240.姐御
師匠から決戦術というか実質決闘術も習って、もう準備は万端!あとは装備が出来るのを待つだけだが、その数は1000人分と言う事で、今日の明日ので揃う量じゃない。
こんな時どうするのか!【闘技場】で調整だな。勿論クエストを受けてもいいのだが、いい加減出世しすぎだと思う。だから誰も倒せない北辺の怪物を倒せとか言われるんじゃない?
と言う事で辛い事があったら【闘都】へ避難。いつ来ても多くの人で賑わう喧騒の都は、沢山人がいるからこその独りを満喫できる。
そして、戦うのも一人だ。勿論いきなり数人と組まされて戦う事もあるが、今となっては上級【闘士】達から声をかけられるようになり、多人数戦はなくなった。
まあ元々多人数戦はそれこそ1000人戦までやらされる身だし、今更5人や10人で戦ったところで、ちょっと物足りないかもしれない。
フラッと立ち寄った【闘技場】でちょっと見学する事にした。
なにしろよく考えたら他人の闘技をちゃんと見た回数が少ない気がする。本当にもっと強くなるのなら、他人の戦い方をもっと知ってもいい筈だ。
師匠には攻撃力も防御力も上位に食い込んでいると言われたものの、逆に言えばそれでどんな相手と戦っても何とかかんとか紙一重と言うのは自分の技量不足の裏返しではなかろうか?
闘技の観戦料は本当に微々たるもので、誰でも楽しめる娯楽だと言う事が分かる。
対戦は一人が常識外れの鉄塊の様な両手剣を肩に担いでいる赤い全身鎧の人、相手はいかにも軽量で両手にショートソードを構える黒い革鎧の獣人?
身長は同じくらいか黒い方がちょっと高い位、装備の関係上赤の方がスピードでは不利だろう逆に重量とパワーでは分があるかな?と言う所だ。
開始と同時に高速で間合いに入る黒い方が、左剣でフェイントを入れつつ相手の横に回りこみ、右剣で首筋を斬ろうとするのを赤の方が肩当てで防ぐ。
スピードは歴然だが、最小限の動きで<防御>を間に合わせている辺り、赤の方の技量を思わせる。
正に自分に足りない物だなと、目に焼き付けつつ推移を見守っていると、黒い方の猛攻と呼んで差し支えないであろう連撃を、赤の方は最低限の動きで鎧と大きな剣を使って防いで微動だにしない。
もし自分の立場だったら焦って手が出かねないが、非常に慎重な赤の方の動き……。
「今の見たかい?あの黒い方が関節を打ったろ?あの関節攻撃と急所攻撃は隊長も得意だから覚えておいた方がいいよ」
急に話し掛けてきたのはいつもお世話になってる赤い髪のお姉さん。
「ガイヤさん、いつの間に横にいたんですか?」
「今さ。なんだい?隊長と自分を被せて見てたんじゃないのかい?おっ!ほら!今あの両手剣の柄で黒い方の顎をカチ上げたろ?ああいう小技が軽量級には効くから、ちゃんと見ておきな!」
「いや、本当に勉強になりますけど、なんで自分が隊長と戦うんですか?」
「だってあいつを追って【帝国】の【兵士】になったんだろ?じゃあいつか越える為に戦うんじゃないのかい?」
なんで同じ所属同士で戦うのか不明だが、確かにちょっと自分と隊長を被せた所もあったかもしれない。しかし、隊長ならあんな小技喰らわない。何しろ相手の手を読んだ様に動いて全部ブロックするから、そしてあの黒い方ほどアグレッシブに連撃を狙ってこない可能性すらある。
「戦う理由がないですし、ちょっと自分達とはタイプが違いすぎますよ」
その時、赤の方の両手剣が黒い方を捉えて薙ぎ飛ばす。力任せにしか見えない赤の方の攻撃は相当の重圧を感じられる。何しろ相手がぐしゃっと事故にでもあったみたいにくの字に折れるのだから。
「確かにタイプは違うかもしれないけど、それでも意識している相手がいると重ねて見てしまうもんさね。私もいずれ隊長に勝たなきゃならないしね」
「え?でも【闘技場】ならガイヤさんの方が強い筈じゃ?」
「だったらなんで二度も負けるんだい。確かにどっちも紙一重だったし、次は勝つ気でいるけどそう簡単な相手じゃないよ」
二度も?アレだけ強いガイヤさんが二度も負けるなんてありえるのか?だとしたら隊長ってのはどうなってるんだ?
集団戦ならば確かに他の人より強くてもおかしくないし、スピードも速いのは間違いない。でもどこかに弱点くらいあるだろう。全くガイヤさんの負ける姿が浮かばない。
「トップとか最強って言われる人達の強さの差はちょっと自分には分らないみたいです。もっと精進します」
「何言ってんだい?あんたも既に最強候補の一人だろうに!隊長が指名手配の今、集団戦最強は実質あんたの物だって噂だし、攻防共にかなり完成してる隙のない構成だろ?私が何の理由もなく話しかけたとでも思ってるのかい?」
「え?見かけたから話しかけてきたんじゃないんですか?」
「まあそりゃ見かけたから話しかけたんだけどさ。でも次タイミングが合ったら言おうと思ってたんだよ。そろそろ私と対戦しないかって」
え?急に振って沸いたような話に、今自分がどんな顔をしているかさえよく分らないが、多分間の抜けた顔をしているだろう。
何しろガイヤさんを目標にこの【闘技場】に来て、気がついたら向こうから対戦申し込みに来るのだから。