スモールワールド 第八章
第八章
「あ、幾島君だね、こっちに来てくれるか」
出社草々、早川が出てきて、二階にある別室へと案内した。
狭い階段を上がって、右手に曲がると、すぐそれはあった。
会議室だ。古びたテーブルと、パイプ椅子が並べられていた。
殺風景な感じだ。
会議室とは言え、実際には物品も置かれていたりする。
中小企業には、よくある風景だ。
会議室の中には、誰もいなかった。
早川と、正の二人だけである。
「……部長。社長に呼ばれたのですが……」
正がそう言うと、早川はわざとらしく咳払いをした。
「社長はね、さっき、急な商談で出かけて行ったんだよ。俺が、社長の代わりに言うことになったんだ」
早川の声が、震えているのがわかった。
明らかに緊張しているのだ。
「……単刀直入に言おう。……幾島君、君は、今月二十日付で首だ」
「え! 何で、ですか?」
正の頭の中は真っ白になった。
もちろん、テレワークになった時点である程度は覚悟していたのだが、いきなり今日、首を言い渡されるとは……。
「……理由は、我が社はもう、君のような人材を雇っておく余裕がないからだよ。申し訳ないが、君の評価は社内では最低だ。私も、社長には考え直すように話を持って行ったのだが、社長は頑として首を縦に振らなかった。申し訳ないが、辞めていってほしい」
――社長に考え直すように言った、というのはたぶん嘘だろう。早川のイエスマン振りは有名だ。
そうは思ったが、どうしようもない。とは言え、このまま首になるのも癪だ。ちょっとでも抵抗してやろうと思った。
「でも、私も困るんです。妻も子もいますし、家のローンもあります。何とか、なりませんか?」
「……済まないが、もうこれは決まった事なんだ。……社長の好意で、給料の二か月分を給料とは別に支給する。本来は、解雇通知は、ひと月前にしなければならないのは君もわかっているだろう? それを今日、突然言ったのだから無通知解雇となるので、法的に一か月分の給与を上乗せして支払わねばならんのだが、社長は特別に二か月分支払うように言われたんだ。悪いが、身を引いて欲しい」
「……解りました。退職金は、あるのですか?」
「まだ、具体的に幾ら、とは言えないが、多少はあるはずだ」
「わかりました」
「……済まないね。もう、今日は帰っていいよ」
「わかりました」
そう言って、正は会議室を後にした。いつもなら、「お先に失礼します」と挨拶をするものだが、解雇されたのがやはり腹立たしく、あえて挨拶をせずに会議室を後にした。
社内では、リモートで仕事をしている社員の空席のデスク、そして社長お気に入りの女子社員、ほかに数人の社員がパソコンに向かっているのが見えた。
――こいつらは残れるのになんで俺だけが……。
腹立たしさと、解雇された恥ずかしさで、挨拶もせずに、そっと社屋を出た。