30.愛ある【訓練】
兵長の勧め通り今日は【訓練】の日。
なんなら魔物との戦闘は一段楽したし、当分【訓練】なんて事もあるかもしれないが、全ては強くなる為だし仕方ない。
訓練場に着けばいつも通り、武器を振ってるNPC達とそしてそれを見ている教官の姿が見える。
「教官お久しぶりです!」
「うむ、兵長に言われてきたんだな……」
「どうかしたんですか?」
「どうやら随分と鬼気迫る勢いで魔物を倒していたらしいじゃないか」
「ええ、まあ、スキルとか諸々……」
「若人よ!焦る気持ちは分かる!!だが、今はまだじっくり実力をつける時だ!」
「いや、あの……?」
「皆まで言うな!若さとは時にそういうものなのだ。本当はまだまだ時間が有るというのに、自分には時間がないと錯覚する。すぐにでも力をつけねばと焦ってしまう……」
「別に焦るとかそういうのでは……」
「大丈夫だ!俺に任せておけ!!ちゃんと一角の【兵士】になれるように、きっちり鍛え上げてやる」
「はい、あのう、ありがたいですが……」
「だから皆まで言うなと言ったろう!大丈夫訓練場ならどんなに無理をしても死ぬ事はない。死すれすれどころか、死ぬまで【訓練】してやろう。終わった時ソタロー!貴様は一角の【兵士】となっている。恨んでもらって構わない。死ぬ事もない。そう……壊れるまで地獄を味わうのだ。それですら戦争の地獄に比べれば天国だ!」
「え?どんなテンション?」
「まずは!カピヨンに習うといい!本来ならフルプレートの師を付けてやりたいところだが、生憎【帝国】の特に東部ではフルプレート装備が珍しい。何しろ雪深い地だから足が沈む。寒さで鎧が凍る。なのでまずは重量装備でも自在に動ける筋力を鍛えるがいい!【帝国】の将兵は何しろ脳味噌まで筋肉にする事を美学としているが、生まれつきアレだけの骨格を持っていて、尚且つ弛まぬ鍛錬を続け、その上で慈悲を持ち続けるエリート中のエリートに【訓練】をつけて貰えるのだから、文句はなかろう!」
「あっはい。文句無いです」
もう何がなんだか分からないが、教官のテンションが高すぎるので、今すぐ逃げたい。
ぱっと見渡せば、一際背の高いカピヨンさんがすぐに見つかる。
【衛生兵】だしきっと優しいに違いない。見た目は鬼だが、喋り方はとても理知的なヒトだし、きっと大丈夫。
「あの教官にカピヨンさんに【訓練】をつけてもらう様にと言われたんですけど」
「そうですか?一体何を教えればいいのか……?」
「なんか筋力を鍛えろとか」
「なるほどそうですか。それは簡単な事です」
「ああ、やっぱり筋力トレーニングみたいな物が?」
「いえ、愛です」
「アイ?」
「そうです。誰かを守りたい。ヒトを救いたい。その気持ちが無限の力を生み出すのです。例えばどんなに鉄の意志を持つヒトですら……」
と言いながらどこからともなく太い鉄の棒を取り出す。
「え?それ何ですか?」
「これは鉄の意志を持って他人を傷つけてしまうヒトです。時に強い意志は他人をも巻き込んでしまうものです。そしてそれに対して頭ごなしに物を言っても何も解決しません」
「まあ、それはきっとそのヒトなりの正義とかあるんでしょうから」
「ええ!その通り!そのヒトはきっとそれが正しい事だと思っています。しかし!愛を持って接すれば、この通り!」
そう言って、鉄の棒を一捻りして輪っかにしてしまう。
完全に筋力で鉄の意志を折り曲げた。
「えっと……筋力でわが道を行く人を止めればいいんですか?」
「違います!愛です!愛を持って他人に接する事で、世界は平和になりますし、愛があればこそ無限に力が湧くのです」
「えっと具体的にどうすれば?」
「ぶつかって来なさい!遠慮せず。全ての力でぶつかって来なさい!全てを受け入れるのもまた愛!他人の愛を知り、己の愛に向き合うのです。そうすれば一皮剥けるでしょう!」
ん~カピヨンさんも【訓練】になった瞬間テンションがおかしくなったな~。
多分良いヒトなんだと思う。それは分かる。だけど筋力と愛の違いが分からない。
「一個質問したいんですけど、さっき折り曲げた鉄の棒は何ですか?鉄の意志以外の答えで」
「あれは、廃棄予定の壊れたメイスの柄です」
メイスの柄って……重量物を思いっきり振っても壊れず曲がらない筈の柄を丸めるって何事?
「分かりました。ぶつかります」
どうあがいても逃げられないし、カピヨンさんの目が完全に据わってるので、もうぶつからずに話が済む事は無いだろう。
よく分からないが相撲の見た目だけ真似して、腰を低く頭からぶちかます。
「ちがいます!」
そう言われ、張り手一撃で吹き飛ばされる。文字通り体が浮き、いつの間にか地面を転がっていた。
「えっと……何が違いましたか?」
「今のは、まるで心を開いたふりです。誰も初めから他者に心を開くなんて出来ません。武装して、それでも恐る恐る触れる物です」
「えっと……どうすれば?」
「盾を構えて、そのままぶつかって来なさい。盾に如何に自分の全体重を乗せるかが鍵です。自分の全てを盾に預ける事が出来るかどうか、それが分れ目です。殻に閉じこもるのではなく。殻を割れるものなら割ってみろという気概です。さあ!来なさい!」
もう何がなんだか分からないが、逃げる事も多分無理なので、ぶつかって行っては吹き飛ばされる【訓練】を繰り返す。