185.クラーヴン受難
翌日再ログイン。この日はまだ予選中なので、のんびり観光日にしようと思ったのだが、なんだか騒がしい。
自分の部屋から出ようとするとアンデルセンさんが、
「丁度いい。装備はクラーヴンに預けてあるな?じゃあ素知らぬ顔で抜けるぞ」
何の事か分らないが、装備は確かに予選後にクラーヴンさんに預けてあるし、問題ない。
一回に降りると人でギュウギュウだ。どうやら皆プレイヤーのようだが、自分達が降りてきた事には気が付かず、工房にいるクラーヴンさんを囲んでる?
クラーヴンさんの両隣には若そうな女性と子供の女の子が大人数のプレイヤー達の相手をしている。
「おい!鉄しか扱えないって話だったじゃないか!あれは嘘だったのか?」
「普段から鉄しか扱ってないから、他の素材は大した品質にはならんって言ったはずだ」
「いいから俺達にも装備作ってくれよ!」
「いや、出場者と生産者はタッグなんだからそりゃ無理だろ!」
「ソタローと組みたいから、本当は他の素材も使えるの隠してたんじゃないのか?」
「そんな事はねぇ!仮にそうだとして、タッグを組む相手を生産者が決めちゃいけない理由って何だ?」
「ずるいじゃねーか!金幾ら出せるか入札にするとか、勝負させるとかなかったのかよ!贔屓じゃねぇか!」
「こら!本当に!何でそうやって自分の事ばかり言うの!」
女の子の方が声を上げると一瞬静まったが、焼け石に水。あっという間に更に騒がしくなる。
「分った。じゃあまずこの冑を持ってみろ!プロトタイプとして作ったもんだ」
そう言ってクラーヴンが取りだすのは、歴史の教科書からそのままデザインを持ってきたような銀色の冑。それを詰め寄っていた戦闘職風の男に渡すと、
「うわ!重!なんじゃこりゃ!」
「今回用意された素材で作った装備はそのプロトタイプしか残ってねぇ!冑だけでその重量だ。全身装備して戦える奴がいるなら、言ってみろ」
クラーヴンさんの提案に冑を次から次へと回していくが、皆渋い顔をしている。
「こんなもん装備できる訳ないだろ!どうせ重量がかなり改善されてるんじゃないのか?」
「ああ、確かに重量は調整してる」
「お~い……」
「なんだよ。じゃあコイツを調整したやつを俺に!」
「何抜け駆けしてんだ!俺も金属鎧装備出来るぞ!」
「待て待て!改良ってのは寧ろ重くするって事だぞ?それでも軽すぎるって言われて、重量を倍にする為に厚みを強引に倍にしてるんだが、装備できるんだな?じゃなきゃ、あの強度は出ないぞ?」
またもやざわつく室内に若い女の人が仕切り始めるが、アンデルセンに袖を引っ張られたので、そのまま外に出る。
「まあ、お前の試合の後ずっとあの感じでな。入れ替わり立ち替わり話の分からん奴らがやってくるのさ」
「でもあのプロトタイプの方が自分の鎧の調整前と同じ重量ならかなり軽いはずですよ?」
「そうなのか?俺は重装備しないからよく分からんが、どいつもこいつも随分と苦い顔してたぞ?」
「う~ん、正直物足りないくらいの重量で何かフワフワして不安しかなかったと思いますけど、雪の中を歩く分には丁度いいのかもしれないですけどね」
「ほ~!じゃあアレか結局クラーヴンの装備頼りの軟弱者共が、生産職相手だからってデカイ顔してただけかもな。もし本気でクラーヴンが迷惑してるなら嵐の岬からも人を出して、護衛させるか」
「アンデルセンさんってそんな権限あったんですか?」
「一応な。ボスには許可とらにゃならんだろうが、でも駄目とも言わんだろうし」
「ところで、まだ今日は予選中ですよね。どこ行きますか?」
「あ?そりゃ予選覗いて、めぼしい相手くらいは見ておいた方がいいんじゃないか?」
「ああ……、何か自分の予選記念出場みたいな人ばかりで、なんかテンション下がっちゃって」
「見てたが、圧勝だったもんな。一応【森国】じゃクラン『隠忍』に最近入った薙刀使いが噂じゃかなりやるみたいだし、【砂国】の『ジオマンシー』も術士だけじゃ駄目だと刀術使いが出場してるとは聞いてるがな」
「そうなんですか!じゃあ剣聖の弟子以外にも強敵がいるんですね!」
「何だ楽しそうにして?あの予選、本当に不完全燃焼だったのか。5人抜きしてピンピンしたまま不完全燃焼って、随分とバトルマニアになったもんだな」
「別にそんな事無いですけど、ゲームで少しでも強くなりたいってのはおかしいですか?」
「いや、寧ろ健全そのものだ。なんだか分らないが頼まれたまま【輸送】を繰り返して指名手配になる奴よりずっといい。でもそんな奴が異常に強かったりするから訳わかんないんだよな」
「自分も初めて【訓練】した時やられてますし、その後も人間離れしているとは思いましたが、そろそろ一対一位はまともに戦えるようになりたい所です」
「じゃあ、やっぱり剣聖の弟子との一戦が鍵だな。あの二人は実力伯仲だって聞くし、いい線行けば隊長ともやりあえるんじゃないか?」
「そうですか、あの瞬間移動の達人と……」
何だかんだ言いながらも二人で予選を覗いたが、やはり目ぼしい相手はいない。