267.脳筋
「ダイキョウキン!ショウキョウキン!サコツカキン!ゼンキョキン!…………パンプアァァァァァップ!」
更に胸部や腹部も盛り上がり、背丈だけなら自分の三倍にも届く巨人と化した四天王ベガの姿に、何故か憐れみの感情しか湧きあがらない。
ズンッズンッ!
土煙を巻き上げながら近づいてきて、蹴りを見舞ってきた。
壊剣術 天荒
裸足の親指と人差し指の間に重剣を差し込み、そのまま割る。更に体ごと回転し、軸足のアキレス腱も斬り払う。
再生が追いつかずに尻餅をついたベガの胸の上に乗り、
殴盾術 獅子打
顔面を殴りつける。
すると後頭部を地面に打ちつけながらも、ベガは左手を畳みつつ殴りつけてきた。
力任せに振るわれた拳で、ベガの胸の上から転がり落ち、土の地面に再び立つ。
「ぬぅぅ、俺の一撃を受ければちょっとやそっとのダメージじゃすまない筈、しかし実際壁まで吹っ飛ぶような攻撃で、転がる程度……やっぱりお前は本物だ」
「ベガ……あなたは紛い物だ。筋肉を鍛えていても、それをちゃんと使いこなしていない」
「使いこなすだ?筋肉は道具じゃねぇ!俺が筋肉で、筋肉がパワーだ!」
「それは違う。筋肉は風船じゃない。ただ鍛えて膨らませるおもちゃじゃないんですよ。筋肉の声が聞こえてますか?」
「聞こえるか!」
そう言って高く飛び上がるベガ、重量を無視したような跳躍は確かに鍛え上げられた筋肉のなせるワザかもしれない。
それでも、それだけでは脳筋と呼ぶには程遠い。
フライングボディプレス、巨人化したベガを避けるのはちょっと難しい、
鋼鎧術 耐守鎧
全身でその巨体を受け止める。
「グフッ!」
ベガの腹に自分の頭が突き刺さり、そのまま苦しみ悶えるベガの太くなった首に両腕を回してロック、
武技 鋼締
重剣と盾は足元に捨てて、ただひたすら締め上げて行く。
破壊すれば再生するベガだが、ただ気管と動脈静脈を潰されるだけでは再生は始まらず、もがき苦しんでいる。
グラグラと崩れ落ちた所で手を放せば、再生してまたフラフラと立ち上がるが、徐々に目から光を失っていくようにも見えなくもない。
しかし、ベガがふらついている間に自分は自分で重剣と盾を拾っておく。
「ふへへへ、分ったぞ……圧縮だな?膨張させるだけじゃ、密度が足りない……そういう事だな?」
自分が返事をする間もなく、徐々に体が縮むベガは肉体の瑞々しさを失い、石灰の様に灰白く変色していく。
自分よりも頭一つ大きい程度まで縮む時には、筋肉が変形して完全な異形に成り果てた。
「まるで筋肉の化け物ですね」
「褒め言葉にしか聞こえんな」
言葉を発するなり、頭を下げて突撃してきたので、
殴盾術 獅子追
こちらも盾を構えて正面衝突を仕掛ける。
お互いに弾かれあい、ベガは右拳を自分は剣を振るって殴りつけ、続いて左拳と盾がぶつかり合う。
お互いが出した蹴りと蹴りがぶつかり合い、脛をぶつけ合う。
距離が開いたので、地面に剣を突き刺し、
壊剣術 天沼
「ふん!またそれか!ちょっとやそっと身体能力が上がった所で!」
鋼鎧術 灰塗鎧
鋼鎧術 空流鎧
更に百足のベルトを操作し、緑から赤に変色していく。
鎧を内から破壊する様に膨らむ筋肉と、カーッと熱くなる体、さてトドメだ。
ベガが振りかぶって放ってくるストレートに適当に拳をぶつければ、握りこんでいたナックルダスターが重くなったのか、両手をだらんと垂らすベガ。
更に殴りかかろうとすると身を捩るベガだが、今の自分は 空流鎧 使用中だ。
ベガが避けようとする方に回り込み、膝蹴りでベガの動きを止める。
重量×スピード=運動エネルギー
ベガの顔面に上段蹴りをみまい更に、
武技 撃突
体当たりで吹っ飛ばす。
転がったベガを追い、弱点のある胸を右足で踏み潰す。
「くっ何だってんだ!それだけの重量がありながら急に早くなってみたり、逆に俺の拳を重くしてみたり、何がしたいんだ!」
「別に?自分は最初から脳筋と呼ばれるあなたの筋肉を味わい、その声を聞いていたに過ぎないですよ?」
「何を世迷いごとを!」
「世迷いごとじゃありません。あなたにとって脳筋とはなんですか?」
「それは……脳まで筋肉に作り変え、圧倒的パワーで敵を叩き潰す事だ」
「あなたの言うパワーは単純すぎる。脳筋とは筋肉でモノを感じ、筋肉で思考し、筋肉で会話する者の事です」
「筋肉に、そんな機能は無……グフゥ」
武技 踏殺
「敗者がこれ以上筋肉について知ったような口を利かないでください。不快です」
そのまま胸筋を押しつぶし、胸骨を踏み折り、核を踏み割る。
筋肉があっという間にしぼみ、罅の入った核が露出したのでブラックフェニックスから渡された札を貼り付けた。
ベガの再生が完全に止まった所で、脚から力が抜け崩れ落ちるように座り込む。
体の芯に残るような打撃は確かに地道に鍛え上げられた物だったが、しかし同時に憐れな筋肉だった。
どれだけ苛め抜かれ発達し続けても、その持ち主に認められることなく、悲鳴を上げていた。
筋肉にもちゃんと意思はある。自分の一部だからとその声を聞かず、勝手放題自分の理想を押し付けてはいけない。
それではまるで自分の子供だからと、自分の理想を押し付ける親のようだ。
それぞれの筋肉にはそれぞれの在り方がある。それを認めて伸ばしていれば、きっともっと良い闘いになっただろう。
[【帝国】の極限の寒さに耐え得る者よ……『剣聖』の名において、『脳筋』の称号を認めよう]