231.国務尚書宅
案内されたのは【帝都】北部地域の大きな屋敷が立ち並ぶ一角、近隣の屋敷はいずれも雪に埋もれていて国務尚書宅だからと言って例外はではなく、これが国務尚書宅だと言われても見た目の特徴からは判別できない。
ただどの屋敷も庭先の雪がちゃんと手入れされているのは使用人などを雇う余裕はあるのだろう。
入り口は道に面した屋根壁のある扉で、中は余計な物の無いただの空間としかいえない部屋?
ちょっと悩んだが、多分屋敷の外と中を分ける空間なのだろう。温暖な地方の屋敷は普通に庭を通って屋敷内に入るが、庭も雪で埋る【帝国】の屋敷はこういう雪落としの間がある?
よくよく周囲を確認すれば、空間奥の屋敷の入り口横には呼び鈴もあるし、ポストのような物まで設置されている。
つまり、ここは一応敷地内ながら外と同等の扱いをされる場所であり、届け物があるヒトなんかは勝手に入ってもいい場所なのではないか?
そうでなければ案内の【兵士】が勝手に入って自分をここまで導かないだろうし、そしてそのまま自分を残して帰ってしまわないだろう。
呼び鈴は紐を引くタイプで静かな雪国に似つかわしい、か細くそれでいて金属とは思えないほど柔らかな音を鳴らす鈴だ。
「うむ、待っていたぞソタロー、靴を脱いだら端に寄せておけば温風で乾くからな。内履きは来客用の物が有るから好きに使うといい。少人数用の会議室は左奥薄青い花の飾ってある部屋だ」
てっきり使用人が出てくるのかと思ったら、国務尚書本人が現れて必要事項を全て話した後さっさと屋敷の奥に戻ってしまった。
多分相当忙しいのだろうに、それでも自分で出てきちゃう辺が、なんとも国務尚書らしいというかなんと言うか。
一点珍しい事といえば、基本【帝国】はどこに行くのも土足が普通なのだが、国務尚書宅はスリッパに履き替えがルールらしい。まあ自分も日本人だし家に上がるときは靴を脱ぐ方が慣れているので、何の問題もない。
靴は端に寄せて置く様にと言う事なので、壁近くに持っていくと確かに温風が吹いている。
セントラルヒーティングなのかな?まあ温かいというのは【帝国】内ではそれだけでありがたい事だ。
来客用と思われるスリッパを履いて、左手を見ればすぐに通路があり突き当りから一個手前の部屋に薄青いドライフラワーが飾ってある。
ちなみに突き当たりの奥は金色の何かのレリーフ、会議室の向かいは何かの蔓で編んだリースが掛けてあるのは、来客に説明しやすいようにする為だろうか?
広いホールエントランスが無い所から、多分パーティをやるような屋敷ではないと見ている。完全実用重視の仕事場兼休息所なのだろう。
取りあえず会議室に入ると、大きめの銅製のやかんから水蒸気がユラユラと出ていて『ご自由にどうぞ』とゲーム内言語で張り紙してあり、近くにはカップや茶葉まで用意してある。
誰がどう考えても貴族の体面を取り繕うとは思えない状態、やはり邸宅ではなく仕事場なんだろうと思い直して、取りあえず入り口に近い下座に着く。
そう間もなく、国務尚書が会議室に入ってくるなり、早速本題が始まった。
「さて、ソタローは北辺の怪物と戦った結果集団戦能力を高める必要に行き当たったという事でよかったかな?」
「すみませんお忙しい所、その件と出来れば赤竜の情報もいただけると助かります。とは言え、お忙しい事と思いますので、聞く相手か、場所を指定していただければ自分で調べます」
「いや、それは私から話した方が早いだろう。忙しいと言っても今は商人の相手だ。無駄な話が多くて少々辟易していた所だ。それに対してソタローの任務は【帝国】に代々伝わる非常に意味のある物だ。寧ろこちらに注力して時間をかけたいほどにね」
「そうでしたか、商人がわざわざ来るという事は、邸宅と聞いていましたけど、やっぱり仕事場だったんですね?」
「いや邸宅として先祖が下賜されたものを代々使っているのだが、仕事にも使いやすいように改装を重ねている内に1階部分は見ての通り、仕事用になってしまったのだ。2階は居住空間となっているので、入れない様になっているぞ」
「そういう事でしたか、だからちゃんと休む時には【旧都】の邸宅を使用してるという事ですかね?」
「うむ、私も幼少の頃は向こうで育ったし、時に帰ることもある。何より先祖は【旧都】出身だからな。【旧都】邸宅の土地が宰相と呼ばれた先祖の出身地でもあるのだ。さて、それでは本題と行こう赤竜様についてはどこまで?」
「赤竜が白竜様のように世界を守る一柱だという事は【座学】で理解しました。【砂国】の火山と見られる場所が支配領域ということで、火精と仲のいい存在だと考えています。そして北辺の怪物はその赤竜の眷属が邪神勢力に取り込まれた姿だという事も把握しています。なので氷精装備を揃えて【兵士】に装備させるのが、手っ取り早く敵の術から身を守る最善かと」
「まず火山と言うのはリザードマンの出身地の事だ。なので赤竜様についてもう少し詳しく知りたかったら【砂国】で聞き込みをするのが確実だろう。そして取り込まれた化身の事だが、どうやら鳥のように自在に飛ぶ相手だそうな。これについても対策の必要があるだろう。そして術耐性に付いては術でも対応できるぞ。言ってしまうなれば<戦陣術>だって術なのだからな」
国務尚書は腰を落ち着けて話すつもりのようだ。