205.情報収集
これが現実なら絶対についていく事はないが、今はゲームの中なので敢えて危険そうな雰囲気のお兄さんに連れられ、あからさまに危険そうな裏道に入った。
何しろこのNPCかなり弱い、色んなヒトと戦ってきて分る強者の雰囲気というものがまるでない。にもかかわらず自分に絡むという事は、話にならないほど弱いか、そう思わせるのが上手か。
興味の部分も手伝って、敢えてこうしてついてきた訳だが、周囲の微妙に荒さんだ雰囲気の建物から感じる視線は、もしいざともなれば援軍でも出てくるのかな?
そうなったら足の遅い自分には逃げる事が出来ないので、一人でも多く巻き込むのみ。
「さて、ちゃんとついてきたのはいい度胸だが、もう一度聞くぞ?金を払うか、痛い目を見るかどっちを選ぶ?」
「じゃあ、痛い目見せて知ってる事を洗いざらい吐かせる方で」
「はっ!いい度胸だ!」
言うなり飛び掛ってくるが、軽装にもかかわらず遅い上動きもバラバラ、大振りのパンチを顔面の仮面部分で受けるが、何の痛痒もない。
寧ろ拳を痛めたのか顔が引きつるが、お構い無しに、
武技 鋼締
両腕をロックするように、締め上げる。
「あばばばばばばばば」
「何でもいいから喋りたい事喋りなよ洗いざらい」
「しゃべ、しゃべ、るるるるる!たたたすけて!」
「助かるかどうかは君次第だから、さぁ!ほら!好きなだけ喋りな?」
ほんの少しだけ腕に力を加えるとミシミシ音がするけど、まあ流石にそこまで脆い訳もないかと、ジワジワ力を加えていく。
しかし、やせ我慢なのか本当は実力者だったのか一向に喋らない相手。仕方ないので本気で締め上げようとすると、
「ちょっと待ってくれ。そいつは箸にも棒にもかからん様な小悪党だが、殺される程の事はしてない筈だ」
後ろから落ち着いた低音ボイスで声がかかる。
「でも絡んできたのはこのヒトだし、何も喋らないって事はまだ余裕があるんだろうから、断ります。離した瞬間攻撃されても困るし」
「それはないから安心しろ。そいつはもう失神している」
仕方無しに腕を離すと、確かに失神してそのまま地面に転がってしまった。
いつの間にか集まっていたギャラリーから数人担架を持ったヒトが近づいてきて、失神した相手を乗せてどこかに連れて行く。
「(駄目だこりゃ)」
「(ああ、ただ締めるだけで腕も肋骨も原形を留めてない)」
「(ヒトの筋力じゃこうはならないぞ)」
「それで?この大人数で囲んで、どうするんですか?やるなら自分も得物を抜きますよ?」
「それは無いからやめてくれ。大方あいつが実力も分らずに絡んだのが原因だろうが、ここにいる連中はこの外側だけ華やかな都の片隅でひっそり生きてるだけの連中だ」
「そうでしたか。じゃあ自分はこれで」
「まあ待て、こちらも遺恨を残したままにして置きたくない。あいつに聞きたかった事、俺が代わりに答えよう」
どうやらこのスラム代表の様な落ち着いた人物は、話が分るようだし、最低限話を聞いておくのも悪くないだろう。
国務尚書は自分に情報収集のような事はしなくても大丈夫と言っていたが、念のためだ。
「じゃあ、この都の有力者の中に邪心教のヒトっているの?」
「いきなり核心か。駆け引きってモノを知らんようだが、逆に分りやすくて気に入った。答えは『いる』だ。『マダム・アリン』と呼ばれる金持ちがそうさ。元々大所帯の隊商を率いる家の生れでな、今も過酷な環境の【砂国】の輸送の一部を牛耳って貿易商として名を馳せる凄腕だ」
「お金持ちなのに、こんなスラムの一角まで噂が届くなんてよっぽど脇が甘いのかね?」
「元々【砂国】じゃ有名な一族だったからな。隊商が事故で全てを失い、一家離散。そこから今の地位につくのに、邪心教団の後ろ盾があったってもっぱらの噂さ。全てを失い、誰からも見向きもされなくなった所に、手を差し伸べてくれたのは教団だと……」
「何か直接話した事ある口ぶりだけど、知り合いなんだ?」
「ふん、【砂国】のヒトが落ちぶれて行き着く先の一つがここだからな。一応事情のある奴だし、昔馴染みの俺達にはそれとなく手を差し伸べてくれてる事も分ってる。あんたも事情があってそんな事聞くんだろうし、手だし無用なんぞ、俺の口から言えることでもない。だが、もしあんたに情があれば手心加えてくれ」
「自分の仕事は、そっちの女性じゃない。邪神に与して取引する身内を殴る事だ。中隊級ボス魔石の取引で何か知ってる?」
「中隊級って事は100人キャラバンか……大物だな。そんな魔石が早々売りに出されるものじゃないと思うが、そう言えば見慣れぬ【帝国】風の男が出入りするのを見たな」
「その【帝国】風ってのはどうやって見分けたの?」
「筋肉と制服だな。あとは夜の【砂国】で全く寒そうにしてなった所とかか?何しろこの辺は昼夜の気温差が激しいから、どちらに適応してるかで何となく出身が分ったりするもんさ」
「そう、ありがとう。出来れば自分の事はバラさないで欲しいけど、その辺はお任せするよ」
「ふん、命の危機にでも晒されなきゃ積極的にばらしたりはしない。誰が上半身と下半身を二つに分けられたいんだ?」
いくら自分でも、ヒトを真っ二つなんて事はしない。