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三億円擬人化小説

作者: 篠江 一

 三億円当たった。

 さっき銀行で通帳を確認したら、本当に入っていた。下ろせるだけ下ろしてきた。

「狭い部屋だね。窮屈じゃないの?」

 家に着いてすぐ、三億円が言った。

「風呂場はもっと窮屈だぞ」

「うへぇ」

 三億円とちゃぶ台を囲み、スーパーで大量に買ってきたパックの寿司をその上に広げた。全部置けないうちに、ちゃぶ台の上は一杯になった。

「いただきます」

 手を合わせ、さっそくマグロから戴く。非常に美味だ。寿司なんて食べるの、いつ以来だろう。

「美味しそうに食べてるけどさ、スーパーの安いお寿司なんかで本当に良かったの?」

「良いよ。ビールもあるし」

 ビニール袋から缶を取り出し、半分ほどゴクゴク喉に流し込んだ。ハァっと息が零れる。

「最っ高に贅沢だ」

「なら良いけどさ」

 ……いささか買い過ぎた。全部食べ終わる頃にはお腹がパンパンに膨れていた。

「苦しいなら無理せず残せば良かったのに」

「その日に食べないと味が落ちるしな。それにおれの家の冷蔵庫って小さいから」

「不便なら買い換えた方が良いよ」

「特に不便とも感じてなかったけど、検討してみるよ。――さて」

 おれは起き上がり、三億円の肩を掴んで引き寄せた。

「……帯はそのままが助かるかな」

 三億円が含んだ微笑みを浮かべる。

「少しくらい良いだろ」

「あっ、ちょっと」

「はっはっは」

 もうっ、と頬を膨らませる三億円を連れ、風呂場に向かった。

 襟だけ緩めて、服は特に脱がないことにする。それくらいの遠慮は必要だろう。

 おれは湯の張っていない浴槽に三億円を入れ、後から入った。

「結構、変態だよね」

 三億円が悪戯っぽく笑う。

 少し恥ずかしくなった。一緒に持ってきていたビールを一口啜った。

「子供のときに見たアニメか何かの影響なんだろうけど、お金持ちって札束のお風呂に浸かってワインとかあおってるイメージなんだよな。折角だしやってみたくて」

「絶対悪者だったでしょ、そいつ」

「そういえば」

 三億円とひとしきり笑った。状況にまるでそぐわない、素直で愉快な笑いだった。

「楽しい?」

 三億円が聞いてくる。

「楽しいと思う」おれは答えた。「……でも落ち着かないな。思い付きでこんなことしちゃってるけど、やっぱりほら、お前があんまりすごいから」

 何よそれ、と三億円ははにかんだ。

 一旦出た後、湯を張って風呂に入り直した。今までシャワーで済ましてきたから、湯に浸かるのは何気に久々だった。やはり良い。体の疲れがしみ出ていくような感じがする。

 居間に戻り、借りてきていたビデオを三億円と一緒に観た。ゾンビと銃と金髪の美女が出てくる洋画だった。パッケージで選んだ作品だったが、中々面白かった。

 映画が終わる頃には大分良い時間になっていた。

 最初、三億円に寝てもらいその上に自分が寝てみるのも試したかったが、普通に不安定だし三億円に悪いので、この思い付きは流石に取り下げた。

 普通に布団を敷き、その上に丸まって、三億円を抱き枕のように抱き寄せる。

 電気を消した。

「――ねえ」

 暗闇の中で、三億円が囁いてきた。

「わたしとお風呂に入ったり、一緒に布団で眠るのが、あなたのしたいことなの?」

「……」

 おれは三億円をますます抱きしめた。

「……怖いんだ。お前を失うのが怖い。……でも……」

 おれは深く息を吐き出してから、思い切って言った。

「このまま虚しくなるのも、同じくらい怖い」

「大丈夫だよ」三億円は優しかった。「わたしはあなたの傍にいる。あなたの望みを叶えてあげられる」

「……君を守るよ」

 おれは言った。

「駄目だよ」

 けれど、三億円は悲し気に頭を振った。

「そんな風に思っては駄目」

「どうすれば良い?」

「それを考える時間が、あなたにはたくさんある」

 一番幸運なのは、あなたがまだ若いこと。将来にまだまだ多くの時間が残されているということだよ――。

 おれは瞼を閉じ、そのことの意味についてじっと考えた。

「分かった」

 おれは言った。

「探してみるよ。どうしたら、自分は幸せかを」

「とても良いと思う。折角だもん。幸せになろう」

「……幸せになろう」

 約束とも宣言ともつかない言葉を三億円と交わし、おれは眠りについた。

 きっと大丈夫。

 考えよう。幸せとは、何かを。

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