16.部隊戦『雪蠍-黒-』
自分が体勢を整えている内に、転げるように走り降りてきてくれた【帝国】兵達。
すぐに自分と似た装備の【重装兵】達が横に並び、壁となる。その中に組み込まれている内に先輩隊長からの号令が飛ぶ。
「よし、緊急だが部隊ボスのお出ましだ!相手は蠍型!毒尾に気をつけろ!【重装兵】が前衛!盾裏から出るなよ!」
総勢20人はいるのに、先輩が仕切ってしまって大丈夫なのか一瞬不安だったが、皆黙って従うので問題ないのだろう。
「よし!じゃあ『気合入れろ!』」
先輩の檄を背中で聞いていたら、急に心臓が跳ね上がるような感覚と異様な高揚感に、
気がついたら黒蠍に剣で殴りかかっていた。
「らぁぁぁい!」
自分が何かを叫んでいるのは分かるが、高まる感情のまま蠍を殴りつける。
相手の攻撃を待つなんて悠長な事は出来ない。積極的に剣で届く位置を潰しまくり、鋏の攻撃を盾で殴り返すように受け止め……。
単純な体当たりで吹き飛ばされた。
今日二回目の宙を舞う感覚。味方部隊の頭上を飛び越え雪の上に投げ出され、木々の間に分厚い曇天をみて、
自分が倒れている事を認識した瞬間には、立ち上がり再び黒蠍に向かって走り出そうとした所を、止められる。
文字通り動きを止められた。
かなり重装備でそれなりの筋力がある筈の自分が、あっさり動けなくなったのは、装備の首後ろを掴まれたから。
それだけなのだが、余りにも圧倒的なプレッシャーに振り返ると、到底ヒトとは思えないサイズの鬼が自分を摘みあげていた。
「まだ【熟練兵】成りたてですか?先輩は【士官】なので士気に慣れないと大変でしょう。取り敢えず<手当て>しますね。せめて完全な状態でぶつかって来るといいですよ」
圧倒的な存在相手にうなずく事しかできない。
しかし、自分とは比べ物にならない手際の良さで<手当て>をしてくれて、解放してくれる。
「はい、いってらっしゃい。強い相手とぶつかるのも経験ですから、存分にどうぞ」
そして再び熱に浮かされるように黒蠍に突撃!
しかし、さっきよりはホンノ紙一枚程度だが冷静な気がする。あの黒蠍よりも絶対強いと思える味方が後方で待ち構えてると言う余裕が、薄皮となって、興奮に浸りきるのを妨げる。
その冷静さが尻尾攻撃だけは絶対にかわせと語りかけてくるのだが、
やっぱり体当たりで跳ね飛ばされ宙を舞い、そこに待ち構えて<手当て>をしてくれる鬼のヒト。
流石に本物の鬼ではなく、やたら大きいヒュムだというのは分かっている。
そして更に冷静になり、前線に戻れば黒蠍が大きく尻尾を地面に水平に伸ばしてスピン。
広い範囲を薙ぎ払うような攻撃に、足元の雪が舞うを越えて、ただの礫となって襲ってくる。
それを耐える【重装兵】達に自分も加わり、文字通り壁となって黒蠍の攻撃を受け止める。
バチバチと飛んでくる雪の礫と、吹っ飛ばされそうな衝撃の尻尾が間断なく盾を打ち鳴らすが、今は我慢だ。
衝撃と音がやんだ瞬間に一斉に殴りかかり、更に自分達の背後からは槍を突き出して節々を穴だらけにし、
矢が飛んできては、黒蠍の目を的確に打ち抜く。
何度繰り返したか、気がついたらぺシャッと力の抜けた蠍をルークをはじめとした数人が<解体>し始めていた。
なんか興奮しすぎて時々記憶が飛んだが、一先ず無事だったようだ。
記憶にあるのは鬼のようなヒト。何度も飛ばされてはお世話になったし、お礼しておこう。そうしよう。
「あのすみません。戦闘中は助かりました。ソタローといます」
「お疲れ様です。先輩から話は聞いてますよ。有望なニューターだそうですね。私はカピオン【衛生兵】隊を率いています」
エイセイヘイ?……【衛生兵】!こんな強そうなのに?腰から下げてる片手メイスだけで他人の頭をトマトのように潰せちゃいそうなのに?
「あっカピオン!久しぶりですね!【衛生兵】なんてエリート達をこんな所に連れてきて怒られません?」
「いえ、どう【訓練】するかは私に任されてますし、戦場を走り回って倒れた味方を運ぶのが仕事なんですから、危険地域も体験させておかないと、時には戦力として期待される事もあるんですし」
「相変わらず、真面目ですね~。まあそれがカピオンのいい所ですけどね。何度管理の仕事を手伝ってもらったか……」
「サボっていては出世が遠のきますよ?」
「あの!ルークとカピオンさんは知り合いなんですか?」
「『さん』は要りませんよ。ちょっと前まで同じ中隊にいましたし【熟練兵】になったばかりの頃からの縁ですよ」
「そうです。隊長の話はしましたっけ?ソタロー君より前にこの辺りで隊を率いてたニューターがいたんですよ。そのヒトが小隊長の頃からの縁で、一緒に散々歩きまわされた仲です」
「そうですか。しかし【衛生兵】って言うのはエリートなんですか?」
「それは勿論ですよ!自分達と違ってみっちり【座学】をやってる訳ですし、民間人とかを除けば、最優先で守らないと!」
「でも時には戦力として期待されるとか?」
「それは、隊長の薫陶を受けているからです。あのヒトは立場とか関係なく適切と思える戦力を必要な場所に投入しますので、何より当人が中隊長になるまで戦闘専門職を経験せずにいた方ですから」
「えっと???」
「変人って事です。汎用職のスキルだけで、平気な顔して魔物を倒すわ。そもそも管理の仕事ばかりで戦闘経験が少ない筈なのに、小剣一本で矢を打ち払うし!そもそも中隊長だって汎用戦闘職だからどちらかと言うと指揮関連の職の筈なのに、最低限の戦闘スキルだけで化け物みたいに強いんですよ!」
何を言ってるのか分からないけど、やっぱり隊長っておかしい人だったんだな。
「おい、お前達久しぶりに会って世間話に華を咲かせるのはいいが、皆任務中なんだから、一旦北砦に戻って報告するぞ」
「は~い!了解!」
「了解。ところであんな大きな蠍は普段からこの辺りに出る物なんですか?」
「いや、部隊級の魔物が出るような場所にお前らみたいな成り立て【熟練兵】を連れて行くわけ無いだろ」
「アレじゃないですか?渓谷は一時瘴気が出たからその影響で魔物が凶暴化したとか」
「ああ、隊長が邪神の尖兵を倒したから、後は自然に浄化するって話だったが、まだ影響はあるのかもな~」
「え?よく分からないですけど、危険な場所だったって事ですか?」
「まあ【兵士】なんて危険な仕事なんですから、そういう事もありますよ!」
なんか釈然としないが、まだまだ知らなくちゃいけない事は山ほどありそうだ。