悪魔と魔法とムーア 2/3
「そうですね…まず魔法ですが、少々複雑なので達也さんが魔法を使えるだけの魔力を持った時に改めて説明します。美羽さんについてですが、私の中で眠った状態で生存しています。年も取らなければ病気にもなりませんし、ストレスも感じていません。私はそう簡単に壊されはしないので、私の中にいる間は地球上のどこにいるよりも安全です。そして、以前にも言いましたように魔法がこの世にある程度繁栄する兆しが見えましたら美羽さんを解放いたします。いずれ、達也さんには私の中に美羽さんを感じることもできるようになるでしょう」
「具体的に、魔法がどのくらい繁栄したらという数値目標は?」
佐枝草がメモを取りながら聞く。
「…具体的な数値を出せたらいいのですが…魔法が人々に根付いたと私が判断したら、という言い方しかできません」
「ふむ…君と付き合っていく中で我々自身もそれを探っていくしかないか…」
「次に悪魔についてです。今私たちがいる人間界の裏には"魔界"というものがあります。魔界と人間界と言っても、善悪のそれではありません。光があれば影がある、その程度のことです。ある時、その魔界の生物の一体が偶然時空を操る魔法を生み出し、人間界を見つけ、それ以来人間界を攻撃するようになりました。それが封印されている悪魔です。悪魔はただ人間を蹂躙したいという欲求だけしかありません。魔界と人間界は表裏一体でどちらかが無くなれば、もう片方もなくなってしまうと言われています。しかし、悪魔はなぜか人類の言葉を使いこなせますが、世の理や人類を理解する知性も理解する努力もしません。説得できる存在ではないのです」
全く厄介な存在だ。とはいえ、人間にも似たような行動をする者がいる。表裏一体、か。
「ちょっと待て、魔界?封印されている悪魔と同じような魔物が複数来るのか?!」
佐枝草が慌てたように叫んだ。
「…現時点で脅威なのは封印した悪魔ただ一体です」
「現時点で、ということは可能性はあるのか…」
「ええ、魔界と地球を繋いだゲートは封印した悪魔が作ったものですから。ただ、今まで他の悪魔が地球に来なかったところを見ると、現状ゲートを作れるのは封印されている悪魔だけと考えていいでしょう。なのでこの機会に確実に封印されている悪魔を倒したいのです」
「昔、悪魔が作ったゲートは?」
「先の大戦で先人が壊しましたので今はありません。もちろん、人類が作ったゲートも移住した時点で壊しています」
「…ふむ…君はゲートは作れるのか?悪魔がどうしても倒せない場合、逃げ道として用意したりは?」
「作り方は知っていますが、私は作れません。それに、いま人類が移り住めそうな星は…やはりないでしょう」
「倒したいという気持ちはよくわかったが、何せ我々には魔法というものに関して知識もなにもない。客観的に考えて、我々が魔法の力を得、発展させて悪魔を討伐するには時間があまりに足りないように感じる。君の話によれば、討伐より封印のほうが容易そうだ。なら、まずは封印を張り直し、時間を得てから改めて討伐に向けて準備をするのでは問題があるのか?」
「まず、今の封印の上に封印はできません。また、一度封印を解いて貼りなおすことは理論的にはできますが、その一瞬で悪魔は完全復活してしまうでしょう。また封印は悪魔の魔力を上回る術者がかけないと機能しませんので、やはり討伐を目指したいのです」
「…そうか。もう少し掘り下げて聞きたいところだが…また後で詳しく聞かせてくれ。…では、ムーアについて教えてほしい」
「ムーアは、以前も説明したとおり、40億年前にいた太古の人類によって地球で生み出されました。太古の人類は、私には魔法についての記録と若干の当時の人たちの生活の記録を残しました」
佐枝草の補足も併せて、他のムーアの役割、今ある場所についてはこのようなことらしい。
ブルーダイヤ 人類の記録・魔法の土台。初めに生まれたムーア(所在地/イギリス・現在は日本)
アメジスト ダイヤのムーアの分身 もともとブルーダイヤの一部 (カナダ)
エメラルド 戦い・力の象徴 (インド)
トパーズ 生命(植物・農業)の象徴 (ブラジル)
金 生命(生物・魔物)の象徴 (コンゴ)
トパーズと金で陰陽を形作る。生命の根源の象徴。
水晶 火(太陽)の象徴 (エジプト)
オパール 土(大地)の象徴 (オーストラリア)
ルビー 創作・文化・知恵の象徴 (ドイツ)
アクアマリン 水の象徴 (パプアニューギニア)
ラピスラズリ 時の象徴 (ロシア)
サファイア 大気の象徴 (スペイン)
ゴールドマナイト 光(雷・電気)の象徴 (アルゼンチン(発見は南極))
「これらは今、各国のMRCIの管理下にあるわけだが、君のような変化がないのはなぜだ?」
「融合していないということが一つ。もう一つは他はあくまで"象徴"なので、自ら動くということはそう多くありません。元々どれが代表ということもないのですが、融合した今は私がムーアの代表のような位置づけです。他のムーアにも意思と個性があり、ムーア同士で意思の疎通をすることもできますが、すべての情報を共有しているわけではありません。またムーアは元々意思の塊が本体ですが、宝石のような希少価値の高い鉱石に宿るとムーアの力を最大限に発揮できるため、太古の人類は私のようにダイヤモンドなどの貴石に宿らせたのです。それと、ムーアの大事な仕事。今、魔力循環をしていますが、放出された魔力をムーア間で伝達して世界へ拡散する役目があります」
「そもそも、魔力、魔法というのはなにかね。解明されていない技術や化学反応を魔法といっているだけでは?」
「非常に難しい話ですが…分かりやすく言うと魔法と科学の決定的な違いは"生命"です。魔力は生命の欠片、魔法はその意思です」
「生命力を削って意志の力で魔法を出していると?」
「いえ、あなたがたの言う生命という概念は本当の生命の意味とはちょっと違うのです。存在を存在たらしめる力といいましょうか…物、事、現象、すべてに"意思"があります。作り出された魔法には"意思"があり、そのもの自体が…」
「ちょっとまって!頭が!脳が溶ける!これ、覚えなきゃいけない話?!」
達也が叫ぶ。直感する。これは覚えなくてもいい話だ。覚えなきゃいけない話でも俺には無理だ!覚えなきゃいけない話なら…世界が滅亡してしまう…父さん…母さん…美羽…ごめん…俺には世界を救うことなどやはり無理かもしれない…
「いえ…」
滅亡回避!
「なら!あとで佐枝草さんだけに!」
「…ふむ。興味深い話だが…あとでじっくり聞くことにしよう。では単純に。科学の発達が魔法を衰退させたと言っていたが、魔法と科学はこれから共存できると思うかね?」
「本来、それは可能だと思います。かなり難しいとは思いますが…」
「バランスが肝要、というところか。何ができるのかできないのかを探りながら共存できる道を探していこう。さて、取り急ぎ君たちが我々に要望するものは何かあるかね」
佐枝草のメモを取るスピードが上がる。
「そうですね…これからいろいろと連携して開発や分析をお願いすることもあると思いますが、今は…そうですね、後々のためにムーアを中心に半径、高さともに10mくらいのスペースを外に確保しておいてください」
「それは…なぜだね?」
「いずれ、それぞれのムーアが活動する時が来たときのためです。詳しくはまだ言えませんが…」
「ふむ…それくらいなら。そしてもう一つ。悪魔への対処だ。封印されている悪魔の強さはどのくらいか、どこに出現してどのように倒せばよいのか」
「…」
ムーアはしばらく考え込んでいる。
「封印している悪魔に限る情報ですが、姿を変えられます。人の形になったり、日本で言う鬼のようないでたちになったり、龍のような形になったり。どのような時にどのような形になるかは悪魔次第です。本当の姿は私にもわかりません。悪魔の強さですが…魔法を持たない人類に勝算はないとお考え下さい。人類が魔法を使えるようになったら見えてくるものもあるでしょう。また、悪魔の出現場所も定かではありません。封印は一種の空間魔法であり…4次元のようなものなので、場所を特定するのはほぼ不可能なのです。ただ、封印は地球で行われたので、封印がほころび始めるのも地球のどこかでしょう」
佐枝草がメモから顔を上げた。
「ほぼ?限定的であれば、復活場所を特定する方法が?」
「いえ、言い方が悪かったですね。封印魔法は異空間に穴をあける魔法ですから、ランダムに開き続ければいつかは悪魔が封印されている空間につなげることができるかも、といった程度の意味です。異空間は無限にありますからほぼ不可能なんです」
佐枝草はムーアをじっと見つめた。これは嘘だ。秘密にする理由があるのだろうが、異空間に閉じ込めたのに地球で復活するという予測が立つあたり、復活場所を知るなにかしらの方法があるのは確実だな。まあ、復活場所を特定する方法を知ることは、悪魔の復活の方法そのものを知るようなものなのかもしれない。誰が悪魔に加担するかわからない以上、悪魔への対抗手段が全く整っていない今、その情報を広めるのは危険極まりないし、我々が知ったところでどうすることもできないだろう。これはあまり突っ込まないでおいたほうがいいのか。ムーアとしてもギリギリの情報開示だったのだろう。しかし…人は秘密や謎を探りたがる者は多い。MRCIだけでなく、いずれ復活場所の特定を試みる者が出てくるだろう。それをすべて止めるのは困難だ…
「そうか…復活する場所を特定できるように我々も力を貸そう」
「ええ、お願いします」
ということは。"我々が"場所を特定しても問題ないということか?もしくは我々には特定不可能ということを知っているか。いずれにしても、"特定する行動だけ"なら危険はなさそうだ。ならばそのような試みをする者が出てきても対処する必要はひとまずなさそうだな。
「ふむ…いや、話の腰を折ってしまってすまない。続けてくれ」
「…はい。悪魔の倒し方ですが、悪魔の防御力を上回る攻撃を与えることで倒せます。しかし悪魔は魔力の塊といっていい存在なので、物理的な攻撃は効きません。あとは…弱体化した悪魔をまた封印することくらいですけど、できれば封印ではなく、この機会に退治できれば良いのですが…」
「退治…できると思うか?」
「悪魔は封印中は力をつけることができません。封印魔法は魔力そのものを異空間に閉じ込め、機能させなくする魔法ですので魔力の塊のような悪魔にとって、封印中は時間が停止しているのと同じ状態です。なので今はまだ我々が40億年前に封印した、弱体化した状態のはずです。もしかしたら弱体化した封印の隙をついて魔力を取り込む方法を会得しているかもしれませんが、今は確かめようもありません。悪魔が復活するまであまり時間はありませんから人類が魔法を完全に操りきれるまで成長させることはできないかもしれませんが、今なら付け焼刃でもなんとかなりそうではあります。ならなくても、何とかしなくてはなりません。人類の存続をかけて」
「かなり切迫している状況に違いはなさそうだな…」
「今できることは達也さんに魔法のすべてを覚えてもらうこと、魔力循環を通して、世界中に魔力を拡散することです。佐枝草さん、今はMRCIの皆さんにお願いすることは私と達也さんをサポートしてほしいということ以外ありませんが、いずれ、魔法と人類をつなぐ政治的な役割をお願いすることになるでしょう。ですが今はまだ魔法の存在を世に広めるには早すぎます。その時までは現在我々を知っている者以外には魔法の秘匿をお願いします」
「そうだな。もとよりそのつもりだ。全力でもって君たちをサポートしよう。しかし、まだまだ分からないことが多いな…」
しかし…何か引っかかる…