235.押し退ける
自分よりも頭一つ高く、簡易な鎧の下は赤い鱗に覆われているリーザードマンらしき人物は何も言わず、自分を見下ろす。
「おい!ソヘイラ様の輿の邪魔をするとは!お前どこの田舎者だ!」
「無礼者!このお方をどなたと心得る!」
「いいから道を譲れ!大変な事になるぞ!」
等と、リザードマンの後方から声が聞こえてくるが、今の自分の相手は目の前のリザードマンだ。
お互い目を逸らすことなく、真っ直ぐ見合い。視線は相手の目に固定しながら同時に頭を仰け反らせる。
武技 鐘突
こちらは冑、相手は鱗で覆われた額同士でぶつかり合い、
『ゴン……』
鈍い音をたてながら、お互い引かない。
首に全力で力を込められる時間は短い、だからここは根性で負けた方が退く事になるという事は自分にも分っている。
ここは街中であり、リザードマンは武器を抜く気もなければ、殴りあう気もない。
ただ真っ直ぐと我を通す。それが出来なければ酷暑に命を削られ続けるような苛酷な環境で生きる事は出来ないと、その一歩も引かない筋力が物語っている。
なんならまだ自分を試しているだけかもしれない。何しろ赤竜が自分の眷属として生み出した存在だ。生半可な相手ではないだろう。
リザードマンが手を広げた事で、少し自分が押し返しながらそのリザードマンの手を取り、頭と手の両方で押し合う形に変わる。
ギリギリと押し合っていたはずが、急に力を抜かれ体勢を崩された。そのまま投げ飛ばされてしまったが、手は離さない。
背中から落っこちて、リザードマンが逆光に笑っているようにも見えるが、まだ終わりではない。その腹に足の裏を押し付けて、手は引っ張り足は押し出す。
このまま腕を引っこ抜くつもりで足と手に力を込めていく。
「おい!貴様どういうつもりだ!」
「やめろ、我の張り合いに水を差すな」
「しかし、どんな理由があってこんな絡み方をするのか理由すら言わないまま……」
サイドから声が聞こえるが、語り合いを邪魔しないで欲しい。相手もやっと本気を出したようにただでさえ赤い鱗が燃え上がるようだ。
体の中を通して『メチメチメチ……』と音が響いてきて、そのままリザードマンの上半身ががっくり落っこちてきた。
「そこまでだ」
別のリザードマンが出てきて、今しがた戦っていたリザードマンに肩を貸す。
「(おい、お前行けよ)」
「(いや、クランマスターが行くべきでしょ。田舎者って言って罵ったんだから)」
「(リザードマンと術無しで渡り合うような奴が、なんで絡んでくるんだ?誰か何かやったのか?)」
さっき勝手放題言ってた人達はプレイヤーか?何をひそひそ話してるんだか?
まあ、用があるのはリザードマンだけだ。ちょっと話を聞いてみよう……。
「あなたが、赤竜様について問うものですか?」
女性の声がすると思ったら、輿から露出の高い服の女性が現れたのだが、この気候で火傷しないのだろうか?
よくよく見ると賭博の都で会った女性に間違いない、多分碌なヒトじゃなかろう。どうしたものかな?
「おい!ソヘイラ様の問いに答えられないのか!ヒッ!」
何か怒られたんだけど、ちょっと顔を確認した瞬間下向いちゃったのは何故だ?
「おやめなさい。あなたも何か警戒しているようですけど、赤竜様についてはお答えしますよ」
「あの、自分はリザードマンに話を聞きに来たので、失礼しますね」
「ふむ、赤竜様の眷属から話を聞きたいという事ですね。それなら場所を用意します」
そう言うなり、まだついていくともなんとも言ってないのに、歩き始める。
仕方なしに女性のあとをついていくが、輿に乗って現れたのに、徒歩でいいんだ?
大通りに面した一軒の白い四角い建物に遠慮もなく入っていった女性は、中にいたちょび髭の男性に一言二言話しかけるだけで、すぐさま建物の奥に部屋を用意させてしまった。
完全に自分の中ではマダム・アリン的な権力と財力でヒトをいたぶったり操ったりするイメージしかない。何かあったら逃げられるかな?流石に人数も多いのだが、駄目元で大暴れするしかないか。
奥の部屋の上座にあっさりと掛ける女性だが、どうするか?譲ると舐められるって言われているのだが、赤竜の情報も欲しいし、だからと言ってこの女性と筋力で決着つけても意味ないだろう。
「さて、まず名乗りましょう私はソヘイラ、この辺りの王の代理を任される者の娘に当たり、またこの国の奥地幻の街の代表の娘にもなります。先祖伝来の力で未来を見通し、それを人々に伝える事を生業にしてます」
なんか、偉いヒトみたいだし、一応名乗るだけ名乗っておいた方がいいのかな?それはそうか相手だけ名乗らせるなんてまずいもんな。
「ソタローと申します。【帝国】の【上級士官】を拝命してます」
「赤竜様について知りたい事は分っていますし、何を答ればいいのかも既に見えています。【帝国】北辺に封印されている赤竜の化身様と戦う為、情報を得に来たという事も理解しています。一点分らない事は話を聞きたかった筈のリザードマンを倒してしまったのは何故ですか?」
「立ち寄った【兵舎】で道を譲れば下に見られて不利益を被るから、例え二人しか道を歩いていなくとも押し退けろと言われたので」
「輿などはある程度身分のある物が乗っていますので、避けても下に見られる事はありません。逆にあなたほどの身分なら、動物に乗るか貴人の印を身につけて頂くとトラブルも減りますよ?」
「自分の体重に耐えられる動物がいますか?」
「無理ですね、それではこの羽飾りを服のどこかにくっつけて置いてください」
渡されたのは赤い鳥の羽が一枚、針がついているので取りあえずサーコートに刺しておくことにする。