216.【馬国】の筋肉
指定の時間になったので【闘技場】に向かい、そのまま控え室に入る。
【馬国】の筋肉代表というのが、一体どんな相手なのか全く想像できないが、激戦の予感しかしない。
何しろ自分が来たら、声をかけるように言い置いて、実際に声をかけたらその日に闘技が決まるそんな相手だ。
それが仮に自分対策十分だと豪語する相手なら、こちらの闘志も上がるものだが、
筋肉をぶつけに来る相手というだから、なんとも危険な匂いを感じるのは仕方ないだろう。
呼び出しがかかり、いつもの一番慣れた土がひかれただけの場外すらないリングに出ると、ここが自分の闘技のホームだなと、何となく安心感が湧きあがる。
向かいから出てくるヒト影は、カピヨンさんを思わせる高身長かつ筋肉の塊に、
「牛の頭だ……」
しかも装備は布の腰巻一つといういでたち、武器すら持たない全身凶器系筋肉。やはり、危険な相手だ。
一歩近づいてくる毎にプレッシャーを感じ、全身の筋肉に血が巡り盛り上がる。全身がわななき、もう抑えきれない。
[鉄壁の不屈VS血を啜る猛牛 Fight!]
背負った盾はぶん投げ、震える手で剣を引き抜き地面に突き立てる。
壊剣術 天沼
鋼鎧術 空流鎧
鋼鎧術 多富鎧
鋼鎧術 天衣迅鎧
ここからは、純粋に筋肉の戦いだ。何しろもう自分の筋肉はそれしか受け付けない。
牛頭が危険な表情でにやりと笑う。
相手が左手の平を見せるように差し出してきたので、自分は右手でそのまま応ずる。
立ち上がりは、お互い声の出ぬまま、握りつぶしあい、同時に押し合いながら主導権争いとなった。
渾身の力を込めた攻防は、まるで自分が相手で、相手が自分のような渾然とした不思議な感覚を呼び起こし、どちらからともなく、
武技 鐘突
頭突きがぶつかり合い、お互い頭が後ろにはじけ飛ぶ。
正直な所、尋常じゃない硬さの仮面風冑をしている自分と、同じような防御力を発揮する牛頭は、どう考えてもおかしいのだが、今はそれが当たり前だと心の奥底にストンと落ちてくるものがある。
再び、どちらからとも言わず、自分の左手と相手の右手も組合い、両手での駆け引きが始まるが、それはタイミングをはずそうとか、そういった類のものではない。
寧ろ、どうすれば相手の全力を引き出せるのかを探るような、お互い心の中ではもっと出せる筈だぞ!と勝負とはまた違った次元でお互いの筋肉に問いかけている感覚。
そこで、敵が腕を捻りこみ、そのまま投げに移ろうとしてきた。
だが、今の牛頭と自分は筋肉で繋がっていて、あらゆる動きはお互いに分かり合っている。
投げる為に自分の下に入ろうとしたところで、牛頭を膝で蹴り飛ばす。
しかし、繋がって理解しあっている以上その動きは完全に読まれていて、寧ろ膝に頭突きを喰らう。
体勢が崩れたところを投げ飛ばされるが、こちらも伊達に 空流鎧 を使っていない。投げられながら体勢を整えて、足から落ち、
相手の開いている脇腹に膝を打ち込む。
同時に牛頭の角で鳩尾を突かれ、ウッと息が詰まるが、それはやはり相手も同じだ。
お互い手が離れたところで、牛頭の大振りのパンチが自分の顔に飛んできて、代わりに自分のローキックが相手のアキレス腱にダメージを与える。
大振りのパンチと侮るなかれとばかりの威力、まるで頭に地震が起きたかのような揺れに昏倒しかけ、倒れこみそうになったが、
同時に牛頭も体勢を崩して前のめりになったので、お互いの体がぶつかり、お互いの体重を預けながら、止まった。
頭がくらつき、殴る蹴るで相手にダメージを与えられそうにない自分と、片足をやった牛頭の考える事はやはり同じ、
武技 鋼締
体重をかけながら身長差を利用して押しつぶしてくる牛頭に、自分は下から内側に入って肋骨を直接潰しにかかる。
メキメキメキメキという体内の音が、最早どちらの音かすら分らない。
これが筋肉と筋肉のぶつかり合いかと、完全に相手と同調し勝負だと理解ながらも、相手の筋肉を称えあっている。
この時間が永遠に終わるなという感情と、もうあと一息分酸素を使い切れば動けなくなるという体の悲鳴がない混ぜになり、不思議と涙が落ちる。
ゴキゴキという異音と共に、自分は膝から崩れ落ち、牛頭は後ろに背中から倒れた。
ただ大きく息を吸い込む事しか出来ない。
妙に静まり返った会場の観客達がどんな気持ちなのか、斟酌する余裕もない。
自分は既に全てを語った。そして【馬国】の筋肉を受け取った。
ゆっくりと立ち上がり、会場を後にする。この勝負に勝ちも負けもいらない。
なぜならこれは、戦いではなく、筋肉がより昇華されるための儀式だったのだから。
全力を使い切り、全身の筋繊維がずたずたになっている。例え医者がそうじゃないと言っても、筋肉はそう言っている。
しかし、この筋肉が修復される時、また自分が生まれ変わるのだと、その確信が自分を満たす。