178.ロデリック
闘技が終了したので、いつも通り喫茶店へ戻ろうとすると、すぐに係りのヒトに呼び止められた。
賞品の授与があるからもうちょっと待ってくれとの事なのだが、完全に失念していた。今回は祭典だったのだ。
呼び出されて再びフィールドに上ると、自分の出入り口から中央までだけ道が盛り上がり、両サイドに水が流れている。
随分と器用にフィールドの形状を変えるものだなと感心しながら、一本道を歩き中央まで進み出ると、ごっついマッチョが一人ニコニコと満面の笑みで待ち構えている。
筋肉はテカテカと光り、頭部も完全に剃り上げられて、ぴかぴかだ。
上等そうな布の腰巻で下半身は綺麗でおしゃれだが、上半身が裸なのはよっぽど筋肉を見せ付けたいのだろう。何しろ筋肉から溢れる自信が尋常じゃない。
そして、野太いが自信と慈愛を感じさせる声で、
「優勝おめでとう!」
それだけ言って、手に葉っぱで出来た冠を掲げているので頭を差し出すと、それを載せてくれた。
すると空から柔らかい光が降り注ぎ、何か分ったような分からない様な不思議な感覚で満たされる。
「今日一番の祝福が君に与えられたようだ。それは全ての筋肉を愛する者達が日々鍛錬した結果を少しだけ分けてもらった物だ。感謝しなさい。でもへりくだる必要はない。何しろそれは君の筋肉が多くの者に認められた証拠なのだから」
それだけで受け取りは終了したのだが、どうやらこの葉っぱの冠はもう特に何の効果もないので記念品として貰えるそうな。
今度こそ会場を後にし、喫茶店に着くと案の定と言うかなんと言うか、ロデリックさんが待っていた。
チータデリーニさんがいなかったのはちょっと意外だが、まああのヒトはいつでも会えるしという事で、ロデリックさんからも話をうかがおうと思う。
「お疲れ様ですロデリックさん。先ほどは手合わせありがとうございました」
「うむ、想像以上の筋肉で年甲斐もなく張り切ってしまったな。いやはや【帝国】の未来は明るいが、その『さん』と言うのはやめたほうがよいぞ」
「すみません。よく色んなヒトに注意されるんですがどうしても目上だと思うと、つい付けてしまうんですよね」
「目上を敬う心や他者を尊敬し敬愛する心は、同時に己の驕りをなくす事につながりとても良い事だな。だがしかし【帝国】の風土には合わないという事も覚えておいた方がよいぞ」
「そうなんですか?何か習慣的にあまり敬称をつけないだけなのかと思ってました」
「そうか、だがまあニューターがそういった文化風習に疎いのは仕方のない事であろう。簡単に説明するとすれば【帝国】の国民性は独立不羈、質実剛健に尽きるのだ。大抵の国民が信奉する白竜様の言葉は知っているか?」
「子らよ強くなれ、待っている。でしたっけ?」
「その通りだ。しかし一向にヒトは強くならん何故だと思う?」
「すみません。分りません。自分もまだまだ習う事の多い身ですので、周りが皆強く見えます」
「ふむ、油断しない事は良い事だ。しかしソタローは既に十分な実力を備えているし、もっと自信を持ってもよいと思うぞ。自信と驕りは別物だが他者を敬えるそなたなら、問題なかろう」
「ありがとうございます。それでヒトが強くならない理由って言うのは?」
「あくまで我輩の考えだが、身分制度が悪い。何しろ貴族などと言う階級は心に贅肉がつく。ヒトに従うことが習い性になってしまった民は抗う心を細らせる。どちらにとっても害しかない事だ!ヒトは戦わねば生き残れない。しかしそれは頭ごなしに権力で従える事でも、無抵抗で隷属する事でもない筈だ」
「それでもロデリックは貴族ですよね?その位を返上する意思があるという事ですか?」
「うむ、他国の有り方に口を挟む気は毛頭ないが、こと【帝国】においては白竜様を頂点に据え、あとは平等でよい。無論皆一緒ということではないぞ」
「つまり、生まれつきの優劣は関係なく、そのヒトの持つ実力で序列をつけて、それを絶えず変動させるみたいな事ですか?」
「その通り!それでこそ緊張感を保ち、尚且つ上を目指そうと言う気概を持つこともできるのだ。しかしヒトだけではそれを行うことは不可能だ。だから白竜様という監督者が必要となる。何しろ白竜様は戦う存在として神より遣わされた存在だからな」
「つまり強さの象徴であり、ヒトが強くなることを望まれている白竜様さえ復活したら、身分制度を一旦全部無しにして、完全実力主義国家を形成しようということですよね」
「飲み込みがよいな!そもそもヒトの上にヒトがあり、支配したり裁いたり罪深いことだと思わぬか?」
「まあ、無秩序じゃ困ってしまうのは確かですよね。弱いヒトに皺寄せが行く事も自分は容認できません」
「そうか、その慈愛と敬愛こそがソタローの人格を崇高なものとしているようだな。息子達も惹かれるわけだ。だが安心せい!我輩も無秩序に弱者をいたぶるような輩は容赦せぬし、その点においてはきっとソタローと手を取り合えることだろう。そもそも我輩はソタローに一目も二目も置いておるがな」
「自分の筋肉ですか?」
「勿論筋肉もだが、それは今日手を合わせての事だ。一番は白竜様の楔を解放した事、本当は我輩がやりたかった事だが結局出来ずじまいだった大事業を実現してくれたろう?」
「確かに成り行きでしたが、三つまでは何とか。勿論他人の力を借りて何とかって感じですけど、でも瘴気が満ちるあの場所で活動出来るのはニューターだけって話だし、仕方ないんじゃ?」
「そうじゃな。何とかしたくて【教国】に出入りしている内に結婚して、子供ができてしまったのだ」
そんなこんな、セサルさんホアンさんの話を聞いたりしながらその日は過ごし、ログアウト。