287.休み
「ぬぅ……ぬふん!ぬぅわぁぁぁぁあ!」
パキン!
暗い茶色に木目の美しい、素朴ながらも丈夫な筈の木皿が割れてしまった。
「やっぱり、やめておけソタロー。お前はまだ任務の出来る体じゃない」
「くっ!すみません。まさか皿洗いすら出来ないなんて……筋肉に力は入れないようにしている筈なんですが……」
料理長に止められ、まさかの任務失敗となってしまった。
今迄ルーティンの様に簡単にこなしていた任務の奥深さを再確認しつつ、やはり何事にも学びと成長があるのだと苦い思いを噛み締める。
兵長に報告しつつ【兵舎】から出て、雪の【古都】をうろつく。
「おっソタローじゃん!何か休みって聞いたけど、大丈夫なのか?」
早速アンデルセンさんに話しかけられたが、この人は本当にいつもどういうタイミングで、歩いているんだろうか?
何しろどこに行っても知り合いだらけのコミュ力の高さにもかかわらず、不思議としょっちゅう【古都】で出くわす。
しかし、魔物を倒したりクエストをクリアせねば強くもならないだろうに、そう考えるといつもウロウロしているのは、おかしい?
「何だよボーっとして、本当に大丈夫か?」
「あっいや大丈夫です。ただちょっと筋肉をコントロールできなくて……」
「絶対大丈夫じゃないだろ?」
「そ、そうですよね!筋肉をコントロールだなんて!もっと筋肉と意思疎通をして、相互理解を深めなければならないのに、一方的に言う事聞かせようなんておこがましいですよね」
「そうじゃなくて、ちょっと最近のソタローは筋肉に傾倒しすぎじゃないか?確かにソタローは重量装備で筋力重視なのは分るが、俺達はアバターなんだから筋肉が膨らんだりするわけでもなく、あくまで数値的に許容値が上がるだけだろ?」
「くっ!術士のアンデルセンさんには分りません!コツコツと積み上げれば、日に日に育つ筋肉がもたらしてくれる全能感。自分が確実に成長していると実感させてくれる充足感!夢や目標の無い筈の自分でも、筋肉を鍛える事は出来るんだっていうなけなしの自信。それを全部受け止めて、与えてくれるが筋肉なんですよ!」
「まぁ、確かに俺は楽しくゲームができればそれが一番だから、ソタローの悩みを分るとは言えないが、だからって筋肉に力入れっぱなしじゃ、視野が狭まっちまうって事はないか?」
「くっ!すみません。確かに今の自分は筋肉に力が入りすぎてます。でもどうやって力を抜いたらいいのかが分らないんです」
「ソタローにも師匠がいるんだろ?なんて言われたんだ?」
「ゆっくり休んでから【訓練】に来るようにと言われてます」
「じゃあ、休むしかないな。人ってのは実は休むのが苦手なもんだ。休む理由を作らないと休めないなんて話は枚挙に暇はないしな『さあ今日は休みだ。家事をしよう!』なんてな」
「確かに今どうやって休むか具体的なプランはありません。アンデルセンさんは何かいい方法を知りませんか?」
「まぁ、非日常を感じつつ、無為な時間をのんびり過ごすってのが定番だろう」
「ゲームの中って言うのが既に非日常なんですけど」
「でもその非日常が日常になっちまってるのが問題なんじゃないか?ログインしてるのだから何かしなくちゃ!ログインしなくちゃ!新要素を試さなくちゃ!ってな」
「確かにその通りです。一刻も早く復調して、自分も新たな要素を試したいです」
「まあなんだ。この前の邪神の化身を倒した事で大型アップデートがあり、このゲームはある意味シーズン2に入ったと言ってもいい状態だ。多分今迄進まなかったストーリーがあちこちで進み始めてる」
「確信的に話すって事はアンデルセンさんも情報を掴んで、動き出す?」
「その通りだ。だがソタローはある意味、シーズン1で活躍した勝ち組だ。一旦スタートダッシュは遅れを取った連中に譲るって訳にはいかないか?」
「自分が勝ち組み?寧ろ偶々指揮を任されただけで脇役もいいところでしたよ?」
「ふん!ソタローが脇役だなんて誰も思ってねぇっての。まあいい、一旦強くなる事を脇に置いて、のんびり楽しめる要素を探してみろよ。何しろNPCに休めって言われてるんだ。そこにヒントがあるのかもしれないぜ」
それだけ言って、アンデルセンさんはまたどこかに行ってしまった。
何だかんだ愚痴を聞いてくれて、ちゃんと答えを出してくれる。あの人のコミュ力の高さはそう言う所からきているのだろうか?
再び一人になり、厚い雲から降り落ちる雪を見上げる。
「寒いな……温泉入りたい……」
「それは丁度いいですねソタロー」
自分の独り言に答えるのはカピヨンさん。このヒトもアレだけ圧倒的な筋肉をしていながら、その筋肉の気配を完全に消し去りつつ近づくのだから困ったものだ。
「こんにちは、丁度いいというのは?」
「ええ、ソタローが筋肉との意思疎通がとれずに困っていると聞いたので、ちょっと誘ってみようと思ったのですよ。温泉に」
「温泉って……【帝国】に温泉なんて湧いてたんですか?」
「実は長年赤竜の化身が眠っていた土地に、その力が移りこみ温泉が湧いてしまったとの事で、調査班が出ることになったのですよ。赤竜の化身を開放したソタローには是非一緒に頂きたいと思いましてね。ちなみに現状大型の魔物は確認されていませんので、あくまで少人数での【偵察】任務になりますが、いかがです?」
「……【偵察】任務なのにカピヨンさんが?」
「ルースィ、ルーク、スペーヒも同行しますよ?」
「隊長世代の方々勢揃いで?何か裏がありそうですね」
「実は隊長も伴う予定でした。何しろ【帝国】の新たな資源になる可能性がありましたので、こういう時にやたらとお金の使い方のうまい隊長を連れて行くと上層部で決まった時には行方不明で……」
「出かけるとは聞いてましたが、早速行方不明ですか……」