222.【帝国】東部-山深-
その後も普通の動物からちょっと捻ったような微妙な魔物達を倒しつつ、深い木々の間を進む。
森が深く木が多い分、雪が少なく自分にとっては歩きやすいが、時折引っ掛かる木の根を破壊しながら進むのは何となく申し訳ない気もする。
しかし、気がつかずに足に引っ掛かってそのまま引き千切ってしまうのだからどうしようもない。
もしくは踏みつけて圧し折ってしまったりとか?
木の根の折れる音は雪に奪われ、代わりに体の中を伝って内側から聞こえてくる不思議な感覚を楽しむ余裕も出てきた。
ふと、開けた場所に出るが、何となく嫌な感じがする。
何しろ急に森が途切れ、そして丸く開いた空間の先にまた森が続いているのだから、通常だとボス戦か?と身構える所なのだが、どうにもそんな気配もない。
妙に不気味で、一歩を踏み出す勇気が出ない。だがいつまでもそうしている訳にも行かない。
仕方なしと一歩踏み出そうとしたところで、少し離れた森から鹿が現れたので、ちょっと様子を見る。
魔物にしては妙に神々しいというか、角の周りにフワフワと緑の燐粉のようなエフェクトを発していて、なんとなく手を出す気にはなれない。
そのまま鹿が空間の真ん中までやってくると、ゆっくりスルスルと巨大化していく。その姿は以前大百足を踏み潰していた、あの鹿だった。
ゆっくりこちらに、顔を近づけ何やら匂いをかいだと思ったら、
「ふむ、それ以上踏み込むと沼に落ちるぞ?」
どうやらこの鹿、普通に喋るらしい。
「この空間って沼だったんですね。雪が積もっていたので気がつきませんでした」
「それは危ない所だったな。この森に住む生き物にとっては貴重な水場さ。それでヒトが何故こんな山奥に入りこんだ?」
「何か薬草の採れる場所があると聞いて、山を登ってきたんですけど」
「ふむ、確かにこの山は私の影響で薬草の生える場所が点在しているが、どんな薬草が必要なのだ?」
「のんびり薬草<採集>したかっただけなので、目的の薬草があるわけじゃないんですよね」
「なるほど、そんな事もあるのか。大抵は私を頼り病や怪我を治す為に入りこんでくるものだが、まさかのんびりする為にこんな山奥まで来るとは、ヒトの生息域からはかなり外れて危険もあるというのにな。まあいい。匂いから察するに近辺のヒトの使う<治療術>に関する薬草だろう」
そう言うなり、静かにピィーっと空に向って鹿が鳴く。
すると角の緑のエフェクトがフワフワと自分の足元に降りてきて、雪の上に草を生やす。
どうやらそれが薬草の様なので<採集>するが、赤に緑に黄に紫とかなりカラーバリエーションが豊富だ。
とり合えず生えた分を全部毟って鞄に納める。
「なんか、色々用意してもらってありがとうございます」
「いや、いいさ。私はそういう存在なのだから気にするな」
「そういう存在と言うのは?さっきも何か影響で薬草が生えるとか」
「知らずに来たのか、遠い昔同族達は角が薬になるからと乱獲された事があった。まあ弱肉強食というし、そこは気にしていないのだが、流石に数が減りすぎて困っていた時、最も寿命の長かった私にこの薬草を生やす力が宿ったのだ。乱獲を止めさせ、代わりに薬草を与える。私はそういう存在になったのだ」
「そうだったんですか、ヒトが乱獲したというのに、いまだにヒトに協力してくださってありがとうございます」
「いいさ。ヒトも薬が必要で同族達を狩ったのだろうからな。今ではこの森を荒らさずそっとしておいてくれるし、悪さする物が出れば狩りにも来てくれるし、それでいい。同族達も少しづつ増えて、程よい数で上手く生きているしな」
「ああ、それで前は渓谷の方で百足を踏み潰していたんですか?」
「そうだ。あれ以上大きくなられるとこちらの山の方まで登ってきかねなかったから、潰してしまおうと思ったところだったのだ」
つまり、この鹿は魔物ではなく、なんか不思議な力を与えられた鹿という事だ。余計な手出しをしないでよかった。ここは友好関係を築いて、そのまま大人しく帰るのが良さそうだ。
「あの、今後も薬草が欲しい時はここに来たらいいですか?」
「そうだな。ただのんびりしたいのなら、山の中を歩いて欲しい薬草を探しても構わない。いずれにせよ不必要に山を荒らさねばそれでいいさ」
「分りました。ありがとうございます。ところで今後、鹿さんはなんとお呼びすれば?」
「私はトナカイだ。霊鹿と呼ぶヒトもおるが、いつも何となく違うな~とは思ってる。まあ好きに呼ぶといい。薬霊トナカイとかが今まで呼ばれた名で一番しっくりきたか。まあ本当に何でもいいさ。あまり個体名にこだわらないからな」
そういうと、また小さくなって森の中に姿を消した薬霊トナカイを見届けて、踵を返して麓に向う。
トナカイと鹿の区別はつかなかったな~。あれがトナカイだったんだな。
何となく鼻が赤いイメージしかなかったから、全然気がつかなかったが、これから間違えなければ大丈夫だろう。
何か温厚そうなトナカイだったし。