65.スライム
広間の中央にいると言う事は、きっとこの祭壇の秘密なりストーリーなりに関係あるだろうし、
微妙にフルフルと震えている事から、多分生き物だと思われる。
ただ、嫌な予感もするので剣と盾を構えソロソロと近づいていく。
近づけば近づくほどデカイ。不定形の何かが積もった震える塊。
なんだろうか、何となく張り詰める空気感に警戒心を高まり足が止まり、そして黒い塊から触手のような物が一本伸びてきた。
余りにもゆっくり伸びてくるので、何がなんだか分からず、立ち尽くして待っていると、盾に張り付き……。
急に凄いパワーで引き込んでくる。
重量装備の自分でも抗えないパワー、ずるずると引きづられ、引き寄せられ、
更に増える触手が頭上から襲い掛かってきたので、やむを得ず盾を離し、一旦距離を取る。
だがしかし、追ってくる触手がどんどん増殖。
何とか減らそうと重剣で切りつければ、ブニョッと柔らかく受け止められ、やはり引き込まれる。
寧ろ今度は触手内に取り込まれていき、重剣を伝ってきた触手が手に触れそうになった所で、やむを得ず重剣も手放す。
盾と剣、自分の武器を両方奪われ、更に追ってくる触手から逃げ回るが、
今度は触手が先回りするように自分が入ってきた通路の前を塞いでしまう。
どこかに出口がないか必死に壁沿いを探すが、底への入り口は一つしかなかったらしい。
せめて壁でも登れれば、と思うがそんな事は到底無理、非現実的な話でしかない。
いくらなんでもオブジェクトを登ろうなんて無謀なプレイヤーはいないだろう。
徐々に追い詰められ、背中がぶつかった時に、腰の治療キットから違和感を感じ、思い出す。
[竜の歯片]を取り出し、氷の剣を作り出す。
もしかしたら奪われてしまうかもしれないが、もう他に方法も思いつかないので、斬りつけてみると、
あっさり斬りおとせる触手。
落ちた触手は嫌な臭いを発して消え、本体側に残った触手は先端が凍って、それ以上伸びてこない。
ああぁぁぁ……もう……何で気が付かなかったんだろ。コレが純粋なる邪のものか!
ガンモ達がいてくれたらすぐに気が付いて、盾や剣が奪われる事もなかっただろうに!何で自分はこう鈍いんだ。
後悔しても遅い。
まずはこいつを倒そう。運がよければ剣も盾も取り返せるかもしれないし。
嫌な臭いを体から追い出すようにゆっくり息を吐き切り、そのまま手近な触手を切り刻む。
氷剣さえ触れてしまえば、ケーキよりも簡単に斬れてしまう触手。しかもそれ以上は伸びないので、どんどん自分が動ける範囲を広げていく。
何しろ相手のサイズが大きく、占拠されているスペースも広いが、斬れば斬るだけ自分に有利になるのだから、ここは多少単調になっても我慢比べ、体力勝負。
……直前にご飯食べてないから、尽きるな自分の体力!
一瞬来た道を戻って逃げるか迷ったが、何しろ盾と剣を奪われているのだ。このまま攻めきるしかないだろう。
そのまま触手を斬り刻み、本体と思われる巨大な塊まで間合いを詰め、一太刀浴びせる。
氷剣が触れる部分から蒸発していく本体。
あがくように、新たな触手を伸ばしてくるが、一旦下がって冷静に捌く。一本づつ丁寧に斬る。
時折装備に触れて一気に引き込まれるが、すぐに斬りおとせば、問題ない。
ただ触れた装備が、黒い蟹の泡に触れたときのように、ジュゥゥっと音を立ててるのが凄くいやな感じ。
本体を削る、増える触手を斬りおとして減らす。を繰り返すうちに、目の前に光の粒子が広がり一瞬動揺してしまった。
だが相手も同時に一瞬の硬直があり、助かったついでに一本触手を斬りおとす。
どうやら自分の左肩から上腕にかけてのプレート部が耐久を削られきって消えてしまったようだ。
防具破壊系の魔物って、いやらしいな……。
だがもう、そんな事は言ってられない。攻め込むのみ。
しかし、敵も何故か触手を全部引っ込めてしまう。
様子を伺っていると、何か最初と比べてかなり小さくなった気がする。
あくまで最初と比べてなので、まだまだ自分よりは大きいが、ボスサイズくらいにはなったので、割と戦いなれているサイズだ。
一気に決めるかと、踏み込んだ瞬間に敵の形状にも異変が……。
一瞬で床前面に水溜りの様に広がり、
足から何かが溶ける、ジュゥゥという音が聞こえ、足元を確認すると同時に長靴が光の粒子になって消えた。
元々蟹の泡をくらっていた所為だろう。<手入れ>しておけばもう少し保ったのかな……。
思考がそれた時には、もう遅い。
剥き出しの足を取られ、水溜り状態から元の塊に戻るに合わせて引っぱられる。
がむしゃらに周囲の敵の体を氷剣で斬りつけるが、切断には至らない。
ひたすら表面を蒸発させるだけに留まって、自分は体勢を崩し、そのまま背中で地面を削りながら引き込まれてしまう。
初めは足、次に腿と、飲み込まれるが氷剣を突き立てて引き剥がそうとするも、寧ろ剣が触れる傍から蒸発してしまうので、何の抵抗もなく、腰から、腹、胸と引きづり込まれ、
同時に装備と言う装備から蒸発する音が発し、次から次へと光の粒子へと変化してしまう。
しかし、敵はこの光の粒子が嫌いなのか、一個装備が破壊されるたびにビクッと動きが止まる。
そんな一瞬、敵中央部に何かが違和感のある物がチラッと見えた気がした。
不定形の敵は核を潰す!
他に出来る事もない、氷剣で核を突くべく必死で手を伸ばす。
もう、氷剣を持ってる右腕しか出ていない。冑が光の粒子に変わり、一気に視界が開けた。
いつの間にか自分は天井の水の揺れを眺めていて、一帯には嫌な臭いとうっすら色づいた煙が立ち上がっていた。
右手に剣だけ持って、腰にはアイテムバッグ。後はパンツ一枚で転がったまま、どれ位天井を見つめていただろう。
「ふふふ……」
何の意識もしないまま、何故か笑いがこみ上げてきた。
いつまでもパンツ一丁じゃどうしようもないし、初心者服でも着ますか。
確認したら、生命力もほぼない。なんかの間違いがあっても嫌だし、アイテムバッグに入ってる予備の[回復液]で回復。
治療キットも全部壊れちゃった。酷いな……。笑うしかない。