203.疑わしきは秘密裏に葬る
【兵舎】の簡素で小さな会議室を借りて、国務尚書と対面……っておかしいでしょ!
偉いんじゃないの?世が世なら【帝国】の政治トップでしょ?皇帝が軍事のトップの予定だったんだから!
まあ、そんな文句を言った所で【帝国】は基本的に筋肉の感じるままに動くヒトばかりなんだからどうしようもない。
何しろヒトを動かすのは筋肉だからね!
「さて、ソタロー任務は【砂国】賭博の都で怪しげな取引を潰す事だが、質問は?」
「色々とありすぎて、逆に何から聞いたものだか分らないのですが、その怪しげな取引と言うのは?」
「うむ、詳しい事はわからぬのだが、碌なものではなさそうだ。疑わしきを罰する事はできぬので、ソタローにちょっと行って叩き潰してもらいたい」
「叩き潰してもらいたいって言うのは、具体的にどういう事なんですか?調査して明らかにするとか?」
「ソタローは【兵士】の中でも戦闘員にあたるのだから、調査のような煩雑な事は難しかろう?だからただ暴れて叩き潰せばいい」
「調査でもないのに何で自分が選ばれたんですか?叩き潰すのが得意な方は他にもいそうなものなのに」
「今回その取引に参加するのは【上級士官】の一人だ。そうなると大抵の者は面が割れているし、階級の低い者では、いざという時困るだろう?そうなると面があまり割れていなくて同格、しかも白竜様の楔を三つまで解放しているソタローなら発言力も十分と言う事にならないか?」
「分りました。現地に潜り込んで大暴れが仕事だとして、場所や相手、作戦なんかを教えてもらう事は出来ますか?」
「うむ、相手は【砂国】の有力者の女で場所もその女の館だ。潜入するのはその女の知り合いが『賢樹』様にお目通りする前に集まって開かれる夜会、こちらの正体を知られぬよう紹介者も用意してある。ソタローの仮の身分は【王国】のとある金持ちの代理人という事になっているので、静かにやり過ごせばいい。そして【帝国】側の【上級士官】だが、見れば分る筋肉だ。そいつをひたすらマークし、取引が始まったら潰してしまえ」
「作戦が雑すぎませんか?そもそも取引って何を取引するつもりなのかも分らないのに」
「中隊級ボスの魔石だ。何に使うかは分らんが、ソタロー同様戦闘員が持ってて財産になるものとなると、限られてくる。今回は魔石が有力というのが諜報員からの報告だ。いくら流通量が少ないからって、金を出せば手に入るものをわざわざ裏から手に入れるなんぞ、不気味でならない。そしてその有力者の女もきな臭い。軍務尚書が出てくれれば安心だが、あのヒトも若い頃暴れすぎて面が割れすぎている。特に後ろ暗い者達にはな」
何でまた自分が?とも思わなくもないが、多分何かニューターがやる事に意味のある任務なのだろう。
そして【上級士官】は自分の他は指名手配犯しかいないのなら、必然的に自分に出番が回ってくるだろう。
問題は相手も筋肉で戦闘員の【上級士官】しかもこちらは武器を使えない可能性があると来ている。
今迄何しろ戦う事ばかりだったが、夜会で静かにしてろって言われても、何にもピンとこない。そもそも取引を潰す為に暴れるって言うのが、どういう事なんだろうか?その【上級士官】をぶん殴って止めるだけだったら、何か圧力掛けて、夜会にいけない様にしてやればいいんじゃない?
「自分は【上級士官】をぶん殴って取引できなくすればいいんだと理解したんですけど、何でその【上級士官】に仕事なり何なり振って、夜会に出席させないように出来ないんですか?」
「そんな取引があると分からない内から、正式な手順で有給届けが出されていたからだ。だが逆にチャンスでもある。ソタローが暴れている間に他の調査担当者が調べれば、ここ最近の不穏な動きの理由の一端がつかめるかもしれない」
「不穏な動きですか?」
「前に話さなかったか?邪神の化身復活の噂だ。それに伴い、怪しい連中の動きが活発化している。取引に一枚噛んでいるかどうかは分らぬが【教国】第10機関なんぞはその最たるだな。だがそれだけでもなさそうだし、何ともな。そもそもこちらの切り札の一つである隊長を指名手配にしたのも【教国】だし、怪しさという意味では上げたらきりが無い」
「隊長を指名手配にすることと邪神の化身復活の関連性が全然分りません」
「分からなくていい、何しろ判然としていない事だ。ソタローはシンプルに世界を裏切ろうとしているかもしれない【上級士官】に痛い目に合わせてくれ」
「魔石売ったからって世界の敵にはならないと思いますけど?」
「堂々とした売買ならな?なにより取引相手の女に嫌な噂がある」
「なんですか?」
「『邪神教』と言って、邪神側に与する奴らがいるんだよ。その女はそんな組織と関わりがあると、裏の噂でな」
「その女に騙されているかもしれない【上級士官】をぶん殴って、取引を止める……素手で?」
「そうなるな。まさにソタローにしか出来ぬ任務というわけだ。受けてくれるな?」
「分りました。力を尽くしましょう」