196.賞品と意外性
【古都】はいつでも雪、ちょと前まで暑さと潮風でべとつく海近くで、過ごしてたとは思えないギャップだ。
クラーヴンさんは何かイメージが固まったとかで、ゴドレンの店に籠りきり……まあそれは平常運転か。
アンデルセンさんはあっちフラフラこっちフラフラ何やってるか分らない……がこれもいつも通り。
自分だけがカタログを前に溜息をついている。
何しろ優勝商品だけあって選べる幅がかなり広いのだが、装備関連はクラーヴンさんに任せてるし、これと言って欲しい道具もない。
強いて言うなら治療鞄かなとも思ったが、今使ってる物もレギオンボスの特典で貰った物だし、悪くはない。
衝撃波が出る剣で攻撃範囲広げるとか、地面を叩くと地響きで周囲の敵の動きを止めるとか面白そうなものはあるけど、何か術で代用が効きそうなんだよな~。
何より、ずっと意外性って言葉が頭の中でグルグル巡っている。何が出来たら意外なんだろうな?
重装備なのに滅茶苦茶早いとか?それは流石に軽装の人が可哀想だし、そんな仕様は存在しないだろう。
自分の特徴ってなんだろうって考えた時、筋力しか思いつかない自分が虚しい。
何か筋力をもっと有効活用出来ないものだろうか?
「無駄に筋肉ばかりつけすぎたのかな……」
言うともなしに呟いた一言に、
「ソタロー!そんな事を言ってはいけません!筋肉は絶対に裏切らない相棒!ソタローが信じないで誰が信じるというのですか!筋肉の無限の可能性を!」
言葉を聞く前から、バキバキッと言う常軌を逸した筋肉の音だけでカピヨンさんだと分る。振り向けば背中に鬼を背負う筋肉の化身がポージングをしていた。
これがドワーフ一強時代に風穴を開けた筋肉界の偉人かと、納得の存在感が自分の鬱な空気を吹き飛ばす。
今はこの頼もしい背中に、己の心の内をぶつけたい!その衝動に駆られた瞬間、全てを察したかのような深い慈悲を感じる笑みと共に、自分の肩を抱え、
「大丈夫!ソタローの筋肉も【帝国】の歴史に残る……いや!歴史すら変える筋肉になると大胸筋がそう言ってま……違うのかい?ヒラメ筋!そうかソタローは正攻法だけじゃなく筋肉のもっと多様な使い方を知りたいのですね」
どうやって知ったのか、筋肉が共鳴してしまったのか、自分の情報が筒抜けだ。
「実はそうなんです。【海国】の武闘会で優勝した賞品もあるので、何とかいい方法はないかと思案していたのですけど、中々しっくり来るものがなくて」
「では、まずヒトの体をよく知る事です。すなわち治療をしましょう。そうやって私も全身の筋肉と会話できる様になりました。小さな筋肉の声は小さいですが、全身無駄な筋肉というものは存在しません。まずは筋肉を知る事から始めれば、きっと筋肉は応えてくれます」
という事なので、まずは【古都】の軍付き診療所へと向かう。本当にこの国は公共のサービスが軍と密接に関わっている。
そこでは、多くのヒトが怪我か病気か待合室に大量にひしめき合ってて、伝染病でもはやったら大変だなと思ったが、よく考えたら殆ど病毒がはやらない為、療養地になる土地柄だった。
ヒトの熱で妙に息苦しい診療所内を奥に進むと、空いている診察室に当たり前の顔をしてカピヨンさんが入っていく。
「え?いいんですか?」
「ええ、ソタローの筋肉の悲痛の叫びが聞こえたので、休憩にしていたので」
どうやって聞こえたのか、筋肉の共鳴とは理屈で説明する事の出来るものではない。
そして入ってくるヒトを<治療士>のスキルで見ると、足の怪我の様だ。まあそれは足を引きずっているので、当たり前なのだが……。
「足首の捻挫ですかね?」
「その通りです。これは痛み止めの湿布を出すのでマメに張り替えてもらうしかないですね」
すると、すぐ次のヒトに入れ替わり、
「腕だけ毒状態?」
「これは毒虫に噛まれましたね。解毒剤を処方しますので、毎日塗ってください」
「毒消しで消えるものじゃないんですか?」
「魔物相手に使う強い薬は普段あまり使いませんね。あれは死ぬかもしれない極限状態で、死ぬよりましだと使う薬ですよ。勿論全身中毒で放っておけば死ぬような状況なら別ですが」
「はぁ……なんとも迂遠な感じですね~」
「本来、自然治癒能力がありますからね。それを助けるのが基本です」
「術とかでぱーっと治しちゃ駄目なんですか?」
「ふふふ、気になりますか?ソタロー」
「え、ええまあ気にならないと言えば嘘になります」
「術での回復は一番有名な所で【教国】の<法術>ですね。次に水精や陽精が有名です。しかし<治療士>を使いこなすソタローにはもう一個選択肢が与えられます。これは早々教えるものではないですが……<医術士>という治療特化の職業スキルが存在します」
「医術って、手術したりとかですか?いいんですか!そんなの!」
「???術なんだから精神力を使用して治療するスキルですよ?媒介として医薬品を使用する事になりますね。どうです?覚えてみますか?」
「面白そうですけど、医薬品って言うのはどうやって手に入れるんですか?」
「まあ、軍の支給品か自分で作るかになりますね」
「じゃあ作る用のスキルも必要じゃないですか!」
「ソタローは<簡易調理>と<手入れ>を合成していませんね?」
「何で分るんですか?」
「筋肉の感じで分りますよ。そこに<採集>と<調合>をくっ付けると<野天者>になるから生薬調合すればある程度の物は作れます」
うん、もうその筋肉で大抵の事を理解する能力の方が欲しい!