~展の一~
オリヴィアとトモエの冒険譚、第弐章でございます。
二人の世界が少しだけ広がります。
更新は不定期になるかと思いますが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
宜しくお願い致します。
剣心一如。
剣正しからざれば、心正しからず、心正しからざれば、剣また正しからず。
剣の道に伝わる言葉だ。
もの凄く簡単に言えば、剣と心は一つである……と言う事。
まぁ、アタシも完璧に理解できているかと言われれば微妙だけど。
そのままの意味で捉えるなら、アタシは自分の剣が正しいのかどうか自信が無い。
剣の正しさも心の正しさも、胸を張って語れる程、アタシは何かを成した人間じゃないから……。
あ、今は人間とも言えないか。
アタシの名前は八剣巴。
若い身空で、交通事故により命を落とし、地縛霊となる。
成仏させられそうになった時、魂だけの状態で異世界へと連れてこられた。
魔法やらモンスターやらが居る、あの異世界だ。まぁ、こちらの人間にしてみれば、アタシの方が異世界からやって来たって事になるんだけど。
んで、異世界に渡って来たアタシが、今ドコに居るかと言うと……。
「はっ! はっ! はっ!」
晴天に恵まれたお昼過ぎ。芝生の上で、バスターソードと呼ばれる両刃の剣を必死に振る、稽古着姿の少女。
アタシは彼女の中に居る。一般的には「憑いている」と表現するのが正解だろう。
彼女が死んだ後、アタシは彼女の体で蘇る事が出来ると聞いていた。それが、彼女に憑いている理由。
彼女の名は、オリヴィア・アレク・ズワート
アハトと言う小国の第4王女。
剣聖と呼ばれた第2王妃、英雄オルキデアの血を引く彼女は、その尊敬する母親を目指して日々剣の修行に励んでいる。
歳は15だったかな? この世界基準では成人になったばかり。
剣を振る度に揺れる深紅の髪、幼さの残る中にも整った目鼻立ち、汗をはじくピチピチのお肌。
アタシから見ても充分に可愛らしいと思うのだが、本人的には引け目を感じるらしい。
何せ彼女は王族、周囲にはゴージャスな美男美女がこれでもかと揃っている。
特に義母と義姉が驚く程の金髪美女。アタシでも横に並ばれると若干委縮してしまいそうだ。
オリヴィアは、そんな義母姉から長年疎まれていた。いじめってヤツだ。
オリヴィアの実母が平民出身だったから、と言うのが主な理由らしい。
アタシがオリヴィアに憑いた時も、彼女は自室に籠って毎日泣いていた。
しかし、それからまぁ色々ありまして。
今はこうして、城の庭で剣の修行をする程度には前向きになっている。
しかし、何年間も部屋に閉じこもっていた訳だ。急に剣聖だった母の様になりたい! と言った所で、それほど甘い話ではない。
現に今も……。
(オリヴィア! 剣を振り下ろし過ぎるな!)
「は、はい!」
疲労の為かフォームが崩れてきた。
アタシはオリヴィアと体の感覚を共有している。故に動きが悪ければすぐに分かる。
生前、それなりに剣の道を歩んできたアタシは、オリヴィアの希望もあって彼女をコーチングしていた。
アタシが身に付けた剣と、オリヴィアのお袋さんの剣は違う。そう言ったんだが……。
「私はトモエの様に強く、お母さんの様に素敵な剣士になりたいんです」
っと、言っていた。
アタシは素敵ではないのか? っと問いただしたくはなるが、いずれオリヴィアの体を貰う予定のアタシとすれば、悪い話ではない。
あまり強くなって長生きされても困るが、弱いままの体を貰って、また修行をやり直すのも大変だしな。
かと言って、アタシはオリヴィアに死んで欲しいとは思ってない。
何なら、今はこのままの状態でも良いかなぁなんて考えてもいる。
まぁ人間なんて何時死ぬか分からないし、その時は遠慮なく頂こうって程度だ。
一応、友人……らしいからな、アタシ達は。
「トモエ、どうかしましたか?」
上の空になっていたか、オリヴィアが自分の中に居るアタシに声を掛ける。
(いや、何でもない)
オリヴィアとアタシは、体の感覚を共有していながら、思考や意志を共有する事はできない。
意思疎通を図るには、オリヴィアは小声でも声に出す必要があり、アタシも「喋るような感覚」で伝えなければならない。
不便に感じる事もあるが、勝手に脳内を読み取られるよりはましだ。
特にオリヴィアは、まだまだ思春期だろう。色々と妄想も捗るお年頃。覗かれたくない思考も多いはずだ。
「トモエ……何か変な事を考えてませんか?」
不思議と、こういう場合のツッコミは的を得ている。思考は読めない筈なんだがなぁ。
「トモエ?」
(いや……オリヴィアの素振りも、多少はマシになって来たな~って思ってただけさ)
「ほ、本当ですか」
オリヴィアの表情が、パッと華やぐ。
チョロい。
さっきまでヘロヘロだったのに、また勢い良く素振りをし始めた。
チョロ過ぎて、何時か悪い男に騙されないか心配になる。
まぁ騙し騙されるのが人の世の常。年頃のオリヴィアも、何れそんな経験を迎える事だろう。それも人生修行の一つだ。
アタシも何人の男を涙に暮れさせた事か……ふっ、罪深い女だぜ。
「オリヴィア様」
アタシが過去の男達を思い返していると、執事服を着た少年が駆け寄って来た。
彼の名はアルフィルク。
オリヴィアの従者で、元聖騎士。剣も魔法も高レベルで、王国騎士団の部隊長クラスと比べても遜色の無い実力者。
とある件を切っ掛けに、聖騎士の立場を捨ててオリヴィアの従者となった。
歳はオリヴィアと同じ15歳。日差しで煌めく栗色の髪、少女マンガから飛び出してきたようなイケメン顔、スラリと伸びた長い手足。
一言で言えば「モテるだろうなコイツ」って感じだ。見た目だけならな……。
何せアルフィルクはオリヴィアの母、剣聖オルキデアの大ファン。と言うよりも完全なオタク。
オタクが悪い訳ではないが、問題はその熱量。
「オリヴィア様を次代の剣聖に!」と息まいている姿には、正直ちょっと引く。
「オリヴィア様、本日も稽古の方は……」
「ごめんなさい、今日も素振りに集中したいんです」
「そ、そうですか……」
ガックリと肩を落とすアルフィルク。
アルフィルクは従者になる際、オリヴィアの身の回りの世話は勿論、剣の指南役にも名乗りを上げた。
当初はアルフィルクの指導により、順調に上達していたオリヴィア。
しかし、アタシの剣を学びたいと言ってからは、アタシの意向で徹底的に素振りをさせる事にした。
基本を身に付けさせる為だ。
アタシの剣は異世界の物。幾らアルフィルクが剣の達人でも、異世界の剣を教える事は出来ない。
その為、アルフィルクはオリヴィアの指導が出来ずにいると言う訳だ。
なにせ、オリヴィアを剣聖に育て上げる事が生きがいみたいな男。
アタシの存在を知らないアルフィルクにとっては、突然オリヴィアに相手にされなくなった様にも感じているだろう。
項垂れたアルフィルクが、捨てられた子犬の様に見える。
教え子を奪ってしまったようで気はひけるが、これもオリヴィアが望んだ事だから仕方がない。
それにアルフィルクも、稽古相手としては適任だ。
今は素振りに特化しているが、近いうちに対人訓練も必要になる。
その時には、また活躍して貰おう。
だから強く生きろよ、少年。
離れた場所でオリヴィアを見守るアルフィルクに、アタシは無言のエールを送った。
「それにしてもオリヴィア様、その様な剣をどちらで学ばれたのですか?」
ジッとオリヴィアの素振りを眺めていたアルフィルクが、当然の疑問を口にする。
アルフィルクは剣に精通している。だからこそ、オリヴィアの形が異質な事にも気付けるのだろう。
「え、えっと……変ですか?」
「いえ、私が知っているどの流派にも見ない形なので……変どころか、素晴らしく精錬されている様にも見えます。一方で、未だ途上の段階にも見えますが……」
流石アルフィルク。
アタシが学んできた剣術は、あくまでも片刃の太刀を用いる場合の物。
オリヴィアが使ってきたのは両刃の剣だし、それはこれから先も変わらない。
アタシも、ただ自分の剣を教えるだけではなく、オリヴィア用にバージョンアップする必要がある。
アタシはアタシで、色々と試行錯誤をしている訳だ。
「トモエ……どう返答したら良いでしょう……」
オリヴィアが囁き声で助言を求めてくる。
(お袋さんが、夢枕に立って教えてくれた~とかで良いんじゃね?)
「そんな適当な……」
(大丈夫大丈夫)
「う~ん……」
納得いかなそうなオリヴィアだが、他の理由も思いつかないらしい。
「……えっと……母が夢の中に出てきて……」
オリヴィアが、渋々アタシの言った通りに説明する。
まさか本当に言うとは思わなかった……そんな話、誰が信じるんだよ。
そう思っていたのだが、アルフィルクの眼がランランに輝いていた。
「何と! オルキデア様からの神託が!」
アルフィルクの中では、オリヴィアのお袋さんは神様になっている様だ。
「オリヴィア様が修行内容の変更を進言された時、てっきりオルキデア様の剣を捨てられる物かと……しかし、その剣こそがオルキデア様からの、剣聖様から授けられた剣だったのですね!」
コイツもチョロいな。
「不肖アルフィルク、オリヴィア様の剣を、剣聖様の剣をこの目に焼き付けさせて頂きます! ご存分に稽古をなさって下さい!」
アルフィルクはそう言うと、その場で正座をしてオリヴィアを凝視しだした。
「トモエ……何だかやり辛いのですが……」
(気にすんな、つーかこの程度で鈍るような剣じゃ何所へ行っても通用しねぇぞ)
結局その日、オリヴィアは日が暮れるまで素振りを行った。
アルフィルクに見守れ続けた為か、普段とは別の緊張感を持った良い訓練になったと思う。
ホント役に立つな、コイツは……。