109.魔将戦その後
それはもう、ただの人知を超えた戦い。
普通の人じゃ到底立ち入れないスピードとエネルギーの奔流。
全てを把握できているのは戦っている当人である魔将、隊長、騎士殿。
それに周りで見ている人の中ではPKの人とガイヤ姉さん位だろう。
それでもいつの間にか隊長が攻勢になり、魔将が守勢に回っていることだけは分かる。
時折騎士殿が体を張って作る隙が、隊長の絶好の攻撃機会。本当に息の合う二人はまるで生まれた時から相手のことを知っているかのよう。
しかし、そうこうしている内にどんどん目減りする隊長の剣。自分もさっきから術で士気を回復しているが、如何せん隊長の術の効果の高さに追いつかない。
自分にも何か出来る事はないかと見回すと、矢が飛んできて虫達を強制的に自爆に追い込んでいる。
ビエーラさん達だ。
自爆してから復活するまでには少々時間がかかる。それを利用してプレイヤーが逃げる時間を稼ぐ為に遠距離から援護してくれているらしい。
皆が逃げるか、隊長の闘いを見ている間も淡々と仕事をこなすビエーラさんはやっぱり渋いな~。
そういえば、自分も邪神の尖兵を倒す武器が合ったなと竜の歯片の剣で攻撃すれば、その場に溶けて消える虫。
どうやらやっぱり邪神の尖兵に近い存在だったようだ。
とにかく手当たり次第斬り溶かし、どんどん虫を減らす。
自分一人で対応するには敵が多すぎるが、仕方ないだろう。踏ん張りどころだ。
どれだけの数の虫を屠っただろうか、何となく戦場の空気が変わるのを感じて、隊長の方を見ると、剣が消えかかっている。
何とか士気を回復したいが、連続で使いすぎてクールタイム中。
ふと、大事な事を思い出した。旗の事任せるねって言われてた。
旗って言ったら、前払いって言って隊長がくれたアレだろう。
見た目は随分とぼろぼろだが、効果は凄い。なにしろ減った士気を戦闘開始時まで戻してくれるのだから、今の状態に相応しいとしか言いようがない。
大急ぎで鞄から旗を取り出し、その場に立てるのと隊長の剣が消えるのが同時。
「逆転の旗」
どうやって使うのかもよく分からぬまま旗を立てて、旗の名前を呼べば、
一瞬空気が固まったかのように喧騒の消えた戦場に再び、音が戻る。大半は逃げるヒトの絶叫だが……。
そのまま再び剣身の戻った剣で魔将を貫き、今度こそ滅多斬りにはめ殺す隊長。
皆が近づく間も一切集中力を切らさず、一瞬でもピクリとした場所を確実に斬る正確性。
「グググ……クソ……ジャシンサマ……」
何か言いたそうな魔将だが、隊長の圧倒的攻撃量に押しつぶされて、何もいえぬまま消えてしまう。
最後はあっけないものだった。
頭の中にファンファーレが鳴り、まさか自分にも特典があるとか。
魔虫最多討伐
なるほど、偶々竜の歯片を持ってた自分が最多討伐か。自爆させるのは討伐に入らないんだな~。
なんて思ってたら、手の中に現れたのは魔将のクワガタ冑……。
上げて落とすとはこの事。まさか格好悪いと思っていた装備が手に入るなんて酷い話だ。
まあ素材のようなので、クラーヴンさんに何とか形変えられないか相談してみよう。
なんか隊長が近づいてきたが、隊長は良い形の盾だ。魔将討伐の特典なんだからさぞかし凄いのだろうと思ったら、
「ソタローおめでとう。これは自分からね。1000人戦の記念」
「え?え?え?隊長?こんなの貰っても!」
「じゃあ、自分はお酒飲んで飯くって寝る」
何考えてるのあの人?
なんか急に魔将討伐特典押し付けられたんですけど!<分析>する限りでは、他人を率いて隊の仲間の士気に応じて防御力が上がる盾みたい。
つまり隊長が使ってた剣の盾バージョン?
こんな凄い物渡されて、どうしろと!
しかし、隊長の逃げ足は超人の戦いの比じゃない。一瞬で姿が見えなくなってしまった。
どうしたものかと途方に暮れていると、次から次から『お疲れー』と声をかけられ、皆それぞれのホームに帰っていくのだろう。
装備を破壊された人も多いだろうに、なんか晴れやかなのは、
「あんたもあの虫の強酸浴びたなら上司なりいつも顔合わせてるNPCに言えば、ちゃんと保障してくれるらしいよ」
と、ガイヤ姉さんが教えてくれた。
特典を得るに至らなかった人達にもそれぞれ活躍に見合った報酬が得られるらしい。
しかも、相手は1000人級、末端の人でもそれ相応の額だそうで、皆うはうはしてるって訳。
はぁ……盾の事はもう仕方ない。一旦預かるつもりで受け取ろう。もし【帝国】に何かあったらその時は使わせてもらうって事で!
一人でこんな所に残されても困るし、引き上げるヒトの流れに載って一緒に帰り、ポータルで【古都】に着いたら、まずクラーヴンさんの所へ。
「おう、お疲れさん。大物討伐だったらしいな」
「ええ、お陰さまでって言うか、隊長が倒しちゃったんですけど、こんな冑を手に入れまして」
「ほう~。中々趣がある冑だな。でもこのまま使う物じゃない」
「はい、素材なので、またクラーヴンさんに手を入れてもらおうかなと、あと胴体用の素材もあるので」
「おう、こっちはアレだなかなりスリムだし、サーコートの下にも装着できそうだな」
「ええ、それでその冑なんですけど、どう見てもクワガタの主張が強すぎるので……」
「ああ、角をもう少し控えめにしたいのか、クワガタモチーフは残しつつ最近風にな。分かった何となくやってみるぜ」
「え?いや……なんとなくって」
何となく不安だが、クラーヴンさんなら大丈夫だろう。信じるしかあるまい。