190.理性的な対戦相手だった
今回の相手は一人で会場に来ていたみたいでセコンドはいなかったが、長居してもなんなので三回戦の予定だけ話し合って、すぐに会場から出る。
「対戦ありがとうございました」
「こちらこそ対戦ありがとうございます」
そして、前回同様会場外で対戦相手と出くわす。しかし、今回はちょっと様相が違う。
「おい!なに負けてんだよ!お前の所為でこっちは大損だぞ!よくそんな平気な面でいられるな!」
突然後ろからいきなり叫ばれたのだが、強敵相手にいきなりの侮辱。自分が怒るのには十分じゃなかろうか?
反射で後先考えず後ろ蹴りを下腹部に抉りこむ、もしかしたら対戦の興奮がまだ納まってなかったのかもしれないが、ただただ全力の蹴りをぶち込んだ。
筈が、対戦相手のブーディーが何をどうしたのか、するっと受け流して角度を変えたので、自分の思った通りにはならなかった。
「な!なんだよ!クソ!」
捨て台詞を吐いて、どこかに立ち去ってしまう謎の人物。顔を確認する暇もなかった。
「私の代わりに怒ってくださってありがとうございます。でも相手はただ損をしたのだから、そんな普通の顔でいられると苛立つと言っていただけですよ?」
「そうですけど、自己責任の賭けで文句を言っていい理由にはなりませんよ。何より正々堂々と戦った人相手に言っていい言葉じゃないと思います」
「その通りでしょう。しかし世の中には己は努力せず他人には文句を言いたい、そういう人が溢れています。その都度怒っていては損をするのはあなたです」
「そうですね。自分が短慮でした」
そんな話をしているとどこで何をしていたのか、クラーヴンさんが、
「おっ?何かあったか?」
「いや、失礼な人がいたから蹴り飛ばそうと思ったんですけど、ちょっと自分が短慮だったってい話をしていただけですよ」
「いえ、彼は私が侮辱されていると思って代わりに怒ってくれただけですよ」
「ああ、ソタローが怒る事もあるんだな。それならよっぽどの相手だったんだろ?ゲーム内なんだからぶっ殺せばよかったんだ。それで粘着してくるようなら、誰が動くと思ってんだ?」
「いや、そういう知り合い利用して偉そうな事をする気はないですよ」
「そういう、善性が濁らない様にする為にも、もう少し相手の話を聞くと良いかもしれないですね」
「まあ、過ぎた事だしあまり気にしてても仕方ないが、いつの間に対戦相手と仲良くなったんだ?」
「今会ったばかりですが、確かに学びの多い対戦でした。久しぶりに手応えのある相手と戦えて楽しかったですよ」
「いえ、こちらこそプレイヤーと一対一だと遥かに格上か、逆に弱い人とばかり当って、何をどうしたものか迷っていた所だったので、色々勉強になりました」
「ほ~……戦闘の詳しい事は分からんがいい戦いだったもんな。ソタローの力押しだったが」
「その力もちゃんと一から【訓練】しなければ身に付かないのがこのゲームのいいところですよ。最初は現実でやってる人の方が強いかもしれませんが、結局こうして私は負けてますので」
「確かに、防具の堅さと筋力任せになっちゃいましたね」
「まあ~どうやらソタローのその防具はまともなプレイヤーじゃ装備不可レベルらしいしな~」
「道理で!本当はあの蹴りで昏倒させて流れを変えるつもりだったのに、全然効いて無いから驚きましたよ!斬っても殴っても仰け反りすらしないとは思ったのですが、筋力特化だったとは!」
「……この前、筋肉祭典に出たのが原因かもしれません。コレより更に重い鎧で殆ど足が動かないまま殴りあうだけの祭典だったので」
「なんつうか、まじもんの脳筋じゃねぇか。ソタローの筋肉ならいい線いったのか?」
「確かに、気になりますね。筋力特化はどちらかというと【鉱国】の【壊し屋】とかになるので、ここまで対人で戦える筋力特化は珍しいですし」
「祭典は一応優勝しましたけど?それで賞品が筋力だったんです。ところで【壊し屋】って言うのは戦えないんですか?」
「優勝!賞品が筋力!!なんじゃそりゃ!はっはっは!腹が痛ぇ!」
「ふふ……うむ【壊し屋】はオブジェクト破壊を得意としてる職業になるから足も攻撃速度も遅い。ただ当れば酷い事になる」
「なるほど、足が遅い同士【壊し屋】は噛み合いそうだから気をつけなくちゃ。賞品が筋力ってそんなに面白いですか?」
「そりゃそうだろ!筋力は品物じゃねぇ!どうやって貰うんだよ」
「うん、本当にそう思った。スキルとか術を貰ったって事かな?」
「いや、祝福として、筋肉を愛する者達が日々鍛錬した結果を少しづつ分けて貰ったそうです」
「どんな超理論なんだよそれは!意味が分らなさ過ぎて、逆にこのゲームの解釈をもう少し考えなおさんといけねぇな」
「確かに、作りこむところはやたらリアルに作りこんでるのに、何で急にそうやって遊び始めるんでしょうねこのゲームは」
「知りませんよ!そう言われたんだから仕方ないじゃないですか!でも確かにそのおかげで多少筋力が増えたのは間違いないと思うんですけど、今は筋力でスピードに勝つ方法を考えてる所です」
「いや、今日勝ってたじゃねぇか」
「そうですね。すでに一線で通用するだけの飛びぬけた筋力だと思いますよ?装備の堅さと一振りで冷や汗の出る重撃。十分じゃないですか?」
「相手は隊長と剣聖の弟子なんですよ。スピード特化にも程があると言われてる人達」
「「あ~~~……」」
二人共言葉を失うって事は、やっぱりあの二人は相当なものなのだろう。