302.ご無沙汰闘技場
闘技場は何も変わらない。いつも通りの喧騒に湧き上がる【闘都】に黒装備で訪れた。
すっかり忘れていた白竜復活の為に動き出そうとしたのも束の間、装備作るからちょっと待機状態。
普通のクエストも受けられなくはないが、身分的なものが邪魔をして、余り居心地がよくない。
【古都】はそれこそ東部司令官にあたる筈の兵長が受付してる位なので、とやかく言われる事は無い。
寧ろ率先して上が働く事は好意的に受け止められるのだが、やはり普通の【兵士】に混ざって働くとあらゆる面での処理能力に差がありすぎて、目立ってしまう。
なんで皿洗いが早くなるのか、どういう仕様が働いているのか全く見当もつかない。
と言う事で、ここは自分に合った相手を見繕ってくれる場所に行くのが無難だろうと【闘都】に来たわけだ。
いつも通り鼠のヒトの喫茶店に入っていく。
「お久しぶりです。変わりはない様ですね」
「ソタローっすか!お久しぶりっす!邪神の化身の件では大活躍だったようっすね!身の回り落ち着いたから一戦やってこうって感じっすか?」
「そんな所です。自分に合ったちょうどいい相手に餓えてまして、程よい魔物や程よい任務がないと、何となく緊張感が保てないと言うか」
「それとはまた別の悩みも感じるっすけど、まずはその程よい相手がいない件についてっす。ソタローはこの世界の超越的存在に能力の限界を引き上げられてるっすね?」
「!!!確かに赤竜の化身にそんな事を言われた気がします」
「まず、ただのヒトではその域に到達する事すら難しいっす。身体能力に限っては既にヒトの域を超えてしまったソタローっすけど、普通はそこまで到達するとそれ以上の伸びは非常に緩やかなものになるっす」
「つまり自分はヒトとしては限界くらいの身体能力という事ですね?それで適正の相手が少ないのか」
「いや、そうじゃないっす。自分の見る限りっすけど、ソタローは限界を越えた後に相当強力な敵を相当数倒している筈っす。それに加え邪神の化身戦にも加わっていたと言うのが見たてっす」
「まぁ、そうですね。戦場になる平原及び高原で中隊級の魔物を狩り続けたあと、邪神の化身最終戦にも加わっていました」
「それによって、ただ限界に到達しただけじゃなく、そこから更に突き抜けてしまったっす。本当に一握りしか居ない超越者になってしまったっすよ。と言うわけで、身体能力的にソタローに及ぶものは現状【闘都】にも一握りどころか片手で数えるほどもいないっす」
「一人はガイヤさんですよね。他にも居るなら是非戦わせて欲しいんですけど」
「無理っす。炎の巫女やソタローはニューターだから短期間でその域まで達するっす。普通は一生かける話っす。なので皆引退して後進の指導をする立場っす。諦めるっす」
なんてこった……思わず喫茶店内だという事も忘れてその場に膝をつき崩れ落ちてしまう。
今迄ずっと強くなる事を考えてきたって言うのに、いつの間にか強くなりすぎて敵がいませんなんて……。
今更自分の目標というものを自覚した。夢も目標もないとずっと思っていたが、ここ最近の自分は強くなる事が楽しかった。
到達してしまって分る自分が何を目標としていたのか。そしてそれを追えなくなったと知る喪失感に目の前が真っ暗に……。
「絶望だ……」
「でもまだ強くなる方法はあるっすから、とりあえず席に掛けるっす」
すぐさまカウンター席について、鼠のヒトの話を聞く。
「それで、自分がこれ以上強くなる方法って?」
「いくつかあるっす。一つは『脳筋』の称号を使いこなすっす。二つ目にまだ練りこめてない<蹴り>を極めるっす。三つ目に邪神の化身を倒して変わった世界を見て、新たな力やスキルを求める方法っす」
「なるほど!それらの力を手に入れて、ガイヤさんに再戦を申し出れば!まだ戦える!」
「炎の巫女は既に新たな力を手に入れるために大霊峰に挑戦してるっすよ。<登攀>を鍛える事で、身体能力もジワジワ伸びてるらしいっす。どうやらスキルの身体能力補正も増えたっす」
「そうだったんですか!ガイヤさんも既に動き始めてる……じゃあ早速、まずは脳筋の使い方を……脳筋の使い方?」
「その様子だと知らなかったっすね。称号の種類にはいくつかあるっすけど例えばソタローの〔中隊長の称号〕は色んなジョブについたとしても100人を率いる事のできる称号っす。1000人率いるのは【帝国】軍内の話なので気をつけるっす。その他様々な効果の称号が存在するっす。有名なのは騎士の称号っす。己に誓約を課す事で、戦闘時に身体能力に補正を掛ける事が出来るっす」
「そうだったんですか。じゃあ隊長の『隊長』って言う称号にも何か意味があるんでしょうね」
「あの有名人っすか、あれはヒトが隊長と聞けばあの変わり者で有名なあのニューターを思いだすってだけっす」
「なんていう微妙な効果……自分の『脳筋』にはどんな効果があるんですか?」
「思い当たらないっすか?脳筋の称号は前代脳筋を倒さないと手に入れられない筈っすから、戦った時に何かヒントがあると思うっすよ?」
邪神教団の幹部と戦ったときの話か?なんだろう?何か筋肉をただ膨らませばいいみたいな変なヒトだったことは覚えてるけど……。
「変なヒトだったことしか覚えてないです」
「そうっすか?脳筋は代々よっぽど筋肉を愛してなければなれないとされてないっすけど?筋肉に話しかけると応えてくれるそうっすよ?」
「いやそれは脳筋じゃなくてもヒトなら皆筋肉あるんだし、筋肉で動いてるんだから当たり前の事じゃないですか」
「それはそうっす」