112.闘技一戦目と二戦目
そう待つ間も無く、あっという間に鉄壁の不屈の名前が呼ばれ、導かれるままリング内に向かう。
そのリングは地面はただの土、周囲は壁。壁の向こう側に観客と本当に何にも無い。
無名選手同士の闘技の所為か観客もそう騒いでいるわけじゃないが、中には値踏みするような視線でしっかりこっちを見てくるヒトも伺える
初闘技に緊張してきたのか、丁度中天に差し掛かった太陽が妙に明るく感じ、冑に嵌ったガラスで保護されている筈の目を思わず細めてしまう。
剣と盾を納めたまま、正面の入り口を見ていると後から入ってきた男は上半身裸。左手に盾、右手に短い片刃の剣。剣側にだけ手首から肩まで覆う金属防具と、何か絵で見たことのあるような剣闘士そのもの。
冑の意匠も独特だが、自分にはその冑が何様式だかさっぱり分からない。今度調べてみるとしよう。
何となく相手を確認している内に気持ちの余裕が出てきた。何しろ多分格下。
油断する訳ではないが、あくまでお試しだと言われてるし、折角だから新術を試すのも悪くいかな……。
リングの外少し高くな手いる台の上から審判らしきヒトがやたら大きな声で、
「それでは試合開始!」
と、合図を出したのではじめていいのだろう。
相手もやたら大きな声で吠えているのはアピールなのか威嚇なのか、特に自分に対しては効果ない。
何なら隙だらけのその間に、
鋼鎧術 多富鎧
生命力と精神力にバフをかけたら、お次は引き抜いた剣を足元に突き刺して手を放し、立掛けるように盾も置く。
鋼鎧術 空流鎧
壊剣術 天沼
左手を前に差し出すように突き出し、腰を落として敵を待つ。
天沼で広がるサークル内まで上手く入ってきてくれればいいんだが……。
妙にざわつく場内に何があったのか確認したい所だが、敵が一気に走り寄ってきて剣を薙いで来る。
まあやはりと言うか十分に対応可能スピード、重装備でもないのに遅すぎ。
何も持ってない手を万歳して、もう一個術を発動。
鋼鎧術 彩光鎧
敵をおびき寄せる術として習っているのだが、ものっすごい光るので、至近距離で使ったらどうなるのかずっと試してみたかった。
敵はとりあえず、自分の脇腹を剣で抉ったが、当っただけって感じ、すぐに目を押さえてふらついているって事は、
予想通り至近距離だと目潰しにも使える術だってこと、こういう実験をする余裕が今まで無かったのが悔やまれる。
師匠たちは真面目だから、ちゃんとした使い方しか教えてくれないからな~。
目の見えてない相手に可哀想だが、足首を狩るように下段蹴り。
勢いの所為か、痛みの所為かその場に転ぶ相手の無防備な腹を蹴り潰す。
呻いて剣と盾から手を放したところで、もう一発。
腹を抱えながら転がっていく相手の脇腹に刺すように爪先蹴り。
更に追撃と思った所で、相手が手を上げた。
何かするのかと思って警戒したら、ギブアップだったようだ。
「止め!勝者『鉄壁の不屈』!」
すぐさま審判の声が掛かり、試合終了。
思い返すと試合の実験とは言え、ちょっと一方的にやりすぎた気もする。次はもうちょっと考えながらやらねば。
控え室に戻ると鼠っぽいヒトがすぐにやってきて、
「凄かったっすね!剣も盾もいらんって雰囲気に飲まれた観客が結構いたっすよ」
「何かやりすぎたみたいになっちゃったので、次は気をつけますね」
「いや、あの感じでいいっすよ!【帝国】って感じが出てたっす。雪国のリスは平原の兎を狩るのに得物はいらんって解釈みたいっす」
「リスが兎狩るんですか?」
「【帝国】のリスは危ないって聞いてるっす。空も飛べば、尻尾であらゆる攻撃も防げば、動きも俊敏な上、鈍器すら操るヒトサイズの危険な生き物って……」
「ああ、確かにそうかも」
「知ってるってことは戦ったことあるっすか?リスはヒトを見るとすぐさま攻撃してくる凶暴性も兼ね備えてるって話っすからね」
「まぁ、一人で倒したわけじゃないですけど、倒して食べましたね」
「は~食べちゃうんすか~あっ!ところで、今の一戦じゃ消化不良っすよね?もう一戦組んで置いたんで、もうちょっとここで待ってて欲しいっす」
言うが早いかどこかに行ってしまう鼠のヒト。
仕方ないので、木で出来たベンチに腰掛けていると、闘技が終わったらしきやっぱり上半身裸のヒトが、控え室に戻ってきて待ってた小柄な男性と話し始めた。
その光景をボンヤリ眺めているうちにまた呼び出し。
リングは何にも変わらない。さっきより落ち着いた位かな。
ただ自分を見る観客の視線がちょっと熱い?
向かい側から出てくるのは布服の男性。冑は顔の出てるもので、どうやらこの人も獣の顔なんだけど、種類がちょっと分からないな~耳が出てないからか?犬系っぽいけど?
両腕に前腕を守る篭手をつけ、更に両手短刀使い。何とも素早そうだなという印象。
試合開始の合図直後に一気に懐に入ってくる敵。
すぐさま盾と剣をその場に捨てて、
鋼鎧術 空流鎧
隊長ほどのスピードじゃないとは思うが、対応できずに一方的な展開はごめんだ。
正面から素直に突いてくる攻撃を内側から押しのけるように<防御>からの、脇腹に膝蹴りを打ち込む。
一瞬怯んだ相手に抱きつくように頭を抱え込み、もう一発膝蹴り。
まだまだ膝蹴り。
相手が短刀を逆手に変えた気配を感じて、
武技 撃突
弾き飛ばしたら勢いでひっくり返ったので、追いかけて踏み潰し。
そこで武器を捨て、手を上げたのを見て、またギブアップかなと一旦離れれば、案の定だった。
とりあえず、控え室に引き上げるが、観客の歓声が妙に野太い。