229.赤き邪
大陸南方には火の河があった。
源流は山の山頂、いつも赤々と流れ触れれば石すら蒸発する火精の遊び場にして、あらゆる生物を拒絶する極限環境に神の代理として地を統べる赤き竜が一体棲んでいたという。
竜は戦う為に生まれた存在であり、いつか敵が現れる事を待つだけの退屈な日々に飽いた赤き竜は、普通では生きられない極限環境に適応できる眷属を生み出し、時には近隣の生き物に力を与えて、やはり眷属としていたそうな。
そのうちの一種が今も【砂国】にて生きるリーザードマンと呼ばれる爬虫類型ヒト種だとも言われている。
常に高温で、植生も非常に悪い地で少ない食料と熱で生きる者達にとって、その過酷な地こそ天敵の居ない楽園だったとも言われてる。
そして長き時を飽きるに任せて生きていた赤竜に転機が訪れた。
それはやっと世界を脅かす敵が現れた事だ。与えられた使命を果たす時が来たと勇躍する赤竜は、力のまま感情のまま暴れ回り、ついには邪神側勢力の一体とほぼ相打ちという形で、戦いの幕を下ろす。
その後は眷属達が世界を脅かす邪神勢力達と多くの戦いを重ねてきたが、ある時その眷属の中でも有力な一体、赤竜の化身とも呼ばれる赤き爬虫類が、敵に取り込まれてしまう。
その赤竜の化身は赤き邪神の尖兵となり、世界を脅かした。
ヒトを街をあらゆる生物と森を焼き尽くしながら北上する。そこが赤き者達にとって死の大地とも知らず、ただ力任せに、モノを知らぬかのように熱波を吐き出し続けた。
リザードマンにとっては気温の低下も行動力を奪う原因となるが、赤き邪にとっては己の体温など好きなだけ体内の器官で増す事が出来るのだから、空からちらつく白い破片など取るに足らない。
触れることすらなく身の回りからそもそも無かったかのように消えていく塵など、この世で最も無価値な物だとでも思ったのであろう。
赤き邪は気がつかなかった。雪は消える事で熱を奪うと、赤き邪の力の元が見えぬほど微量に奪われて行くなどと、想像もしなかった。
気がついた時には遅かった。ヒトと呼ばれる神側の白い塵同様触れるだけで消え行くちょっと面倒なゴミが、意思を持って自分を死地に誘い込んだなど頭を掠りすらしない。
襲い掛かれば散ぢりになり、また纏ってちくちくと攻撃してくる生き物の意思など、どうでもいい。ただこの白い死の大地から逃げ出したい、そう願った時には力を失い、逃げる事すら叶わない。
そこで初めてヒトと呼ばれる生き物を直視する。
何故神によって作られたかすらよく分らない卑小なる神の尖兵は、明確な意思を持ち、大群を一つの意図の元に動かし、強大な存在を脅かす能力を持つと理解した。
本能のまま感情のまま暴れ回り、ただ生きる為に機能と生命が一つになったような生き物とは違う。あらゆる矛盾した思考が一つに纏った時、異様とも言える力を発揮するのだと、そしてこのヒトと呼ばれる生き物を敵に回した赤い邪はこのまま滅びるのだと理解させられてしまった。
だが、それでも赤い邪は生きる事を選んだ。このままで滅びるものかと足掻き、抗い、命を奪う白い塵を隔離する為に地の底に潜り込む。
しかし、そこも溶ける事なき極寒の牢獄、なけなしの生命力を振り絞り、分離した一部を外に出し、太陽からの熱を吸収して生きながらえる。
例え極寒にして不毛、死の大地とすら呼ばれる北辺の地にも厚い雲を突き抜けて陽の光は届いてしまう。
眠りにつく時間が長くなればなる程に赤き邪のヒトに対する憎しみは増すばかり、何度トドメを刺そうと人員を送り込もうと、その一部にすら歯が立たず、追い返されるばかり。
と、言うのが北辺の怪物にまつわる物語だそうな。
この物語を伝えたヒトの主観が多分に含まれているが、キーワードは【砂国】だろう。
自分は賭博の街しか行った事無いが、情報収集のために再び赴かねばならないか。
さらに雪に奪われる力というのは多分熱だから、多分火精系の敵と考えて差し支えないだろう。そしてその力を奪う為にこの【帝国】でも特に寒い北辺の大地に誘い込んだというなら【帝国】内には北辺の怪物に対応する力が眠っている可能性も少なくは無い。
なにしろ、遠い昔のヒトが北辺まで引っ張っていったというのだから、何かあるだろう。
気合と根性と言われたらそれまでだが、探して損のある物でも無い筈?
取りあえず、クラーヴンさんには熱に対応する防具を作ってもらうとして、自分はどこから当ろうか?
……国務尚書か……何しろ白竜様について取り仕切ってるのがあのヒトなら、赤竜についても何かしら知っていてもおかしくは無い。
しかしいつも向こうから現れる国務尚書にどうやって会いに行こうか?
ここは他人に甘えるしかないか、いつも良くして貰っている上に我侭を言ったら、怒られるかも知れないが、
それでも絶対に切れる事無い縁と信用があると信じるあの人達に、頼んでみよう。