172.水の【闘技場】
鎧の合わせが終わると、すぐに控え室に連れ込まれた。
祭典という位だから、てっきり開会式があって数日がかりで、何戦もする大きな大会をイメージしていたのだが、
どうやらこの祭典は一部の熱狂的な好事家の篤志に寄って成り立っているらしく、出来るだけ素早く合理的に進行する事が大事らしい。
よくまあそんな大会が大昔からあったものだと思ったが、筋肉好きは大昔からいなかった事がなく、この行事が途切れる事もなかったとか。
そして、組み合わせも何も発表されず、なんなら鎧の合わせが終わった順?
あっという間に呼び出され、控え室の中央に丸い陣と文様があり、その上に立たされる。
すると、どういう原理か知らないが床ごと持ち上がり、天井にぶつかる!と思ったら天井も一緒に持ち上がった。
床が止まると、そこは【闘技場】の様なので陣の書いてある床から離れると、乗ってきた文様が下がり周りの床と同化、
周囲はただの広い丸い円形【闘技場】地面は分厚そうな石が綺麗に並べられているが、妙に【闘技場】と客席の間に開きがあるなと【闘技場】外辺に近づくと、下には深く水が張っていた。
自分はただでさえ<水泳>を取得していないが、それでもこんな重いフルプレートじゃ溺れる事間違いない。
今まで闘技と言えば、重装相撲を除くとギブアップするか生命力を削り切るかだったが、
今回の祭典に関しては場外が設定されているという事だろう。溺死はいやだけども!
更に防具は合わせたが、重剣も盾も持ってない。重装相撲の時の様に武器無しでやるのかな~なんて考えていたら、
フィールド上にいくつかの宝箱が出現。しかもどれも脚が生えていて勝手に移動している。
そこでアナウンス。
[それではこれより、筋肉の筋肉による筋肉の為の祭典重量部門!黄金王級の予選を開始する!ルールは簡単!目の前の相手を倒すか場外に押し出すか!武器はフィールド上を歩いているから捕まえて、使ってくれ!今回の武器はスキルの制限を受けない特殊使用となっている。それでは!]
[Fight!]
うん、いきなり始まったが心は落ち着いている。
何しろ自分の向かい側に現れた相手も自分同様かなり重そうな全身鎧を装着しているのだが、さっきから、
ズ……ズズ!ズン!
このリズムで超スローな歩き方。
ちょっと参加する階級間違っているんじゃないか?一応自分は重いと感じてはいても別に普通に動ける範疇だ。
とりあえず、武器がなきゃどうにもならないかと、手近な宝箱を上から押さえ込み開けるとラッキー!中盾サイズの円盾だ!
ただ、やたらと重い。
正直盾一個でも結構苦しいのだが、相手は勝手に歩く宝箱にすら追いつかなさそうなので、一応もう一個開けてみると、
棘々の鉄球に鎖がついた物が入っていた。
重剣があれば一番良かったが、さっきの解説を聞く限りスキルと合わなくても武器は使えるようだし、試してみる事にする。
鎖を右手で持って鉄球を引きずり、超スローな相手のところに向かう。
自分の足音も大概、重い。
ゴンゴンゴン……と石床を今にも割ってしまいそうな硬質足音だが、まあ幸い床が抜ける心配はなさそう。
まあそんな脆い造りだったらこの会場でこんな超重量闘技なんかやる訳ないか。
そうこうしている内に、結構相手に近づいたので、鉄球を振り回して相手に向かって投げつけるが、大ハズレ!
スキルがなくても使えるが、スキルがなければ当らないのか!
仕方ないので鉄球を振り回しながら相手に近づくと、相手はまだ武器を持ってない。
振り回した鉄球が偶然頭にぶつかりそのままひっくり返る相手。
じたばたと手足を動かすが、一向に起きないと思ったらそのままギブアップ……。
特殊ルールの闘技なのに肩慣らしにもならないって、そりゃ酷い。
しかし愚痴を言っても仕方ないので、動く床に戻るとまたゆっくりと床が動き闘技場の下の控え室へと移動。
係りのヒトに盾と鉄球を渡すと、何かの引換券?の様な鉄片を貰ったので一応仕舞っておく。
控え室を出て周囲を見回すとすぐに鼠のヒトを見つけられたので、状況確認したい。何しろいきなり闘技が始まり一発鉄球が当ったら倒れて終わったんじゃ、何がなんだか分らないもの。
「あの、全部初めてのルールで面食らったんですけど、一応勝ったって事でいいんですよね?」
「そうっす!問題ないっす。その装備でも普通に歩くソタローのオッズが今変動したっす」
「オッズって賭け事の奴ですか?」
「そうっす。筋肉の祭典は伝統はあっても予算は少ないっすから、賭け事にした時の面白さと変則ルールの闘技が人気っす。邪道っていう人もいるっすけど、大抵の人はエンターテイメントだと思ってるっす」
「やたらと重い装備で足引きずって戦うのが面白いってのも、不思議ですね」
「普通のヒトとは違うぎこちない動きでシンプルに殴りあうっすけど、お互い分厚い装甲で中々ダメージにならないっすから、どうやって決着がつくのか分らなくて、予想外の大穴がくるのが勝負師達の心を揺さぶるっす」
「へ~!よくまあこんな事思いついたもんですね」
「何か元になるイメージはあるらしいっすよ。一つは黄金王、もう一つは今ではなくなってしまった文明に全身鉄で出来たヒトっていうのがいたらしいっす。それも遠い昔の事らしいっすけど」
ふむ、完全なネタ闘技だと思ったら一応謂れはある訳か、凝ってるな~。
しかし他会場のポージング部門とかどうやって、勝負しているのだろうか?