206.賭博の都-夜-
日が傾くにつれ喧騒が広まる賭博の都は、昼夜逆転型のヒトが多いのだろうか?
いかにも賭場で働いてそうな怪しい風体のヒトから、お金持ちを乗せているであろう馬車まで、昼の間はどこにいたのだろうかと、ちょっと疑問に思う程だ。
昼とは大違いの冷たい風が吹き抜けるも、ヒトの熱の所為か、それとも装備の性能か、あまり寒いとは感じない。
陽が落ち、遥か向こうの空がちょっと紫がかっている程度で、殆どの空が黒に染まっている筈なのに、星が全然見えない。
代わりに空をドームのように光の粒子が乱反射しているかのようだ。
この都の本領と言うか、夜の賑やかさと明るさは他の地域では中々見れるものではないだろう。
だが、そこに一抹の虚しさと寂しさを教えてくれるのは、裏路地で倒れて月を仰ぎ見るヒト。
まるでスポットライトのように月が彼を照らし、絶望というものを演出している。賭場だし、全財産でもすっちゃったのかな?
あまりじろじろ見るものではないかと、すぐに立ち去り、とある一軒のあまりガラの良くなさそうな賭場の前を通り抜ければ、男の叫び声が上がる。
何事かと外から中を覗けば、一人のスーツの男が店員らしき男の指を圧し折っている。
止めに入ろうかとも思ったが、このゲームでは賭場は20歳からなので、やめておく。ここは大人に任せよう。
だって折った方が悪いのか、折られたほうが悪いのか、自分じゃ区別つかないから。悪くない方の腰を圧し折ってしまったら、多分怒られるだろう。
とあるお店には幾つも馬車が停まり、きっとお金持ちが集まる店なのだろうと思わせるが、何となくそこで降りるお客さんは勢い込んで興奮気味だ。
そしてお金持ちの周りには必ずと言っていいほど、護衛らしき手練風のヒトが付き従っているものの、そこまで強そうなヒトはいない。
一人自分の視線に気が付いたのか、睨みつけてきたので、用件を聞こうと思ったら、すぐにプイッと店の中に入っていってしまった。
手には水晶の飾りを持っていたが、どういう役目のヒトなのだろうか?
「あなた裏切り者を制裁に来たのね?」
「えっと?」
ふと急に露出度の多いドレスのお姉さんに声をかけられたが、どう答えたものか?
「いいわ、別に詳しい話を聞きたいわけではないもの。ただ常に警戒を怠らず、違和感を感じ取って対処できれば、味方が一人増えるわ。その味方はあなたが、強大な敵と戦うときにも手を貸してくれるわ」
それだけ言うと、店の中に入ってしまう。そして扉にはさっきの手練風の男が待っていた。
なんだか分らないまま、とりあえず夜の都散策の続きといこう。
何しろ殆どが自分では立ち入り禁止、賭場に酒場ばっかりで何かしようにも散歩くらいしかやる事がない。
気が付くとやたら長い壁沿いに歩いていた。そして壁の向こうには例の大きな樹が見える。
やっと切れ目を見つけたと思ったら、御屋敷の門だった。
「何か御用ですか?」
「いえ、散策してたら辿り着いただけでして、向こうに見えるのが『賢樹』様ですか?」
「ええ、その通りです。その服装から見るに、相応の身分の方と思われますが『賢樹』様に面会希望の方ではないですか?」
「いえ、自分はしがない【上級士官】ですので、別にお構いなく」
「【帝国】は【上級士官】ともなれば、面会に十分な身分と思いますが?」
「そうなんですか。ただ自分はこのあと『マダム・アリン』の所に行かねばなりませんので」
「ほう……。それはお気をつけて。あなたはとても素直そうに見えますので」
「それはどうも」
どういう意味か分らないが、やはり評判が悪いんだなマダム・アリン。
しかし、そろそろ向ってもいいだろう。一体誰が魔石の裏取引なんてやってるのだろうか。
そして何でまたよりによって夜会をやる日に取引するのか、謎は多いが百聞は一見にしかず、裏切り者がいたら殴るのみ。
目的の屋敷に辿り着いたが、よく考えたら自分は一体誰の代理人として夜会に参加するんだろうか?
【王国】の金持ちの代理人だ!で通じるほど甘くないよな。
「おっ!ソタローか?聞いてるぞ、私のスポンサーの代理で招待されてるんだろ?」
「あっ!ガイヤさん!自分が誰の代理人なのか知ってるんですか?」
「逆に代理人なのに、誰の代理人か知らないって……。まあいいさ今回この夜会はかなりキナ臭い事になるらしいじゃないか?だから私もこうして、代理人の一人として来たわけさ」
「代理人の一人って、言いますけど……そうか最悪武器を使う事は出来ないかもしれないんだった」
「そうさ。いざという時の戦闘要員としてきたんだが、ソタローは聞いた通り黒いローブ姿だし、やっぱり私の出番がありそうだね」
「コレはフロックコートって言うらしいですよ?」
「へ~男の正装の事はよく分らないね。まあ虎穴に入らずんば虎児を得ずと、あえて敵地に踏み込もうよ」
「そうですね。自分もそれを目的に来ましたし、否はないですよ。ところで夜会って何するんですか?」
「さあ?美味い物食べたりするんじゃないか?」