282.邪天使-打ち上げ-
生き残っているのは殆ど軽装の人達ばかりで、一人重装備の自分は何か妙に目立つ。居心地が若干悪いが仕方ない。多分気にしすぎだろう。
何か最後に締めの言葉の一つもあるのかと思ったが、普通に皆で引き上げて行く。
周りの声に耳を澄ませばとりあえず最寄の町に向って休もうという事だ。
一帯のレギオンボスは倒したとは言え、普通の魔物はいるし、ユニオンボスもレギオンよりはリポップが早い筈。
いざと言う時自分が先頭に立てるように警戒して、最前を進む。
皆緊張で疲れきったのか、やたらとだれて広がったまま【馬国】の高原を歩き、ふと正面から人の一団が見えた。
「ああ!ソタロー!ファンファーレで終わったのは分ったけど、決戦地ってどうなった?」
「とりあえず邪天使は瘴気と霊子に変わって消えましたよ。この先のちょっと窪みになった所で戦ったけどもう何も残ってません」
ガイヤさんの所の人達が、歩きで邪天使討伐の為に向かっていたところに出くわした。
どうやらあのファンファーレは聞こえていたみたいだが、それでも一応こちらに向ってくれていたようだ。
「そうか~!じゃあ決戦地観光は後日にして、今日の所は宴会だな~!アレだろ?この方向だと最寄の町に集合だろ?」
「よく分りますね。とりあえず今日の所はそこで皆休んでログアウトって言う流れみたいですよ」
そしてその後もパラパラとある程度の塊で歩く集団に出くわし、合流しては町に向う。
「しかしよくソタローは一人で走り出して決戦に間に合ったな」
「いや途中で馬車に拾われたおかげですよ」
ガイヤさんの所の大型ナイフ使いに聞かれたが、自分はてんで違う方向に走ってしまい、あのままだったら多分間に合わなかっただろう。
「この高原ってただ広いだけの一枚MAPに見えて、実は起伏が大きいし、迷いやすいので有名だからな。一人で走っていくから、てっきり【馬国】も歩き慣れてるのかと思ったぜ」
つまり自分が迷ったのは仕方がないという事だ。決して自分が方向音痴というわけではない。
そして、町に辿り着くと既に宴会が始まっていた。
結局人というのは何か理由をつけては宴会をする生き物なのだろう。既に酒が振舞われ大変な事になっているが、自分を含め未成年プレイヤーもいるので、どうした物かと思っていると、
「おっ!ソタロー!未成年は教育に悪いから隣村だぞ!ポーが美味い物作ってるらしいから、行ってみたら……行った方がいいぞ。お前は今悪い大人たちにロックオンされてる!俺が止めている内に隣村へ!お前ら!ソタローは未成年なんだから酒持って近づいてくんな!」
すぐにその場から逃げて、そう離れてもいない隣村に行くと、こっちは平和だった。
長机を幾つも村の広場に並べて、色とりどりの料理を皆好きなだけ食べている。
中にはNPCと踊るプレイヤーもいて、平和ってこういう事だな~と実感してしまう。
「ソタロー君は何食べる?」
後ろから急にポーさんに話しかけられたので、パッと思いついた食材が口をつく。
「熱したごま油?」
「ごま油ね!分った」
分ったって、そんなそれだけの情報で、何の逡巡も無く作る物を決められるなんて、さすが料理特化プレイヤーだ。
自分だったら、何がいいのか迷って場合によってはチータデリーニさんの料理本をめくって何とかメニューを決めるて言うのに……。
まあ取り合えず疲れたしと宿を取り、初心者服に着替えた。
村の広場に適当な席を見つけて座っていると、ポーさんが料理を持ってきてくれる。
最初はシンプルに長ネギのごま油炒め。
ごま油とちょっとだけ効かされた鷹の爪の食欲を誘う香りと、胃に物足りない長ネギだけのシンプルおかずに、思い切りお腹が空いてくる。
そこに更に運ばれてきたのは、麻婆豆腐と白ご飯!
そうこれだ!凝った物じゃない!こういうがっつけるご飯を食べたかった!
箸でもスプーンでもなく、ちゃんとレンゲが用意され、一口麻婆豆腐を掬えばテラテラの赤い油が挽肉にまとわりつき、それをそのまま口に含めばジワーッと油と脂が口に溶けていく。
舌がいい具合に油コーティングされた所に米を放り込めば、米の甘みと肉汁と熱した油のハーモニーに、刻み葱がアクセントをつけている。
気がついた時には全て平らげ空っぽになった皿とお椀。
「物足りない」
「ソタロー君は前線指揮だったんだし、当然だよね。取り合えず人心地ついたなら長机を廻って好きな物を食べなよ」
ポーさんはそう言いながら少し大きめの白い皿を渡してきた。
つまり、これはバイキング形式という事だ。
雪国の【帝国】プレイヤーだけにバイキング形式、しかしこのバイキング形式は日本発祥。
駄目だ。疲れて脳の調子がよくない気がしてきた。こういう時は筋肉の赴くままに栄養素を摂取しよう。
鶏肉にブロッコリーにサーモン!チーズもいいな~。
そして見つけたのはチーズフォンデュ?
目が合うなり村のNPCと思われるおばちゃんが、鍋溶けたチーズでいっぱいの鍋と、山盛りの具材を自分がさっき座ってた席に持ってきてくれて、
「さぁ、たーんとお食べ!」
と言って差し出してくる。
芳しすぎるチーズと何かの出汁の混ざった香り、勝手に手が動き野菜をどっぷり沈めて口に運ぶ。
現実で食べたら絶対太るが、ここはゲームの中。そしてゲームの中の自分の消費カロリーは一万㌔カロリーだ!
やっぱり脳の調子が悪い。だが今日位はこのまま満足するまでご飯を食べよう。