に手合わせを迫っただけだろうが、道中の事はナミルから聞いている」


 グリシアがザヴァルをたしなめる。見た目は貧弱だが、しっかりとお兄ちゃんしている様だ。


「ザヴァル、お前は他のお客様に挨拶もしていないだろう、少しは王族としての自覚を持て」


 口喧嘩はグリシアの圧勝。ザヴァルは全く反論出来ず、大きな体を小さく屈めながら、しぶしぶアナベル達の居るテーブルへ向かった。


 まぁ、それを言うとオリヴィアも特に挨拶は出来てないんだが。王子に呼び止められたなら仕方がない……のか?


「愚弟がご迷惑をお掛け致しました、何度注意してもあの有り様で」


「い、いえ! 私は何とも……」


 アタシはオリヴィアの家族以外、王族という存在に会った事がない。だからグリシアの紳士的な態度は少々意外だった。


 いや、本来はコッチが正しいのかな?


「オリヴィア姫は、お優しいのですね」


「そ、そんな事はございません……」


(ビビりで文句を言えないだけだもんな)


「……大きなお世話です」


 オリヴィアが、アタシにだけ聞こえる様にポツリと呟く。


「そうだ、折角こうしてご一緒できたのです」


 グリシアがパチンと指を鳴らす。


 すると流れていた音楽が変わる。先程よりも、ややアップテンポになった。


「宜しければ、一曲踊って頂けますか?」


「えぇ!? わ、私とですか?」


「はい、ご迷惑でなければ」


「ご、ご迷惑だなんて……でも……」


 小心者全開で目を泳がせるオリヴィアだが、グリシアに手を指し出されると、観念したようにその手を取った。


 大広間の中心は、やや広目にスペースが空けられている。そのスペースでは、既に何組かのカップルがダンスを始めていた。


 オリヴィアの手を取ったグリシアが、その中心へと向かう。


 第1王子の登場とあってか、周囲の視線が一斉に二人へ注がれる。


 衆目を集めながら、二人のダンスが始まった。


 ぶっちゃけアタシはダンスの事は分からん。普段、オリヴィアが教育の一環として学んでいる事は知っているが、何が良いとか悪いとかは判断できない。


 ただ、剣の修行を始めてからバランスは良くなった気がする。体幹が鍛えられたからだろうな。


 そこはダンスの先生も褒めていたし、二人のダンスを見守る周囲の表情が、そのレベルの高さを証明している。


 流石アタシ、剣の修行が王女としてのレベルアップにも繋がっている訳だ。う~ん、隙が無いな。


 そんな訳が分からんダンスでクルクル回っている時、視界の中にアナベルの姿を見付けた。


 その表情が何と言うか……まぁ、推して知るべしと言うべきか……。


(オリヴィア、お前アナベルの所に行かなくて良かったのか?)


 確か「私の妹として」晩餐会に出ろって言われてた気がするんだが。


「わ、私も行くつもりだったんですよ……でも、王子に声を掛けられて……」


 結局、流されて踊ってる訳か。


(後でどうなっても知らねぇぞ~)


「うぅぅぅ……」


 唸るオリヴィアをよそにダンスは続く。


 動揺したせいか、途中やや怪しい箇所も有ったが無事に曲が終了。フロアの中心でお辞儀をする二人に、大きな拍手が送られた。


 つーか、これだけ大人数の前だ。ビビッて縮こまるかと思ったんだが、一曲踊り切っちゃったな。オリヴィアもなかなかやるもんだ。足が震えているのは、気が付かなかった事にしよう。


「お相手頂きありがとうございました、オリヴィア姫」」


「い、いえ……こちらこそ……」


 オリヴィアがキョロキョロしてる、早くアナベルの所に行きたいんだろう。


 もう遅いと思うけど。


「姫。宜しければ、少しお話をさせて頂けませんか」


「え、お話ですか? 出来れば……後ほど……」


「お時間は取らせません」


 グリシアは強引に、オリヴィアをテラスへと連れ出した。


 ガラス扉を一つ潜っただけで、途端に広間の喧騒が遠ざかったように感じる。


 大広間の熱気とダンスで火照った肌に、冷たい夜風が心地良い。室内から微かに聞こえるストリングスの音色も相まって、なかなか良いムードだ。


「突然失礼致しました、姫にこの景色を観て頂きたくて」


 グリシアが空を見上げる。小高い山の上だからだろうか、頭上には満天の星空が広がっていた。


 大小の星々が煌めき、それは正しく宝石を散りばめた様にも見える。


「綺麗……」


「不思議と麓に降りると星の輝きが陰るのです、この景色は城に住まう者の特権なんですよ」


 なるほど、グリシアが誇らしげに解説するのも頷ける。それ程に見事な情景だ。オリヴィアが見惚れるのも仕方ない。


 しかし、なんつーか……。


(何だか、プロポーズでもされそうな雰囲気だな)


「冗談はやめてください……王子と二人きりってだけで緊張してるんですから……」


 まあ初対面らしいし、んなこた無いとは思うけどさ。昔読んだマンガで、こんなシーンが有った様な気がするんだよなぁ~。


「如何ですか?」


「とても素晴らしいです。夜空を見上げて、これ程に心を奪われた事はありません」


「それは何よりです、お誘いした甲斐がありました」


 グリシアは、オリヴィアを見つめてニコリと微笑む。


 星空をバックにしたグリシアは、御伽噺の世界から飛び出してきたようにも見える。


 う~む、なかなかの破壊力だな。


「この星空は、団結や絆を象徴しているとも言われています。星々が家族や親族を表しているんだとか」


「素敵なお話ですね……」


「はい。そのせいか、星空の下で結んだ絆は永遠になるとも言われています」


 オリヴィアを見詰めるグリシアの瞳が、少しだけ真剣味を帯びる。


 ちょっと待て、まさか……。


「オリヴィア姫、突然で大変失礼かと存じますが……」


「は、はい……」


 いやいや、ないない、流石にこんなベタな……。


「自分と、結婚して下さい」


「…………はい?」

(…………はい?)


 オリヴィアとアタシの声がユニゾンした。


 グリシアは優しく微笑んだままだ。


(おい、今コイツ何て言った?)


「え……いや……え?」


 ダメだ混乱してる。そう言うアタシも、さっきのセリフが本当にそうだったのか自信がない。


 オリヴィアと……結婚?


「以前から、姫のお噂は配下の者から聞いていました。そして今日お会いして確信しました。オリヴィア姫こそ、自分の伴侶に相応しいと」


 何言ってんだコイツ? 一回踊っただけだろうが。


「如何でしょうか、勿論すぐに返事が欲しいとは申しませんが」


 すぐにも何も、オリヴィアはお袋さんの様な剣士になると決めてるんだ。当分は結婚なんて考えてないだろう。


(おい、オリヴィア。流石に今回はちゃんと断って……)


「…………」


 ダメだ、フリーズしてる。


 アタシは適当な小石を念動力で操作し、加速をつけてオリヴィアの尻にぶつけてやった。


「いっ!?」


「どうしました?」


「い、いえ、何でも有りません……」


 オリヴィアは涙目でお尻を擦る。


(シャキッとしろ、コレを曖昧にしちゃ後々めんどいぞ。オリヴィアが結婚したいなら別だが)


「そ、そんな訳ないじゃないですか!?」


 ちょっとだけホッとした。オリヴィアの事は信じているが、もし結婚して剣を置きたいと言ったらアタシはどうしただろう。


「グリシア王子、お申し出は大変光栄に存じます……しかし、私は母の様な剣士を目指しています、今はその……結婚とかは……」


「勿論、剣の修行は続けて頂いて構いません。姫が力を見せれば、戦場で剣を振るう機会も有るでしょう」


「し、しかし、グリシア王子の妻となれば、次期王妃となる訳で……」


「我が国では強き者に性別も立場も関係ありません。勿論、今まで通りとは参りませんが、姫が剣聖オルキデアを目指したいとあれば、全力でサポートしましょう」


 以外だ。オルキデアは先の戦争で痛い目を見た仇敵のはず。なのに、グリシアは事も無げにその名を口にした。それも、どこか楽しそうに。


「グリシア王子は良いのですか? 自分の妻となる者が、母を……オルキデアを目指す事が……そもそも私は……」


 オリヴィアも同じ事を思ったらしい。


「姫は、我々が母君を憎んでいるとお思いですか?」


「違うの……ですか?」


 グリシアは静かに首を横に振った。


「我々エルバドスは強き者を称えます。それが例え親の仇であってもです。姫の母君は、正々堂々我らエルバドスの誇る英雄達を正面から打ち破りました。そこに憎しみなどあろうはずがない」


 グリシアの言葉に熱がこもる。その姿は、オルキデアを語るアルフィルクに似ている気がした。


「もし我々が母君を憎んでいたら、愚弟が剣聖を名乗る事を認めたりしません。あれも尊敬しているのですよ、先代剣聖オルキデアを」


 ザヴァルの時もそうだが、何だかエルバドスの印象が思っていたのと随分違う。


 アタシは、何か考え違いをしていたのだろうか……。


 結婚話に政略的な意味が全くないとも言い切れないが、グリシアがお袋さんを語る言葉に嘘がある様にも見えないんだよなぁ……。


「失礼ですが、オリヴィア姫はアハトでお辛い思いをされているとの事。自分の下へ来ていただければ、姫の生活も夢も自分が支えます」


「私の……夢……」


 オリヴィアの心が揺れている。恋愛感情を抜きにすれば、オリヴィアにとっても悪い話ではない。


 義姉達から離れられるだけでも、可也のメリットがある。その上で剣の修行も続けられるのなら……。


 グリシアと共に、アタシもオリヴィアの言葉を待つ。その時……。


「きゃあああああああ!」


 大広間から甲高い女性の悲鳴が聞こえ、二人は反射的に振り向いた。


 その直後アタシは知る、ヴィクトリアの懸念していたモノを。そしてアタシが大きな勘違いをしていた事を。

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