少年と男
<スペル>とは、人族が魔族、獣族と渡り合うために独自に開発した魔法。
十賢者が一人<ライナス>によって生み出された。
人族における力には、かぎりがある。それを命の力によって、空中に文字を描き、それを魔法の詠唱として具現化する。簡易な魔法であればスペルも短いが、高位な魔法になればなるほど、スペルも長くなり、均衡した戦いなればなるほど不利になる。
魔導士の称号を与えられる者は、それだけ長いスペルを書きこなせるだけの知識と力量がある者に与えられる。
だが、それを上回るものがいる・・・。
<スペルバインド>と呼ばれる自らのスペルを書き写した本を使い、戦う者の事だ。
バインダーに書き込むことで、詠唱の時間を無くし、すぐに〈スペル〉を発動できる。
それを使いこなす者の事を、皆、畏敬の念を持ち、大魔導士と呼んだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、サンクストにつきましたが、さっきのエナジーは、もう少し向こうの方から感じる・・・う~ん、不安定ですね」
「・・・・」
「カイン、君はどう思いますか?」
「・・・・さぁ」
「はぁ~、つれないですね。まあいいでしょう。君にはやってもらいたい事もありますし、行ってみますか」
「・・・・」
二人のフードの男達は、長い砂漠を抜け、無事サンクストに到着した。
サンクストは比較的偏狭の地にあるため、宿場として使われることが多いのだが、最近は魔族や獣族の出現が多くなり、やや寂れてきている。
「ここかな?」
「・・・なぜ俺に聞く? お前なら、わかるだろ?」
「いや、一人で決めるのって、結構、不安なんですよ? せっかく君もいるんだから、訊いておきたかったんですっ!」
「・・・・」
二人の男たちは、周りの奇異な眼にくれず、寂れた街を通り抜け、孤児院にたどり着いた。
さっそく二人は、孤児院の主と話をすることにしたのだが、余りに突発的な訪問で、先方も驚きを隠せずにいた。長い付き合いでありながら、未だ、この少年は、男の強引さに苛立ちを覚えることも多かった。
「貴方がたは、何処からいらしたのですか? 旅のお方と存じますが此処まで来るのには、それなりの装備が必要かと思います。ですが、貴方がたの恰好を見る限り、身一つで此処まで来たとしか考えられません。此処に来た目的をお話しくださいませんか?」 突然の不審者に対し、やや口調を厳しくした、マザークリスが詰問する。
「確かに。それに……失礼しました、まずフードを取らなくてはいけませんね」 二人はフードを取る。
クリスは、訝しげに怪しい二人を目線で射抜く。
フードを取ると、喋っていたであろう中の人影は、大人の男。もう一人は、まだ幼さを残した珍しい色の髪の毛を持つ、一見少女にも見えるほど整った顔立ちの少年だった。
大人の男は、長身で、長い黒髪を持ち、凝視すると、目の色がとても薄い蒼色をしていた。
蒼色の眼は、バルヴェリア聖騎士のみが湧現できる一つの称号。だが、これほどまでに薄いものを見るのは、クリスも初めてだったので、つい些細な質問をしてしまう。
「あなたは、、、聖騎士の方ですか?」 小首をかしげつつ。
「いえ、私は東の方から来た、しがないウィザードですよ」
クリスは、さらに訝しい顔になっていく。次の質問を考えているのだろう。
男は、しっとりとした目つきでクリスを見守っているが、当のクリスの目線は、隣の少年に移っていた。
隣の少年は、クリスの見立てが間違っていなければ、サラと同じ十三歳ほどの子供だろう。
細身だが、背筋はしっかりしている。ただ、眼が野性的で、どちらかというと、狂犬に思えるような雰囲気が印象的だった。
「この、少年は?」
「この子は、私の教え子です。それでですね、この子のことで、ご相談がございまして……」
男は、手を合わせながら続ける。
「私は、これから、この先にあるサンクストリアへ向かわなければならないのです。その間、この子を預かっていただけませんか?」
クリスは驚きの表情をし、怒声に近い声音で男を捲し立てる!
「サンクストリアって!? 何故ですかっ!?」
と、言いつつドアから気配を感じたクリス
「・・・ちょっとお持ちください。」
<ガラガラ>
「あ・・・」
「盗み聞きとはいい根性ね、ロン? しかも、サラとエレナまで!? もの珍しい人が来ると、いつもそうなんだから! はやく教室に戻りなさい!!」
「ね~ね~、あの子家の子になるの!?」
「まだ解らないわ。それをこれから話し合うんだから、あなた達は、教室でスペルの詠唱の練習!!」
「は、はいぃぃ!!!」
みんな驚きの表情。
それは、見慣れてるが故に怒られる度、脳裏に刻まれている鬼の形相が、今のクリスの表情とピッタリ一致したからだった。
「失礼しました……お言葉ですが、サンクストリアは、現在、攻防戦の真っ只中。とても危険な区域です。この子を置いていかれる理由としては正当ですが、何故、貴方がそこをおとずれなくてはならないのですか?」
クリスの質問は最もだったため、返答に困った顔をする男。
「やっぱり、言わないとだめですか?」
「ええ。そうでなければ、この子をお預かりすることは出来ません。私の母は、孤児が増える世界で、その子供たちを救おうと、この孤児院を造りました。後々、こういった施設がなくなるようにと祈る毎日です」
真剣なクリスの眼差しが男を見据える。
「だからこそ、貴方がいかれることで、この子がそのような目にあうことが眼に見えているのなら、私はお止めします」
クリスの言葉にやや怒気さえ感じる。
「…………解りました。ならば、行く理由をお答えしましょう。そうしたら―――そうですね、外に出ていただいてもよろしいですか?」
そう言って、クリス、少年を連れて男は外に出る。それには、余分なお客さんが付いてきている事を男は分かっていながら…………。
つい、男は、ほくそ笑む。
そう。後ろからこっそり子供達は、まるで難事件を解決する名探偵の如く隠れている、つもりらしいのが可愛かったのだ。
「ちょっと、そこでお待ちくださいね!」
笑顔で二人から離れていく男。
二人を引きとめた場所は孤児院の近くにある広場。
周りには、遊具も何も無い乾燥した土のみだった。
「それじゃー行きますよ!!」
そういって軽快に手を振る。
<スペルバインド!!>
「!!!!!!!!!」
呼び声と共に男の左手の上に現れたのは、紛れも無い、だがしかし、クリスにとっては、生まれて初めて見る光り輝く本<バインダー>。
驚くのも無理は無い。
なぜなら、スペルバインドを使える人物は、もうこの世にいないとされていたのだから・・・。
「スペル! ラクティアソウル!!」
スペル発動に合わせ、バインダーが更に光り出す。
<ラクティアソウル>は回復系のスペルでも上級スペル。
本来、両手の人差し指、中指、小指の三本の指を使っても、時間のかかる詠唱スペル。
だが、この男は、そんな上級スペルを、瞬く間に発動させる。
スペルは、各々、描き方が異なる。
基本は、片手の中指を一本使って描くのが主。だが、<高等>になると、人差し指、中指、小指を使った三本。<高位>になると三本指と両手を使ったやり方となるのだが、それらを全て省いて、スペルを発動するなど、スレイヤー以外の何物でもないのだ。
クリスは、そのことを知っていたからこそ驚いた。
だからこそ、今、最も危機的な状況にあるサンクストリアに向かっていることも、あの砂漠を抜けてこれたことも、全て納得し、理解できた。
スペル<ラクティアソウル>を使った結果、乾燥していた大地には、芽吹いたばかりの可愛い芝生が生え、茶色の荒野から、新緑芽生る大地へと変化した・・・
こっそり見ていた子供たちと、そして、弟子の少年を残し、彼は、早々に去っていった。
最後まで名を名乗ることは無かった。ただ、去り際一言、「今のは内緒にしておいてくださいね」と、子供っぽく言っていたことが印象的だった。
「ねぇねぇ~、マザークリス!? さっきのって、もしかして、噂の<スペルバインド>じゃないの!?」 口々に聞いてくる子供たち。
「う~ん・・・」 答えあぐねるクリス。
「だって、詠唱無しで、スペル発動しちゃったよね?」 問答を続ける子供たち。
「たしかにそうだけど・・そういうのもあるんじゃない・・かな?」 言い訳が苦しい。
「え~! クリス、そんなこといったことないじゃん!!」 子供たちに嘘は通じないようだった。
長時間にわたる尋問の結果、クリスも、もうごまかしきれなくなっている。
「・・・・」
それを遠目で座りながら傍観する銀髪の少年。
その少年は、突然、何かに気づいた様子で、来る!!と、叫び立ちあがった。
「何が来るの?」
サラが問う。が、言っている間に、少年は、外へと駆け出す。開いたドアの向こうには、走る少年の姿と、大勢のサンクストの男たちが、各々、武器を持って砂漠のほうへ向かっているのが見えたのだった。




