266.筋肉変形
「さて、楽しい時間をもっと深く味わう為に俺の方も手の内を見せてやろう!ソウボウキン!サンカクキン!ジョウワンニトウキン!ゼンワンクッキングン!ダイエンキン!…………」
四天王ベガが己の筋肉に語りかける度に、呼ばれた筋肉が反応して闇夜の【闘技場】にうっすら光る。
明らかに強化しようとしているのは分るが、そこに水をさすのは無粋だろう。緑と紫の丸薬を取り出し、
治療術 自己回復
自分に継続回復をかけておく。
「ふぅぅんぬ!パンプアァァァァップ!」
ベガが叫び声を上げると上半身の筋肉が爆発的に肥大化し、妙に腕の長い肉体に変形した。それは例えるなれば、
「ゴリラですか?」
「くっくっく!いい例えだ!」
向こうも意識していたようなので、殴り合い再開。
まるで巨石が降ってくるような打ち下ろしを重剣で迎え撃つと、それは先程までの重さとは比べ物にならない。
押し込まれて、そのまま額で受け止め、盾で殴って引き剥がす。
今度は自分が一歩踏み込み、盾でベガの顎を打ち抜くアッパーを喰らわせると、そのまま地面から引っこ抜いて、少し飛んで背中から地面から落っこちるベガ。
「くっくっく!くは!最高だぜ!これだよ!俺が求めてたのは!小手先の技術じゃねぇ!敵よりフィジカルで劣るなら筋力鍛えんだよ!」
言いながら体をふらつかせて立ち上がった。
そのまま棍棒のように振り回される腕を盾で弾き、そのままベガの左腕にざっくりと剣で斬り込み、更に盾で肘を砕きにかかる。
「おいおい、俺がいくらでも再生するのは既に知ってるだろうよ?今更部位破壊なんかしてどうする気だ?」
「強度の確認ですよ。筋力は上がってるみたいですけど、強度は変わってない」
「だからってあえて人体の中でも硬い肘骨を狙う奴がいるか?」
「硬い場所を砕けるんだから、どこを狙っても砕けるって事じゃないですか?」
「道理だ!」
とは言え、多分筋肉の上から殴っても砕く事は出来ないだろう。関節や腱、鎖骨を狙うのが正解か?本当は頭を揺らして動きを止めたかったが、どうやら首周りの筋力も強化されている様だ。
そこに更に腕を力任せに振り回してきたので、一歩踏み込み、打点をずらしつつ脇下から盾で殴りつけて肋骨狙い。
明らかに長すぎる腕が邪魔で、密着状態が一番の安全圏になってしまっている。
ベガが飛びのこうとした所で、足を重剣で地面に縫いつけ、
壊剣術 天沼
逃がさず、そのまま下から顎を盾で打ち上げた。
今度は体が逃げられず、衝撃がかなり脳を揺らしてい様子だ。
打ち上がり、戻ってきたベガの顎に向かって、
武技 鐘突
頭突きを食らわしてやると、そのまま後ろに、ぐらぁっと仰け反ったベガの下腹部を蹴り上げ、更に盾で殴りつける。
「ぐ……ダイタイシトウキン……ヒラメキン……ヒフクキン…………」
殴られながら再び筋肉の名前を呼ぶベガ。
「パンプアァァァァァップ!」
筋肉が膨れ上がる勢いで引き抜かれた重剣を手に取り、
武技 撃突
ベガを弾き飛ばして、距離を取って様子を見る。
「はぁはぁはぁ……くっくっく!やるな~。だがお前はまだ自分の筋肉を信じ切れてない。だからそんな小技に頼るんだ。はっきり言って俺と密着状態で吹き飛ばされない重量と筋肉を持つだけで稀有な存在だぞ?もっともっとお前のパワーを感じさせてくれよ!」
脚も膨らみ上半身と下半身のバランスの取れたベガが言う。
しかし現状押しているのは自分の方だし、言う事を聞く意味あるのか?
脳筋との闘いだと思って熱くなっていた血液がいつの間にか、冷えているのに気がつく。
何だろうか?パワーだけなら今まで筋肉を交わしてきた相手の中でも有数なのは間違いないだろう。
しかしそれは集団戦で巨大な敵と戦う時と変わらない感覚、冷静に追い詰めていくだけだと自分の中の何かが囁く。
そこに、ベガのミドルキックが飛んできたので、あえて脇腹で<防御>しつつ、更に背が高くなったベガの胸部に重剣を突き込む。
「「ぐぅぅぅ」」
意図せず声が重なり、お互い相応のダメージを確認しあう。
高い再生能力があるベガが胸部攻撃で苦しむ理由、それは事前に聞いてた核がそこにあるからだろう。
「クソが!他人の弱点を見つけて嬉しいか?パワーで圧倒して破壊してこその快楽!筋力を鍛えた甲斐があるってもんだろうが!それを一体何のつもりだ!」
「世の中には剣が通らない筋肉もありますよ?」
「ミノタウロスか!俺だってアレに産まれたかった!なんだったらケンタウロスでもいい!大抵の獣人ってのは皆産まれついて筋肉に優れていやがる!」
「あなたは違ったんですか?」
「そうさ!俺と同種の連中は歌舞音曲に頭脳労働さ!【馬国】に生まれながら平原に出ず都で暮らしてるか、山奥の魔物のあまり出ない地でひっそり暮らしていやがるんだ!生まれで何でこんなに差があるんだ?」
「でも皆違うからそれぞれの役割を得られるんじゃないですか?」
「うるせー!俺はパワーが欲しかったんだよ!どんな理不尽も捻り潰す圧倒的なパワーがな!筋力こそパワーだろうが!」
なるほど、四天王ベガに自分が高鳴らない理由が何となく分った。