298.鉄拳
あくる日、見慣れない天井ながら妙に慣れた感触のベッドはカトラビ街の【兵舎】のものだった。
取り合えず外に出ようと受付の前を通り過ぎると、この【兵舎】の兵長に呼び止められる。
「よう!よく眠れたか!」
やたら気安い感じで話しかけてくるのは、軍関係者には珍しく長髪だが、両サイドは完全に刈り込んであり、センターだけ伸ばして後頭部で縛ってあるいかつい系のおじさんだ。
なんだろう、オシャレなのかな?【古都】の兵長は坊主だし、北砦は五厘刈りなんだけど……。
ああ、でも【兵士】達は割りと自由な髪型してるし、そこまで細かい規定があるわけじゃないのかな?
いやでも、両サイド刈り込んでるのは多分冑をかぶっても熱中症にならない様にとか、そういうアレかもしれない。
【兵舎】の受付にいるヒトは大抵それなりの役職のヒトの筈!確か【古都】の兵長だけは偉すぎて、受付にいるのはおかしいらしいが、このヒトもきっとそれなりの役付き!
つまり、相応に危険人物だと思っておいた方がいいだろう。
「ん?何だヒトの頭を見て……オシャレだろ?」
「やっぱりオシャレでやってたんですね!」
「んなわけあるか!冑の形状の関係で、少しでも衝撃を減らす為にセンターだけ残してるんだよ。アレだろ?お前さんは【古都】所属の兵長と国務尚書肝いりっていう、若き【上級士官】っていう何か……アレだよ筋肉?」
「脳筋のことですか?」
「そう!それ!いや~俺達の世代でも【古都】の兵長っつったらヤバイ!危険!逆らうな!って徹底的に教わってるし、幾つも伝説残してるおヒトさ~!その肝いりっつったらな!」
「兵長ってああ見えて実はかなり偉い立場だとは聞いてますが、そんなに危険なんですか?」
「ああ?知らないのか?有名な所だと鋼鉄の甲殻を持つ魔物の話だな~」
「なんですか?それ?」
「気になるか!そりゃ気になるだろうよ!ある時だなサイズこそ部隊級だが、槍も剣も矢も通らない鋼鉄の甲殻を持つ魔物が現れて、そりゃもう無敵だろ?好き放題そこら中荒らし廻ったんだとよ」
「それなら術で対応すれば?」
「それが、防御系術で全身を覆って、術すら効かないんだと!それで【古都】の兵長が前線に出てきてどうしたと思う?」
「……水攻めか火責めですかね?」
「何か怖い事考えるやつだな……ちげーよ!拳でぶん殴ったんだと!グーパンで頭部を殴ったら、拳の跡がくっきり残ったとか。それで『何だ攻撃通じるじゃないか』それだけ言ってボコボコに素手で殴り倒しちまったって言う逸話から、鉄拳て呼ばれてるんだよ」
「そうだったんですか。自分は兵長に怒られた事とかないので、寧ろいつも親身になってくれるいいヒトだと思ってました」
「そりゃ俺達だって散々世話になったし、いいヒトだが……じゃあこれは本当に有った怖い話な!」
「なんで急に怖い話?」
「いいから!ある時とある街の武官の息子が、修行の為に【古都】の【兵士】として着任した事があったんだ。若い頃から武官として【訓練】を重ねて他の【兵士】なんかよりよっぽど強かったんで大層調子に乗ってたらしい」
「らしいって本当にあったんですよね?」
「まあな!でも自分の事って中々分らないもんじゃねーか!それでな、ある時若い頃からつるんでる仲間達を集めて20人の部隊で、一番稼ぎになる任務をやらせろって兵長に迫ったのさ」
「まぁ【兵士】なんて結局は実力主義的な部分もあるし、ある程度は仕方ないんじゃないですか?」
「そりゃ脳筋のお前だから許される事でな。普通、身の程知らずは痛い目を見せられるもんなのさ」
「普通はって事は、見せられなかったんですよね?良かったじゃないですか?」
「ああ……そのはねっかえり含め、部隊の連中全員の記憶がないんだ。どれだけ思い出そうとしても、本能が拒否するように頭痛や吐き気、とにかく不穏な予感に冷や汗が止まらなくなる。そりゃもう修行期間終えるまで、サーイエッサー以外の言葉は発せなくなる程にな……。それでも陰に廻ってさり気にアホだった俺達をフォローしてくれたのは兵長だったのさ」
「へ~~~!いつもどこかとらえどころなくて、何でも知ってるのにそんなそぶりも見せない不思議なヒトって言う印象しかなかったです」
「そりゃ多分お前が真面目だからだろ?時に優しく、時に危険な親父それが【古都】の兵長だ。その兵長が気にかけてるお前さんには最大限力を貸そう!何しろ怒られたくないからな!いや、世話になったからな!今も兵長は元気なんだろ?」
「まぁ、元気ですよ。気がつくと勝手に昇進されてるわ、スキルお奨めしてくるわ、任務受けさせられるわ。全て諦めました」
「うんうん!だろうとも!さぁ!何が知りたい?」
「楔の場所ですけど」
「だよな!後輩の為に俺自ら案内してやるぜ!おーい!誰か受付変わってくれ!」
何やら普通の制服のお兄さんが出てきて、受付を変わってくれたが、このおじさんは結局何者なんだろうか?