スモールワールド 第六章
第六章
……泣き疲れて、いつしか眠ってしまっていた。
正は、まだトラの毛並みの中にうずもれていた。
それが心地よくて、そのまま目を閉じて眠りたくなった。
――ああ、このまま目を閉じて、覚めなかったらいいのに……。
もう、生きていても仕方がない。
もう死にたい。
正はそう思いながら、目を閉じた。
その途端、トラが起き上がった。
不意に床に投げ出された正は慌てたが、トラはゆっくりとどこかへ歩いていくのが見えた。
――どこへ行くのだろう。
正は、トラの後をつけたが、トラのほうがずっと早く、小人の足では追いつけない。
リビングの隣の食堂へと向かうのが見えた。
慌てて、後を追った。
食堂に入ると、キッチンの横にある食器棚の上に、いつの間にか寝そべっていた。
あの忌々しいカメラが置いてあるところだ。正を小人化させた、あのカメラだ。そして、幸せだった幾島家を破滅に追いやった元凶である、あのカメラである。
正には、そのカメラは、忌々しく憎むべきものに感じられた。
トラは、カメラがそこにあることを全く気にしない様子で、後ろ足をなめたり、あくびをしていた。
「おーい、トラ!」
正が声をかけても、全く正のほうを見ようとしない。
あくびをして、また前足を一生懸命になめている。
「トラ!」
トラは、正のほうを見もしない。
とうとう、食器棚の下にまで来た。
「おーい! トラ! 聞こえているのか? 返事ぐらいしろよ!」
大声で叫んでみたが、今度は尻尾を動かしている。
トラ縞の尻尾が、食器棚の上で忙しく揺れている。
ガタ!
音がした。
トラが、動いているのでカメラがそれに押された音だ。
ガタ!
またカメラを動かしている。いや、トラはそれを動かしているというつもりはないらしい。とにかく、自分の足をなめたりするのに夢中になり、食器棚の上で動き回っている。
――やばいな、このままではカメラが落ちてくるんじゃないだろうか……。
そんな事をふと思った。
――まあ、その時は逃げればいいさ。あんなカメラ、落ちて壊れてしまえ!
様子を見ていると、トラの動きはますます激しさを増した。
どこかがかゆいのか、体をかきむしっている。
――困ったやつだな、ノミでもいるのかな。
そう思って食器棚の上を見ていた。
「ニャー、ニャー、ニャー」
なぜか、トラが鳴きはじめた。
「ウググググ……」
今度は、なぜか怒ったように唸り始めている。
今度は、狂ったように自分の尾に噛みついた。
自分の尾を追いかけるかのように、ぐるりと回りだした!
その途端、カメラが食器棚の外に押し出されて、宙に舞った。
「あ!」
思わず正が声を出した。
時の流れが、とまった。
カメラは、まるでスローモーションのようにゆっくりと落ちてきた。
正の頭の上に。
――逃げよう!
そう思ったのだが、まるで足が、ぬかるみにはまったかのように動かない。
自分自身の動きもひどく、遅い。
動けないままに、頭上にゆっくりと落ちてきたその黒い物体が、視界いっぱいに広がった瞬間、骨の砕ける音がした。
不思議と、痛みは全くなかった。
薄れゆく意識の中、正は自分の死がやってきたことを悟った。
――死にたいとは思ったが、まさかこんな死に方をするとは……。
しかも、あの忌々しいカメラに押しつぶされて死ぬのか……。
そう思った瞬間、意識は遠のき、そして消え去った。