177.筋肉の祭典 重量部門 黄金王級 最終戦
フィールドに上がると既に水嵩が腰まで来ていた。
フロートに掴まって少しでも体力を失わないように心がけながら中央地点に向かうと、
水の供給装置も沈み、相手側が良く見える。
そして自分が影を発見したのと同時に、突然相手方が水面を揺らす大音声でのたまう。
「よくここまで来たソタロー!我こそは【帝国】将の末席を汚す者!ロデリック!いつも息子達が大変お世話になってます!」
はじめこそ凄い威厳だと思ったら、誰かのお父さん?凄い綺麗な角度でお辞儀するんだけど、やっぱりその辺教育行き届いてるヒトなのかな?
息子達ってことは兄弟だから……あっ!
「セサル師匠とホアン師匠のお父様ですか?こちらこそいつもお世話になってばかりで、本当に気に掛けてもらってます。ありがとうございます。本当に恐縮ですのでどうぞ頭を上げてください」
すぐさま頭を下げて挨拶を返す。何しろ師匠のお父様がわざわざ挨拶してくれているのに、ぞんざいに返すなんて出来ないだろう。
「うん、やはり息子達にはでき過ぎた弟子のようですな。なんなら息子達ではこの祭典ここまで勝ち上がることすら出来ないでしょう。それを思えば、寧ろ息子達に【訓練】をつけて貰いたいくらいですな!」
「いえいえ、ここまで勝ちあがれたのも日頃師匠達の薫陶あってこその事ですから」
「ははははは!またまたご謙遜を!ハッキリ言ってこのフィールド、その装備で歩けるものが世界に数えるほどしかいないというのに、それでもまだ腰が低いとは恐れ入った。きっと目指すものや志を高く持っておられるのだろう」
話しながらもお互い距離を詰めていくと、やや身長は低めだが、その分圧縮したような盛り上がる筋肉の持ち主、それこそ鎧の上からでも分る程だ。
立派な真っ白いカイゼル髭と雪焼けした肌。ぎょろりと如何にも意志の強そうな目に、先ほどの声。
これが将というものかと納得させるオーラが、何故か心地いい。
武器は鎖の付いた鉄球で、
右手に鎖を持ち、顔の大きさより二周りは大きな鉄球を軽々と左手の平に乗せたまま歩いてる。
「あの、一つ質問です。どうやら自分の筋肉は凶器らしいんですが、それを自覚できていないらしいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」
「ふむふむ、やはり若人という事ですな。その力にまだ心が追いついていないというならば、息子達に代わって我輩が相手せざるを得まい。何しろ息子達では筋肉不足甚だしい。これだけ優れた筋肉を持つ者の本当の苦しみと言うものを分かってやる事は出来まい」
「え?師匠のお父様直々に!」
「それはそうだ。こうやって対峙しているのだから我輩もやる気で来た。挨拶しに来た訳ではない!何よりソタローは1000人を率いる試練の為、上官達と闘い実績を積む必要があるのだろう?ならばそちらも遠慮する理由はないはずだぞ」
そして、スッと本当に自然に何の殺意も感じさせず、上空に鉄球を放りあげた。
ピンッと鎖が張り詰めた瞬間に、真っ直ぐ急落してくる鉄球。重力加速度に遠心力が乗り、危険な速度で落ちてくる鉄球を避ける術がない。
何しろ腰まで水に浸かり、転がる事すら許されない状況なのだから……。
もし冷静だったら、盾で殴ったのあろう。それを何故か反射で、
壊剣術 天荒
重剣で思い切り殴りつけ、軌道をずらした。
衝撃で水柱が立ち、周囲一帯に水が撒かれ、虹の向こうにロデリックさんが映えてる。
鉄球を受けた剣を持つ右手は震えが止まらない、浅く擦っただけなのに尋常の衝撃じゃない。
「凄い一撃ですね。これが筋肉のなせる業ですか?」
「こんなものただの小手先の技術ですな。寧ろ力づくで【帝国】の隕石と呼ばれる我輩の一撃をそらしたソタローの筋力こそただ事ではない」
そう言いながらも今度は横振りに、頭上で回転させる時々鎖を腕に巻きつけているのは、距離を調整しているのだろう。
なんにしても近づかない事には勝負にならないので、水を掻き分けて進み、
横薙ぎに飛んできた鉄球を盾で打ち上げるように軌道を変えて下を潜ってかわす。
振り回しじゃ、大振りすぎてこのまま続けてもいなされると踏んだのだろうか?ここに来て鎖を持つ手を左手に変更したようだ。
そのままフワッと顔の前に投げ、丁度顔とロデリックさんの顔が重なったと思った瞬間に、一気に大きくなる鉄球。
顔に当たり、ひっくり返ってから、大きくなったんじゃなくて真っ直ぐ突き出したのだと気が付いた。
仰向けで水没し、鎧の隙間から入ってくる水に一瞬パニックを起こしそうになったが、ひとつ前の戦いで自滅したヒトを思い出し、冷静にうつ伏せに姿勢を変更しながら、
慎重に水面から顔を出す。
そこにまた飛んできた鉄球をとっさに盾で受け止めたものの、中途半端に受けてしまい、盾を撥ね飛ばされてしまう。
手から離れた盾はそのまま水没してしまったので、ここは諦めて間合いを詰めることを優先し、右手に持った重剣を頼りにまっすぐ進む。
再び真っ直ぐ正面から飛んできた鉄球を今度は剣で擦るように軌道を変えてやり過ごし、鉄球を引き戻す隙に懐へ入って肩口に一撃見舞う。
しかし相手も当然ながら自分同様超重量鎧を着ていて、そこまでダメージを負った様子がない。
寧ろ背後から飛んできた鉄球に突き飛ばされ、抱き合う形になり、しかも重剣まで取り落としてしまった。
やむを得ず覚悟を決めて、ロデリックさんを突き飛ばしながら、
鋼鎧術 天衣迅鎧
術で重量と筋力を増し、掴みかかると相手も自分の手に手を合わせてきたのでお互いの両手を掴み合いながら全力で押し合う。
ただひたすら奥歯をかみ締めながら押し続ける事どれ位経ったろうか?
一瞬でも気を抜けば持っていかれる均衡状態を破ったのは自分の膝。ずっと力を入れ続けた所為か、急に力が抜けガクッと落っこちた。
だが何故かそれに抗する事が出来ずにロデリックさんが崩れ落ち、そのまま縺れる様に二人共水没してしまった。
自分はうつ伏せに倒れ、ロデリックさんが仰向けに倒れた事が、勝負の分れ目となり、
何とか押さえつけて、ロデリックさんを上から押さえつけている内にギブアップされて勝ってしまった。
ゲーム内だというのにゼーゼー変な息をしながら控え室に戻ったが、結局自分は自分の筋力を自覚できたのだろうか?