265.四天王ベガ
目の前には大柄な一人の男、そして土を引いただけで場外も何もない簡素なリングの外、一番高い場所でこちらを見ている二人の女性、そのうちの一人が立ち上がり何かもめている?
大方自分が出てきた事に対する抗議なんだろうが、その辺は織り込み済みでやってる話みたいなので、自分が気にすることじゃない。
「ふん!フロリベスの奴何を今更焦っていやがる。クックック……しかしアイツもここの所、尽く当てが外れる。落ち目ってこういう事を言うんだろうな」
「あなたが四天王ベガですか?仲間の落ち目がそんなに楽しいものですかね?」
「いやちょっと皮肉な気分だっただけで、楽しいのは別の理由さ。何しろアイツの予想じゃ敵は炎の巫女だったんだからな」
「ガイヤさんの事、知ってるんですね。それなら現状【闘技場】最強のニューターが出た方が、楽しかったんじゃないですか?それとも勝ち目が上がった事が嬉しいと?」
「そんな風に見えるか?俺はお前と戦いたかったよ鉄壁の不屈!別にコレを言った所で俺が不利になるもんでもないから教えてやる。炎の巫女の使う火精は多分俺にはほとんど効かん。お前の仲間の黒い鳥野郎がいるだろう?アイツはあんな形だが、あらゆる精霊の力を無制御でぶっ放してくる凶悪な使い手だ」
「何でも四天王ベガは攻撃を喰らうと耐性を得るとか?」
「その通り、何度も死に掛け、いつかアイツにも復讐せにゃならんが、でもまずは目の前の事からだ。俺にかすり傷でもつけたけりゃ圧倒的な物理しかない。だからお前を見た時、やっと敵足りえる相手を見つけたと思ったぜ」
だんだん熱を帯びてくる視線に捕らわれそうになるのを無理やり引き剥がすように、リングの外を眺め、
「そう言えば立会人ってのはどこにいるんですか?」
話題を変えて、一旦頭をクールダウンする。
「俺達とお前達に対して完全中立を保てる奴が、世の中にいると思うか?」
「いないと思いますね。しかも他所じゃ邪神の化身復活でてんやわんやですから、そこが一番不思議だったんですよ」
「だよな~くっくっく。俺達を抑え込めるほどの影響力のある奴なら、最初から俺達を潰せばいいもんな。ここに集まった奴らを黙らせる程の実力者で中立……そんな奇特な奴がいるんだよ!これが!」
その時女性二人がいるのとは真逆の片隅に尋常ならざる気配を感じた。
「どういう素性のヒトか知りませんけど、あまり気にしない方が良さそうですね」
「利口な奴だな。もっと筋肉に任せて暴れるイメージだったが、お前はまさか脳筋じゃないのか?」
「どうでしょう?でも自分の相手は邪神側にもかかわらず、脳筋と称えられる人物だ。それを越える事が出来るのならば……あるいは?」
「ふん!お前はもっとお前の筋肉に自信を持っていいと思うがな。ちなみに上の奴はこの世界でも有数ながら、神や邪神やよりも己の技を極める事を優先する求道者共だ。はっきり言ってイカレてる。善悪じゃない、強いか弱いかそれしか頭に無い奴。どちらかというと俺達側のような気もするがな?」
「俺達と言うのはあなたと自分ですか?」
ニヤニヤと笑う男の体が急に膨らみはじめる。明らかに異常事態だが、何故か妙にしっくり来る感覚に、
鋼鎧術 多富鎧
鋼鎧術 天衣迅鎧
自分にバフを掛ける。
[はじめよ筋肉の塊共]
しわがれているのに妙にはっきりと聞こえる声を合図に黒い重剣と黒い盾を構え、
壊剣術 天荒
殴盾術 獅子打
盾と剣に精神力を通して、四天王ベガにぶつかる。
まずは一振り斬りつければ、ベガは手にはめたナックルダスターで応じ、宵闇に浮かぶリングの真ん中で火花が爆ぜた。
いつの間にか身長が自分の二倍はあろうかという巨躯になったベガの拳はデカイ。今の攻撃は相打ちだったが、もう少し重量が欲しい所だ。
殴盾術 獅子錨
盾で地面を殴りつけつつ、周囲の重量を引き上げる。勿論自分もかなり重くなったが、コレでいい。
「おい、俺に術の類は効かんぞ?この術が石精のものか重精のものかは知らんが、既に耐性取得済みだ」
「じゃあ、丁度いいです。これは周囲もそうですけど、自分の重量も上がりますので、でかくなったあなたに耐性があって効かず、自分には効くなら願ったりの結果です」
そう言いながら、更に重剣を振りかぶり殴りつけると、蹴りで応じてきたが、その足首の半分まで重剣が抉りこみ、流石のベガも足を引いた。
「為る程な!くっくっく!いいじゃないか!この切れ味は術によるものじゃないな!コレじゃ耐性は得られないだが、それでいい!」
「そうですね自分の重剣の術は、剣身一体で自在にコントロールする物ですから、術を纏っているのは対術性能を発揮する為であって、威力は自分の筋力依存です」
言いながらも自分の黒い中盾とベガのナックルダスターが再びぶつかり火花を散らす。
それは文字通り、花が開く様にパッと散って土だけのリングを照らし、闇夜に浮き上がるベガの筋肉の一筋一筋から生まれるエネルギーを自分の視覚に焼き付けた。