252.北辺の怪物-本体-
それは何処かヒトを思わせる爬虫類、首は長いし、尻尾も羽もある。
しかし、二足歩行も可能に見える腿の発達した後足に、器用そうに見える前足、まるで甲殻鎧を纏った巨人が空中に浮いている。
羽がある割にそこまで動かしていない、それでも空中に浮けるのが神秘の生物の証拠なのだろうか?
誰がどう見ても、その姿は、
「ドラゴンだ……」
思わず呟いてしまっても、仕方がない。
その偉容はゲームの範疇を超えたカリスマ性を放ち、巨大怪獣に比べればはるかに小さいが、それはそれだけ小回りが利く証拠だ。
しかし飛び出した地面の跡を見れば、そのエネルギーは比べ物にならない程大きい事を理解させてくる。
急降下してくるそれに、思わず見とれていると……。
「おい!ぼさっとするな!」
言うなり【重装兵】隊を指揮して先輩達が前に立ちはだかり、吹き飛ばされた。
地面スレスレまで急降下し、すぐさままた天高く飛び上がる自由自在の北辺の怪物本体は、赤いドラゴン。クラーヴンさん達の装備のお陰もあって被害は少ないし、このまま決戦と行こう。
「すみません、次はあの術で落としますので、もう一度耐えてください!」
中盾を左手に持ち、いつでも打ち付ける準備をして待機、【術兵】から【重装兵】に術が飛び、再び戦列を組み直す。
何しろ敵は空中にいて、どこからでも好きに攻撃できるのだから、まずは地面に引き摺り落とさねば、陣形の意味を成さない。
空中を好きに飛び回る赤いドラゴンが、実はこちらの様子を伺っているのが、何故か伝わってくる。
「今!」
自分が叫ぶと同時に、盾を構えた【重装兵】に敢えて正面から突っ込んでくる赤いドラゴンが、再度【重装兵】を吹き飛ばした所で、
殴盾術 獅子錨
周囲の重量を上げて、ドラゴンを地面に落っことす。
だが、このままでは終わらない、すぐさま盾を背負い、
鋼鎧術 空流鎧
鋼鎧術 天衣迅鎧
走り出しながら、手を組み自分にバフを掛け、赤いドラゴンの羽根先に飛びつく。
武技 鋼締
案の定、自分の作った重力場程度では反発して飛び上がろうとする赤いドラゴンを物理重量でバランスを崩させた。
強制的に地面に引き摺り落とされた赤いドラゴンは怒り狂うように暴れるが、末端を自分に抑えられて、上手く動けない様だ。
そして、観念したかのように四足で立ち、ずるずると自分を引っ張って、そのまま口元に赤いエネルギーを溜め込む。
そして一気に放出。
これまでとは比べ物にならない程早い溜めにもかかわらず、あっという間に周囲を焼き払う。
ぶすぶすと残り火に焼かれながら、隊員達は再び立ち上がるが、かなり重度のデバフを負っている様に見える。
自分がここで羽を離せば、また空を飛んでしまうが、治療もしたい。
ちょっと迷っている間に、皮膜のようなドラゴンの羽に次々と【歩兵】達が背負っていた手槍が突き刺さる。
よく見ると手槍には返しが付いていて、そう簡単には引き抜けなさそうな構造になっている様だ。
「ソタロー!取っておきだ。コイツを倒して【古都】に凱旋しよう」
スペーヒさんが冷静に指示をくれたので、天衣迅外 と 空流鎧 を解除し、赤いドラゴンから離れて青と赤の薬を取り出し、
治療術 範囲回復
周囲の状態異常を回復した。
赤いドラゴンと睨みあう形になると、不思議とこのドラゴンは自分を知っているのだなと言う気持ちになる。
多分前哨戦の敵達の情報は共有されているのだろう。はっきりとドラゴンから自分と戦いたいと言う意思を感じる。
だが、敵は自分一人じゃ手に終えない巨体だ。
八陣術 彎月陣
囲い込んで、一気に削り倒す。
強力な火炎放射で何度も焼かれるが、その度に優秀な装備で耐え抜き、回復する。
それでも、流石と言うべきか【重装兵】達の持つ白い大盾が、破壊され光の粒子に変わってしまう物が現れた。
ドラゴンの背中側から攻撃役を任せている【歩兵】達にも被害が増えている。
だが、もう一息あと一息と、力の限り武器を振るいなんとかドラゴンを削り続け、最後の力を振り絞るようにドラゴンが後足で立ち上がった。
その口には巨大怪獣の時と同様の危険な光が溜まり、そのまま赤いドラゴンが上空を仰ぎ見る?
「油断するんじゃないよ!」
そこにミランダ様の術が発動し、ドラゴンの首を氷漬けにした。
重さに引かれたドラゴンが地面に顔面をぶつけてそのまま、発する光はただただ破壊のみしか感じさせない。
世界の理でも、攻撃性でも、殺意でもない。純粋の破壊の力が奔流となって、地面を消す。
文字通りただ消滅させるのみの力が発せられ、ドラゴンを取り巻いていた者達はすべからく吹っ飛ばされた。
自分も何回回転し、転び、地面に体を打ちつけたか分らない。
気がついた時には雪の上に倒れて、薄暗い雲を見上げていた。
戦場の中央では赤いドラゴンも自滅したのか、その場で苦しんでいるようだ。
回復しながら近づいていくと、ダメージの割りに元気にのたうち回っている赤いドラゴンがまるで鯉のようにも見えてきた。
何か違和感ある暴れ方だな~と思っている内に、ドラゴンから異臭が漂い始める。
どこかで嗅いだ事ある臭いだなと、口元を腕で塞いでいると、自分同様赤いドラゴンに近づいてきた【兵士】達が倒れた。