290.国務尚書の改革
壊剣術 天荒
どこまでも抜けていく様に完全に力を抜いて、ただ切っ先のみセサル師匠の胸に向けて伸ばす。
剣を弾かれても無理に筋肉で抑えず、むしろ脱力してセサル師匠から受けたエネルギーを逃がして、次の攻撃に転化していく。
剣と剣のぶつかり合い、打ち合いは次第に激しくなり、徐々に耐えられなくなってくる練習用の重剣。
ついにお互いの剣がへし折れた所で、同時に半分ほど剣身の残った剣を引く。
「うん、ソタロー!とてもいい感じだ!マラビジョッソ!!このまま【訓練】を続けていれば、邪神の化身を倒した事で手に入れた余力も己の物にできるだろう!」
「ありがとうございます。師匠!やっと自分も邪天使に勝った事で変化した世界を見に行く準備ができました」
温泉に入って以降順調に調子を取り戻し絶好調だが、アップデートの新要素については現状パンツしか見つけてない。
そろそろ装備のメンテも出来ているだろうし、何処から見に行こうかと思いつつ【兵舎】に戻る。
すると、国務尚書がいた。
このパターンはまた厄介ごとの依頼かな~?と思いつつも、折角調子が戻ってきた所なので、暴れられる任務だったらいいなと、どこかに期待もある。
「こんにちは国務尚書。また何か厄介ごとですか?邪神教団とか?」
「いや、そういった特別な案件ではないんだが、ちょっと会議室を借りるとしよう」
そう言って【兵舎】の小会議室に向うので、ついて行く。しかし依頼でもないのに二人で話すなんて何の用があるんだ?
「何か、ありましたか?」
「いや、まずは邪神の化身『邪天使』討伐では我が国代表として八面六臂の活躍をしてくれた事に代表して礼を言おう。ありがとう」
「いえ、自分は別にこれと言って……」
「謙遜する事はない。ニューターの指揮及び【帝国】大隊指揮官としても申し分ない働きだったと報告が上がっている。報酬については必要な物があれば言ってくれ。出来る限り融通しよう」
「それこそ今までもずっとあらゆる素材を供給していただいてるのに、今更何もないですよ」
「遠慮はしなくていい。何しろ本当だったら大きな戦いの後疲弊した国を立て直す予定だったのが、予想に反して好景気になってしまって、金の使いどころが必要なくらいだ」
「なんでそんな事に?平原中の魔物を狩ったり、宿舎を建てたりとかなりの持ち出しになった筈じゃ?」
「寧ろその所為で、魔物を狩った素材が大量に流通に乗り、更には宿舎を建築した事から、天使街道の利権が多く回ってきて、全部いい方いい方へと進んでいるんだ」
「それなら良かったですけど、天使街道って……あの【王国】の?」
「そうだ。多くの魔物が出て不便だった死者の平原の行き来が楽になり、邪天使からとって天使街道と名づけられた。ちなみに世界的好景気の事を天使景気とも呼んでいる」
「じゃあ、なんで浮かない顔をしてるんですか?」
そう、受付の時から、なにやら難しい顔をしているので、面倒な案件でもあるのかと思ったのだ。
「うむ、皇帝陛下はこの好景気は一時的なものだから、浮かれずまずは持ち出した分の補填と、兵力整備にかけるべきだとおっしゃらられてな」
「堅実な使い方だと思いますが?国防力を下げず、国庫も空にせず。調子に乗って奢侈に走るよりよっぽどいいかと?」
「私はこの好景気に改革に乗り出すべきだと思うのだ。いや他国は既に動き出している」
「どんな改革ですか?」
「まずは過剰戦力の解体、それによって浮いた人員を国の生産力に当てる計画だ」
「?戦力が過剰には思えないですけど?」
「いや、今回の邪天使戦で世の中の認識は大きく変わった。何しろニューターが対邪神側戦力として非常に有用だと証明されたのだ。今後邪神の化身が現れた場合も常に一角どころか中心を担う事になるだろうとな」
まあそりゃゲームだし、プレイヤー中心にはなると思うけど……。
「だから【帝国】の戦力を解体するというのは早計では?」
「以前少し話したかもしれないが、この国は貧しい。理由は言わずもがなだ。まずは食料資源を輸入に頼らねばならない事、金属や石などの資源は【鉱国】、木材なら【森国】、他にも周囲の国に資源国家が多く、特産品がないというのが我が国の貧しさの元凶と言えるだろう」
「でも鉄と木ならたくさんあるんじゃ?」
「その通り!使いやすい同じ素材が大量にある事が我が国の強みなのだ!つまり今までの職人の逸品に頼る手工業から、均質な大量生産にシフトする事で、廉価で大量の品を世界に売り込む事が出来るようになる。物流体制が改善された今だからこそ、大きな利を生む筈なのだ」
産業革命って事?機械化はしないみたいだからちょっと違うのかな?工場制手工業とかそういう??
「よくは分りませんけど、従来の形態でやってきた人達が困るんじゃ?」
「うむ、逸品はブランド化し、廉価の物はメーカー品として差別化すれば住み別けられると思うのだが、その辺は上手く折り合いをつけるしかない。私は常々、貧しい農家が食べていく為に子供を軍に差し出すような国を変えたいと思ってきた。そのチャンスが今なのだ。手伝ってもらえないか」
「それは別に構いませんけど、自分が出来るのって剣を振ったり軍を率いたりするだけですよ?」
「正にそれをして貰いたいのだ。我等の旗印が目覚めてくだされば、この国の舵取りは大きく変わる」
「……なん」
「白竜様だ!まだ楔は残っているのだろう?」
ずっとバタバタして、忘れてた!