217.結局もう一戦
「んも~ぅ、全ては筋肉で語ったも~ぅ」
じゃあ、なんで鼠のヒトの店にいるんだろう。
「はい、いつものミルクっす」
「やっぱり、闘技のあとはこれだも~ぅ」
牛だけに?
「あの、対戦ありがとうございました。おかげで筋肉の真実にまた一つ近づけました」
「それなら良かったも~ぅ。筋肉の真実が何かは分からないけど、【帝国】の筋肉をちゃんと刻み込んだも~ぅ」
「そうですね。もう体がバラバラになりそうですし、今日の所は早めに引き上げますか」
「そうっすか?ソタローと戦いたいという相手が他にもいるっすよ?」
「それなら、ぶつかった方がいいも~ぅ」
「しかし、今日の所は筋肉の回復に努めないと……やはり一回ずたずたになった筋繊維の超回復こそが、より高次元の筋肉への進化に必須の筈」
「ソタローの体は既に回復してるっすから、そんな物関係無いっす」
身も蓋もない。自分が聞いている筋肉の声はただの妄想だとでも言うのだろうか?
しかし、よくよく筋肉の声に耳を澄ませば、すっかり静まり返り、次の戦いへ向けての準備を始めているようだ。
「筋肉はなんて言ってるも~ぅ」
「次の戦いに対して、静かに備えてる感じですね。とりあえず相手を聞いてもいいですか?それ次第で自分の筋肉が判断します」
「分ったっす。次は本職の上級【闘士】っす。大盾と手斧を使う小柄で俊敏な相手になるっすね」
筋肉がシュンとした。この感じは乗り気じゃないな。
「小柄で盾に隠れる程の姿ながらその手斧の鋭さは風を切るようだと噂されるレベルっす。例え重装備の上からでも、滅多打ちにして倒しきる打撃力も持ち合わせてるっす」
筋肉がぴくっと反応したのは、ちょっと興味が湧いてきたのか?
「ソタロー、さっきから筋肉に聞いてないで、頭で考えるっす。確か炎の巫女と戦う事が目標だったはずっす。その為には上級【闘士】と戦える時に戦っておいた方がいいっす」
「そうでした。筋肉も大事ですけど、自分はガイヤさんと戦えるようになりたいんでした」
すっかり冷静になった頭で次の相手の事を考える。
素早く、しかも盾に体が全部隠れるなんて、相当固い相手と見ていいだろう。その上で鋭い攻撃が売りというのは、シンプルに危険な相手だと分かる。
しかも上級【闘士】となれば以前にも苦戦した記憶があるし、これはいい経験になるだろう。
牛頭のヒトとは筋肉だけで語り合ってしまったし、よくよく考えたら、筋肉しか鍛えられてないし何の経験にもなっていない。
更によく考えたら、このヒトなんで牛頭なんだろう?
「何かあったっすか?」
「いや、何で頭が牛なのかなって思いまして」
「それは、ミノタウロスだからだも~ぅ」
「ああ!そういう種族だったんですね!ミノタウロスって皆そんな筋骨粒々なんですか?」
「先祖代々筋肉に優れた者が多いも~ぅ。でも筋肉で武器も受け止められるのは俺だけだも~ぅ」
「へ~!じゃあ何かミノタウロスの戦士とかなんですか?」
「違うも~ぅ。ミノタウロスの族長だも~ぅ。ミノタウロスは木を伐って生活してるから戦士なんかいないも~ぅ」
「ああ、じゃあ戦わざるえない場合、族長が戦うとか?」
「皆強いし斧を使えるから、必要があれば誰でも戦うも~ぅ」
「それは凄いですね。一族全員が戦えるんですか!ところでその一族って皆語尾が、も~ぅなんですか?」
「全然違うよ。ただミノタウロスの雰囲気を出す為にも~ぅっていってるも~ぅ」
「雰囲気なんて出さなくても、その頭だけでミノタウロスだって分るから大丈夫ですよ」
「そういう事じゃないも~ぅ。いつも木が沢山の田舎に住んでるから、中々外のヒトと接する機会もないも~ぅ。だから誰でも安心して訪ねて来れるようにこういう喋り方にしてるも~ぅ」
やっぱり族長だけあって種族全体のことを考えて、キャラ作りしてるのか。筋肉だけじゃなくて人格的にもいい相手と戦えたな。
「……筋肉で語り合った割には、特に情報が伝わってなかったようっすけど、上級【闘士】との闘技はどうするっすか?」
「あっ!やります!やはり色んな相手との戦闘経験を積みたいので、よろしくお願いします」
「分ったっす。じゃあちょっと話しつけてくるっすから、ここで待っておくっす。どこの闘技場で戦う事になるかはまだ決まって無いっすから」
「分りました。お願いします」
鼠のヒトにはつっ込まれてしまったが、筋肉で語り合って種族的な事が分かる訳がない。
筋肉で語り合って、分る事は筋肉の事だけ!当たり前の話だ。
折角なので、自分もミノタウロスの族長さんに習って牛乳を貰い、腰に手を当て一気飲み。
「ぷは~!さぁてもう一戦頑張りますか!」