114.【黒の防壁】異変
【兵舎】に戻り今日は休んじゃおうかと思っていると、兵長から声をかけられる。
「よう、ソタロー【闘技場】で腕試しだってな。なんだかんだちゃんと育っててくれて、俺は嬉しいぜ」
「お疲れ様です。腕試しと言うか自分に足りない物を探しに行ったって感じなんですけどね」
「はは!そうかそうかソタローらしいな。はっはっは!しかし!事態はそれどころじゃない!これは【帝国】を揺るがす事件となる!行ってくれるなソタロー!」
「え?何があったんですか?あとそんなテンションで話せるんですね」
「うん、まあ偶にはな。それで行ってもらいたい場所というのは【黒の防壁】なんだ」
「あ~チータデリーニさんの牧場でまたアリェカロの子供でも生まれるんですか?」
「いや、黒の森から病毒を媒介した魔物が大量に現れてな。やっと渓谷が落ち着いたと言うのに、連鎖的に今度は黒の森だ。多分厄介な奴が暴れてるんだと思うんだが、何より【黒の防壁】の【兵士】達が軒並み病毒で苦しんでいてな。<治療士>持ちのお前に行ってもらえると助かるんだ」
「え?本当の緊急事態じゃないですか!何を落ち着いてるんです!それで自分以外の治療使いはいないんですか?カピヨンさんは?」
「カピヨンは先に行って貰ったが、あいつはある意味虎の子だ。あいつが動けなくなるのだけは避けたい。意味は分かるな?だから治療しながら戦える者が必要になってくる。【黒の防壁】の守備をしつつ、元凶を断って貰いたい。それが今回のお前の任務だ。まずは治療して【黒の防壁】の建て直し、次から次へと迫ってくる病毒持ち魔物の駆逐、万全の態勢を整え次第【黒の森】進行及び病毒の主討伐。質問は?」
「ありません。緊急事態ということなので、大急ぎで向かいます!」
「ああ、頼んだ。病毒治療に必要な物資は既に手配してある。必要なだけ使え!その他今回の戦いは厳しい物になるだろう。あらゆる装備を用意させたが、それでも必要な物があればいつでも申し入れろ!以上」
「了解!行ってきます!」
何とも自分の修行の事ばかり考えていたら緊急事態だったとは。
とにかく最速で【黒の防壁】へと向かうが、なにぶん雪道中々進めない。一時に比べれば明らかに早くなっているとは言え、気持ちも逸る。
村で休んでログアウトする以外は雪道を単独行軍。魔物が出てきたところで、手加減する余裕は無い。
ただ全力でなぎ倒し、前進あるのみ。
やっとの思いで【黒の防壁】に辿り着くと、
「はっはっは!あのでかい猿モドキは手応えあったが、あとは大した事無かったな!」
何か騒がしい。
もっと皆意気消沈して、士気もギリギリのところで戦っているんじゃないかと思ったが、皆酒盛りで忙しいようだ。
「おっ!ソタロー!どうした?血相変えて?」
チータデリーニさんが絡んでくるが、解せない。
「緊急事態と聞いて大急ぎでこちらに向かったんですけど」
「ああ、病毒の件か?カピヨンが全部治してくれたぞ」
「でも、森から病毒を宿した敵が次から次から出てくるって……」
「まあ、それは間違いないが、フラッと立ち寄った隊長が事前に飲んでおけば病毒に耐性の出来る酒っての持ってきたから、それ飲んで戦う分には問題ないぞ?」
「お酒飲んで戦ってるんですか!」
「まぁ、そう怒るなって、確かに戦い自体は雑になるし、いい事だとは思ってないが!それしか今は病毒に対応する手段が無いんだ。酒で一応士気は上がるから短期決戦に持ち込んで要塞に向かってくる魔物を力ずくでねじ伏せる。それで防衛だけは出来ているが、状況を正常化するにはまだまだ手が足りてない。ちなみにソタローはなんて言われて来たんだ?」
「自分は必要な物があれば何でも言えという指示で来てます。敵の情報があればすぐにでも攻め込むつもりです」
「そうか成る程な。敵は【黒の森】の湖に潜む病毒の獣だが、まるで鳥のように嘴が生え卵も産む。まさに化け物だ。普段は大人しい筈なんだが、渓谷の蛇に当てられたのか、病毒を吸った所為か、本来の凶暴性を取り戻し、手のおえない状態になっちまった」
「そうですか、敵の状態すらも分かっていながら手を出せないのが現状なんですね。でも既に【兵士】達の病毒が治った状態ならば……」
「まあ待て【黒の森】って場所は病毒が流行っていなければ平気なんて生易しい場所じゃない。ただでさえ普通の魔物が強力なんだからな。つまり【黒の森】の敵戦力を削りながら、電撃戦のように一気に病毒の主を倒す必要があるってわけだ」
さっきまで酒盛りをしていたとは思えない、真剣で冷静な様子に、思わず息を呑む。
それこそ自分も【王国】の【闘技場】で腕試しをしてた訳だし他人の事は言えない。
寧ろこの緊急事態はチータデリーニさんだから乗り越えられたとも言える。ならば自分は先人に知恵を問うべきだ。
「分かりました。自分はこの事態を収束させる為に来ました。チータデリーニさんは、何が必要だと思いますか?」
「そりゃ、単独で【黒の森】には入れるような腕っこきの【狩人】がいれば助かるが、そんなもん人間技じゃないからな」
「分かりました一人だけ心当たりがありますので、兵長に連絡入れてみます!」